ヨナに誕生日を聞かれて、は一瞬だけ時が止まった。


これはまだ緋龍城でぬくぬくしていた頃の話し────────



ハッと意識を取り戻したは、自分の生まれた年齢は基本的に冬が過ぎた頃を軸に数えていたぐらいで誕生日の事を気にしていなかった。町医者のヨダカ先生からは冬頃に産まれたらしいとだけ教えられていて、自身も年齢が数える事が出来ればどうでもいいと考えていたからだ。
そしては此度で齢16を迎えようとしていた。

「……すみません。詳しいことは分からないです。確か冬頃だと聞いたぐらいで」
「あら、そうなの? じゃあ私が決めてあげる!」
「え? ……ええっ、そ、そんな主様に決めて頂くなんて…!」

従者の誕生日なんて気にする事ではないだろうと、珍しく慌てるを見て尚更決めなきゃと思うヨナ。確かに衛兵たちの事は一々覚えてられないと思っているが、専属護衛をしているは別だ。ヨナはフッフーンと嬉しそうに意気込むと今度はハクを探し始めた。
何故、ここでハクが必要なのかには点で理解出来ないところではあるが、ヨナなりに何か考えがあってのことだろうと思った。

「なんですか、姫さん」
「ハク!の誕生日を決めようと思ってるの!」
「…はい?」

ハクの反応は尤もだとも頷くと、興奮気味のヨナを一旦落ち着かせてから、事の経緯を簡単に説明した。確かにお前って分かんないことだらけだよなあ、とハクが軽く前屈みにの顔を覗き込む。顔が近いと手の平で顎をグイっと押し返すと、誕生日を知ってどうするのですかと呆れたように息を吐いた。

「そんなの決まってるじゃない。祝うのよ」
「その必要はありません。私は従者ですから」
「ハクだってのことお祝いしたいと思わない?」

いや、だから何故ハクに同意を求める必要があるのだとは心の中でツッコミを入れる。

「…まあ、祝いごとは悪い事じゃねぇですから、いーんじゃないですか」

一番無関心そうなハクが同意したのが意外だったのか、は目をパチパチさせる。その前にハクだって誕生日を祝われるような事があっただろうか。もしかしたらの知らないところで祝って貰っていたのかもしれないが、自分は本当にそんなことどうでもよくて────くすぐったいような気持ちには次第に眉間に皺が寄っていく。

「まっ、どうせ決定権は姫さんなんだろ? 急いでるわけじゃねーなら、ちょっとコイツ借りますよ」
「えっ? ちょっとハク…!」


ヨナの制止も聞かず、ハクはの腕を掴むとさっさと廊下を歩いて行った。何か用事でもあるのだろうかと黙ったまま連れて行かれただったが、ヨナが見えなくなった辺りで歩いていた足を止めたハクの背中に思わず顔をぶつけてしまう。

「ぶっ…!な、なんだ…?」

ぶつけた鼻先を擦りながら、急に止まったハクを見上げると彼も振り返り「眉間に皺寄ってんぞ」と言った。
ヨナと二人でいる時に、普段の嘘っぱちな笑顔を顔に貼り付けたところで好い気はしない。そうヨナが言ったのだから、普段の不愛想にも近い無表情でいることは増えたが、考え事や何かしら心の葛藤的なものをしている時、無意識に眉間に皺を寄せてしまうのだ。
そのおかげで最初の頃は、が怒ったとしょんぼりしたヨナを慰めることが多かった。

「ごめん…。なんか、誕生日って言われても嬉しい気持ちが分かんなくてさ」
「親が教えてくんなきゃ分かんねえよな、普通」
「記憶が正しければ冬頃に両親が祝ってくれてたと思うけど……昔過ぎて曖昧」
「へえ、冬なのか。……確かにお前って夏場はすっげぇ苦手そうにしてるよな。いつも日陰に逃げること多いし」

だから肌がこんなに白いんだろ、とハクは彼女の腕を掴むと袖口を軽く捲った。確かに人より色白だとは思っていたが、改めて自分以外の人に言われるとそうなのかもしれない。

「なあ、気晴らしに室内訓練場で組手しよーぜ」
「まあいいけど。少しは手加減してよ? ハクが相手だと次の日の朝に身体バッキバキで痛い」
「おう、任せとけ」

二ッと歯を見せて笑うハク。
ああ、この顔は嫌な予感がすると思うのだった。







「ったぁ……ハクの奴、手加減しろって言ったのに」

昨日のハクとの組手で案の定、体がバッキバキになったは寝起き一番に軽く筋肉を解す体操をする。あれからヨナが誕生日のことを触れることはしてこなかったが、それが却って怖いというもの。ハクが言っていた通り、祝い事は悪いことじゃない。むしろ全員が幸せな気持ちになるのなら嬉しい。
しかし、身の上が分からないような人間を祝う奴がいるとしたら、ヨナとハクぐらいだろうとは普段着に着替えると、タイミング良く扉を叩く音が聞こえた。
誰だろうと扉に近付いた時点で、嗅ぎ慣れた匂いがしたので直ぐに相手が誰だか分かるとフと笑みを零した。

「おはよう、ミンス。どうした?」
「おはようございます、副将軍。今日は非番だと聞きました」
「あぁ、まあ…そうだけど」
「少しだけお時間よろしいですか?」
「? わかった」

こちらの勤務内容が筒抜けなのはミンスが相手なので仕方ないとして、彼が自分に一体どんな用事があるというのだろう。は彼の言う通りに後ろを付いて歩いていると、こちらですと扉の前に立たされた。
日頃から商人が城に訪れた時に応接室として利用している部屋だ。こんなところに連れてこられた理由は分からないが、ミンスから中に入るよう言われて、ゆっくりと扉に手を掛けて中へ入った。

