治療を受けた後、少ししてから賊に殺されてしまった子供の弔いがあった。

自分たちが居ながら、たった一人の子供すら護れない無力さを痛感していると、表情を曇らせていたを見てシンアは彼女に大丈夫?と尋ねた。
大丈夫か聞きたいのは、手を握ったまま離さないシンアの方だというのに…。

「シンア……もう一人で寝れそう?」
「……」

ただ何も言わず、ふるふると顔を左右に振ったシンアを見て苦笑する。いつからこんなに我儘な子になったんだか、とはシンアに握られたままの手に少しだけ力が入ったのを感じ、当分は離してくれそうにないなと諦めることにした。
二時間前、天幕の中でシンアの治療をしていたユンに呼ばれたかと思えば、寝言での名前言ってるんだけどさぁと相談され、とりあえず彼の手を握ってみたら安心して眠る子供のように大人しくなったのが一時間前。

「ユン、悪いんだけど私も天幕の中で寝ちゃっていい?」
「いいけど、ちょっと狭いかもしれないよ?寝転がれないんじゃ…」
「大丈夫。私はいつも木の上で座って寝てるし、慣れてるから」
「そう?じゃあいいけど……」

そう言ってユンが天幕から顔だけ覗かせて外の様子を窺った後に、また此方に振り返ると面倒なモノを見てしまったと視線で訴えられた。

「……どうしたの?」
「あー、うん。俺は別に構わないんだけどね、雷獣が」
「え?ハクがどうした?」
「すっげぇこっち睨んでた」
「?ちょっと話してくる」

シンアに少しだけ待ってて欲しいと伝えて握っている手を離してもらい、天幕から出ると明らかに不機嫌なハクと目が合ってしまった。
その隣で既に笑いを堪えているジェハは、まあいつもの事だろう。

「ハク、ユンが怖がってたけど」
「何がだ?」
「天幕見てすっごく睨んでたって」
「元々俺の目つきが悪いからなんじゃね」
「…ハァ。ちょっとこっち来て」

ハクの不機嫌な理由が良く分からないので、彼の腕を引っ張って皆から少し離れた場所まで移動すると、此処ならハクも素直になるだろうと掴んでいた手を離して振り返った。
もう一度、何かあったのと尋ねる……、けどハクは答えようとしない。普段ならあーだこーだ言いながら説教染みた事を言ってくるはずなのに、それだけ真剣な悩みでも抱えているのだろうと感じ、彼が話してくれるまで少し話題を変えてみることにした。

「あ、そうそう。実はさっき───」

他愛のない話しで少しでも空気を和まそうと試みるが、ハクの表情は最初の時と全然変わらない。
不機嫌な理由も分からない上に、彼の気持ちを理解してあげることも出来ないのだろうか。こういう時ほど、自分がヨナだったらと考えてしまうのはの悪い癖だった。

ヨナは周りの人を元気にする力がある。
ありのままで、とても可愛くて、素敵で、明るくて、お転婆で……誰よりも、周りを大切にする。自分には持っていないものを沢山持っていて…、考えれば考える程、自分はちっぽけな存在だと痛感させられる。

母に強かに生きろと言われ、それでも涙を堪え切れずにハクの前で泣いた事が一度だけあった。
もう、泣くのはあの時だけで充分だと誓ったはず。

「……ねえ、ハク。私じゃ力になれないかもしれないけど、悩んでる事があるなら教えて?きっと皆もハクのこと心配してる」
「……と……じゃねえ…」
「え?」

ハクが何か言っていたのが聞こえず、は何?ともう一度耳を近付けて聞こうと顔を寄せた。
すると、ハクは彼女の腕を掴んで引き寄せると反対側の手を頭の後ろに回す。

の唇に温かなモノが触れ、それに驚いて少し開いた口の隙間から生暖かいものが入り込み、それがハクの舌だと分かった。

「ん…ッ、ハ、ク…っ」

暫くの間、ハクの舌に口内を犯されていたは、離してもらってからも息は絶え絶えで、苦しさから瞳も涙で潤む。そんな状態でハクを見上げた時、彼も同じように苦しそうな表情での事を見詰めていた。

「他の男と…一緒に寝ようとしてんじゃねえよ…っ」
「…え?」

とても分かり易い説明を有難うと言いたい所だが、彼の不機嫌な理由が分かった途端の顔は見る見る内に真っ赤になっていった。
つまり、これはハクのシンアに対する嫉妬だ。

以前、ハクに好きだと言われた時にピンとくるものが無かったも、彼との旅を経て次第に意識するようにはなっていた。
ただその気持ちはこれからの闘いに邪魔になると思い、閉じ込めていたのだが──今回ばかりは難しそうだ。

「あ…え、っと……」
「俺の勝手な嫉妬だよ。ハァ……カッコわりぃ」

と同じく頬を赤く染めるハクが可愛くて、つい頭をクシャっと撫でて笑ってしまった。

「なっ!?なにして…!」
「だってハク可愛い」
「…は?」
「ハクの不機嫌な理由が分かって良かった。じゃあ私も外で寝るね」
「あ、いや、気を遣わなくても」
「いいの。私もハクが好きだから、嫌って思うことはしたくない」
「いや、だから……って………えっ?」

神様…少しだけ、素直になることを許してほしい。

そう思いながらハクの腕から抜け出すと、さっさと皆の所に戻ろうとするにもう一回言ってくれとハクがせがむ──が、もう言わないと笑ってに逃げられてしまうのだった。







外で寝るとは言った。言ったが……いつも通りは木の上で寝ていた。
その木の下ではハクとヨナが掛け布を共有して寝ている。最初はヨナとが一緒に寝てハクが一人で寝る予定だったのだが、木の上が落ち着くからと遠慮したは、シンアの毛皮を借りてさっさと木の上で寝てしまったのだった。

まあいいかとハクも渋々寝ていたのだが、何となく妙な気持ちになっていた。
最初はと一緒に寝たいと、これだけは譲らない顔をしていたヨナが、何を思ったのか突然ハクでいいと言ってすんなり意見を変えてしまったのだ。
一応、ヨナに対して警戒していたハクだったが───

「…っと、夜這いするならもっと色っぽくやってくれませんかねえ。お姫様」

ハクの予想は的中していた。
皆が寝静まった頃、ヨナはこっそりハクの剣を借りて練習しようとしていたのだ。見事に見抜かれてしまい色気のない夜這いも無駄になってしまったのだが……彼女は、こうでもしないと剣の相手をしてくれないと静かに訴えた。
確かに前々から剣を教えて欲しいと言っていたが、未だにハクもも彼女に剣を教える事を許してはいない。勝手に素振りする分にはいいが……、それでも色々と妥協したのが弓までだった。

「ヨナ、少し三人で話そう」
…起きてたのね」
「こうも騒がしくされちゃ起きますよ。ハク、いいよね?」
「あぁ」

三人は皆から少し離れた所まで行くと、お互いに向き合って立つ。
まずはヨナがどうしてそんなに剣を教えて欲しいのか、最初に言い出した時とどう気持ちが変化したか知る必要があった。

「ハクとが反対してるのは知ってる。あれから一人で特訓もしたわ。でも…私一人じゃ限界がある。今回ほど己の無力を悔やんだ事はないわ…」

きっと助けられなかった子供のことを言っているのだろう。
それはヨナのせいじゃない。ハクも同じように思っており、それを言葉にして彼女に伝える。

すると、ヨナは自分が許せないとでも言うように、次々と悔やんでも悔やみきれない思いを声に出した。

「…いつも思うの。私にもっと力があれば、子供を助ける力があれば、賊達をふりほどける力があれば、シンアが怪我しなくて済むような力があれば、もっともっともっともっと」

そしてヨナが二人に頭を下げた瞬間、自分は力が欲しいと切なる願いを告げた。

「私に剣を───」
「よせ…!あんたは俺たちの主だ。主が従者に頭を下げるなど、あってはならない」

ハクの言った事に、も彼女に目でそうであるように訴える。決して頭を下げては駄目だ、と。
私はどうすればいい?と二人に問うヨナに、は優しい口調で答える。

「…命じて、ヨナ。貴女が本気で命じるのならば、私達はそれを拒めない」

の言葉はヨナの中にスッと溶け込む。
自分は彼らの主として、凛とした姿で立っていなければいけない。

それは、ヨナが二人を護りたいという想い。

「ハク、。剣を教えて……命令よ」

ハクもも、彼女の言葉に身体が自然と動く。

「「仰せのままに……」」

目の前にいるのは、紛れもない高華国のヨナ姫────







火の部族、南方の役所────カン・テジュンは賊討伐の為に側近のフクチに連れられて来た。
ヨナたちが逃亡した際、取り逃がした挙句、崖から落ちる瞬間まで全てを見ていたテジュンは、あの日以来目に映るものすべて灰色に見えていた。それほど彼の中でショックは大きく、そして最後に見たヨナのあの燃え盛るような暁の髪の毛や瞳、白狼になったの神々しき美しさが脳裏に焼き付いて離れなかった。

役人たちは、いきなりカン・テジュンという大物が来た事に驚きつつ、賊討伐はあの腹へり何とかってやつだよな、とその場に居る者たちは色々と思考する。
そんな中、フクチはテジュンが今どんな状況なのか伝える必要があった。

「テジュン様は彩火より長旅でヨボヨボ中です」
「えぇぇっ!?」

テジュンが彩火に訪れて一日が過ぎた。
いつまで経ってもヨボヨボな彼を見て不安になる役人たちも居ないはずがない。

「フクチ様、フクチ様。テジュン様は賊討伐に来られたのではないのですか?」
「まあ一応」
「では何故、あのように日々外を眺めておられるので?」
「見ての通り、残念な人なのです」
「残念な人寄越さないで下さい…!」

しかし、今回この南方の役所に来たのには理由があった。
いつまでもメソメソヨボヨボしている弟のテジュンに呆れながらも叱咤し、賊退治の命を与えたのは兄キョウガだ。まずは賊が嘘か真か調べる必要があり、事実が明白になるまで帰ってくることを許さんと言いテジュンを城から追いやった。

それが今に至るのだが、ヨナやを思い出す度にハラハラと涙を流す辺り重症度メーターは完全に振り切っている。

フクチが役人から賊の情報を教えてもらっていると、さきほど税の徴収に行った役人がボロボロになって戻ってきた。
また奴らが出たと言い、それは先程話していた暗黒龍と腹へり家族だったかなんだか、そんなやつだと分かると上の空なテジュンを連れて村まで向かうのだった。


村に着いたテジュン達だったが既に賊に逃げられた後のようで、護衛の兵たちが皆やられている。
しかし倒れている兵士は誰一人殺されていない。痛めつけられた、といった方が正しいようだ。

いつもこんな感じで死人が出たことは無いと聞き、フクチは義賊なのかと問う。彼の疑問に同行していた役人も、その線が考えられるとし、徴収した税が村に戻ってるかもしれないと言い、周辺の村を調べてみることになった。
まずは賊が最初に出たと噂される加淡村に行きましょうと役人が言う。テジュンは相変わらずヨボヨボしていた。