そこには普段からヨナの衣装を見立てている侍女たちが居た。
その時点で嫌な予感はしており、直ぐに踵を返すが扉は閉じられ、扉前でにっこりと笑うミンスが立っている。侍女たちに両腕を掴まれると部屋の奥へとズルズル引き摺られた。相手が女性なだけあって無闇に乱暴も働くことが出来ない。

それからは侍女たちにされるがまま、は諦めたのか黙ったまま人形のように侍女に世話された。
その様子をミンスが楽しそうに見ていたが、途中でお茶の用意をしてきますと出て行く。

「出来ましたよ、様」
「はぁ…そんな事だろうと思ってました」

鏡の前に立たされたは、そこに映る自身を見て、お前は誰だと思ってしまった。
それだけ、別人に見えてしまったのだろう。
綺麗に整えられた藍色の髪の毛に、簪までつけられている。
姫様が普段着ているものと変わり映えしない程、綺麗な衣装。

それを自分が着ているのが信じられなくて、でもこれは本当に自分なのかと、微妙な心境になってしまった。

「あら、お似合いですよ?衣装はヨナ姫様のお下がりになってしまいますが、簪はハク様からです」
「……ハクが? なんでまた、こんな」

正確にはヨナがいくつか持っていた簪を並べてハクに選ばせたらしい。
綺麗で小さな白い花がいくつも連なって可愛らしいものだった。

「それは鈴蘭の花です。様にはピッタリですね、お似合いです」
「すずらん……」

ヨナとハクが選ぶ姿を安易に想像出来てしまって、は思わず口元をきゅっと結んだ。心が、とてもポカポカする。

お茶を運んできたミンスがを見て、お似合いですと嬉しそうに近付くと両手を取って笑った。

「とても素敵です、副将軍!普段からこういう恰好をなさっていれば」
「それは嫌。動き難いし、普段着てるものより重い」
「女性は綺麗に着飾ってなんぼですからね。ささ、姫様たちに見てもらいましょう!」
「は? えっ!?」

ミンスの持ってきたお茶は結局飲めず終いで、は手を引かれながらヨナが居るという部屋へ連れて行かれた。そこにはイル陛下もハクもおり、を見た瞬間全員が言葉を失っていた。やっぱり自分にこういった服は似合わないのだろうと苦笑していると、ハッと意識を戻したヨナが誰かと思ったわと目をキラキラさせる。

「すっっっごく可愛い!綺麗だわ!私の見立ては間違っていなかったわね!そう思うわよねっ!?ハク!」
「あ?あぁ……そうだな」
「そう、ですか……」

ヨナの勢いに圧倒されていただったが、今度はイル陛下に庭を散歩しておいでと言われた。陛下の命令であればそうしますと、いつもの調子で答えたにそうじゃないよと彼は苦笑した。

「今日は非番なのだろう? だから命令じゃない。気晴らしに行っておいでという意味だよ。なんだったらハクも一緒にどうだい」
「俺っすか…?まあ、別にいいですけど」

後ろ髪を掻きながら頬を染めるハクに、熱でもあるのか?と問うに全員が心の中で、違うそうじゃないとツッコミを入れるのだった。







庭を散歩と言われて来てみたが、一体何をしていいのか分からない。歩けばいいのか、それとも木々や草花を眺めて風情を楽しめというのだろうか。
普段から空しか見上げてこなかったは、風情のふの字も分からなかった。

空を見上げていた顔を下に向けると、簪がチリンと金属の擦れる音を鳴らした。この簪はハクが選んでくれたものだったことを思い出し、お礼を言ってみると彼は何故か目をパチパチさせて、それが次第に茹蛸に変わっていった。何か変な事でも言って怒らせたのだろうかと不安になるだったが、ミンスのやつと悪態を吐いたハクは口元を手の甲で覆っていた。
この仕草は、彼が照れ隠しの時に使うものだと気付いたは、別に怒ったわけじゃなかったのかと胸を撫で下ろす。

「これ、鈴蘭なんだって。どんな花言葉かハクは知ってるか?」
「……知らねーな」

あ、これ知ってるやつだ。そう確信を得たのは彼の最初の間にあった。

「そっか。じゃあ後で調べて─────」
「はっ!?お前は花言葉とか気にするやつだったか!?」
「え? まあ、少しは」

正直なところ、花言葉は二の次ぐらいだった。
ヨナとハクが自分の為に選んでくれたという事実だけで充分だと思えるぐらい、は幸せを感じていたからだ。

「その服、動き難くねーのかよ」
「ん? 動き難いよ。でもヨナが私の為に選んでくれたものだから」

フッと笑みを零したに、ハクも満足気に笑った。

それから一時間、歩き疲れたとがギブアップした為、ハクに背負われて部屋に戻った。お茶を用意してくれたヨナが優しく笑いお疲れ様と出迎えてくれて、それだけで充分疲れが取れるというものだ。
充分に休息を頂きましたとがヨナに感謝していると、実はね、とヨナがにニッコリ笑う。

「この計画は私が考えたものなんだけど、が身に着けてるものは全部ハクの見立てだから」
「ブウゥゥゥ!!!」

飲んでいたお茶を見事に噴いたハクは、げほげほ咽ながらヨナに抗議を始めた。
これではいつもの二人だと、それが楽しくて、幸せで、嬉しくて───────

(……おや、綺麗に笑う)

の数少ない笑顔を見たイル陛下は、未だに言い合いをしているヨナとハクを見て、なんと勿体ないと気付かない二人に苦笑した。







『鈴蘭の花言葉』
 純粋、純潔、謙遜、再び幸せが訪れる