早朝、阿波の町に来ていたヨナたちは、シンアだけ置いてきてしまった事に居た堪れない気持ちになる。最初はがシンアと一緒に待つと言っていたが、緑龍を捕まえるのに人手が多い方が良いだろうとハクが言った為、シンアはいつも通りお留守番となった。
この町に緑龍がいるのかというヨナの問い掛けに、緑龍はとても素早くちょこまかと動き回っているとジェハが言う。
―――ガシャアァンッ!!
突然、窓を割って壺が飛び出て来るとヨナたちの足下で粉々に割れた。
店の中から男の怒鳴り声が聞こえ、その中に助けを求める声も混ざっていた。割れた窓から中を覗き込み様子を窺うと、役人が店の中で暴れ店主を殴っている光景が目に入った。怒りを露わにしたヨナが店内に入ろうとしたが、それをキジャが引き止める。するとキジャは私が行くと言い、そのキジャを止めたハクとユンも流れるように同じこと言った。結局、全員目立つと町でお尋ね者になり兼ねないので、店から少し離れた場所で隠れて見守ることになった。
しかし、ヨナの怒りは収まらないまま、彼らを助ける事も出来ない非力な人間であると痛感する。ユンが聞いた情報によると、クムジの船が海賊に沈められた事で役人たちは気が立っているらしい。
だからと言って、それを町の住人に当たり散らすのは如何なものか。
怒りで震えるヨナの気が少しでも落ち着くように、は彼女の手をそっと握った。
役人が店を出て行くのを確認出来た一行は、大人しく緑龍探しを再開する。が、があるモノを見付けるとハクの脇を肘で突いた。んだよ、とハクも彼女の差す視線を辿ると、心の中でげえっと声が漏れる。
「……おい、俺はちょっと別行動する。も俺と来い」
「はいはい」
示し合わせた二人は、ヨナたちにそう言って駆け足でその場を離れた。
少し走ったところで足を止めると、はフッと我慢していた笑いが口から漏れる。なに笑ってんだよ、と不機嫌丸出しのハクに、だってアレは酷いでしょとはヒィヒィ言いながら笑った。
ヨナたちと別れる前に、二人が発見したのは手配書の人相書きだった。何となくハクの特徴を捉えているにしても、あのキザ男の言葉を借りるなら「美しくない。けど分かる!」だ。の手配書は無かったので、一番注意しなければいけないのはハクとなる。
二人が町を歩いていると、また別のご意見番と見覚えのある後姿。
背後から近づいてみると、彼もハクの手配書の人相書きを見て爆笑していた。
「ハハハハッ!美しくない!けど分かる!言いたいことは分かる!…ま、これで彼がお尋ね者になったんなら、誘いやすい」
「誰を誘いやすいって?」
何となく彼の台詞にデジャヴを感じながら、何か企んでいるようにも聞こえたそれにハクが後ろから尋ねる。
「ウーン、それが名前全然知らないんだよねェー……ってウワァオ!!」
ハクの問い掛けに、まさか本人が現れると思っていなかったジェハは嬉しそうに驚く。しかし彼も笑っていられる場合ではないのでは、とがそっとご意見番を指差すと、その先にはジェハの手配書もきっちり貼ってあった。
「…ハッハッハッ……これも愉快な顔だねェ…」
「貴方の顔だけど」
「良く聞こえなかったなぁ」
「貴方の顔」
これが現実だと突きつけるの言葉に、ジェハは思い切り手配書を破り捨てると、近くにあった焚火に投げ捨てた。奴ら目腐ってるよねぇと焚火を眺めながら膝を抱えるジェハに、ハクも全くだと膝を抱え焚火を眺めた。
そんな二人を憐れむような目で見る。
「そうだ!僕はキミたちに会いに来たんだよ」
いったい、次は何処に連れて行かれるんだと先に断りを入れるハクに、ジェハは違うと答えるとハクの手を両手で包み込むように握り、キラキラとさせた目で「君が欲しい」と言った。瞬間、周囲の者が噂話でもするかのようにヒソヒソとする中、はススス…と二人から距離を取ると冷ややかな目で見ていた。
そういう趣味は無いんで、とハクがさっさと立ち去ろうとするが、ジェハは負けじと彼の腰にしがみ付き「違うんだ、違うんだよ」と言い引き留める。
「僕はキミのことをイイ男だと思ってェ!此処じゃなんだから、人の居ない所で話しをー…!」
「人気のねェところに行って、どうするつもりだテメェは!」
「僕はァ…!」
「うるせぇ!!」
ハクが腰にしがみ付いていたジェハを殴り飛ばすと、グハァ!と声をあげて倒れる彼に、少し強く殴り過ぎたかと心配する。しかし、そんなハクの心配も束の間、ジェハは体をぬるりと起き上がらせ、鼻血を流したままニィ…と笑った。
殴られて鼻血が出てるというのに彼があまりにも嬉しそうな顔をしているので、ハクのジェハに対する印象が「変態」へと格付けされる。
「今のこぶし……感じたよォ」
「ヤベェ…何か言ってる…!」
鼻血を拭きながら言う彼はの目から見ても、ただの変態にしか見えなかった。コイツは危険だ、と逃げ出したハクだったがその向こうからヨナたちが歩いてくる姿が見え駈け寄る。なぜ此処にヨナたちが来たのか尋ねると、緑龍の気配を感じたからだという。
先程まで居たはずの変態の姿はもう無くなっている。ハクがユンたちに変態に追い掛けられたことを話し、心の中でもうあの男とは関わらまいと誓った。
緑龍の気配がどうしても気になったキジャは、一人で走っていくとそれを三人が見送る。
その瞬間、ハクは嫌な予感がした。先程までハクとジェハのやり取りを見ていたの姿が無くなっていた。ユンも気付いて「は?別行動?」と言いながらハクの顔を見て驚く。今まで見た事のないレベルで、ハクの顔は青ざめていたのだ。
「姫さんたちは白蛇を頼むッ!!」
ハクは急いで来た道を走って行った。
◇
「……で、私は何で貴方に抱えられてるの?」
「んー、だって僕はあの彼とキミが欲しかったんだもん」
「私はただの女だけど」
いーや、キミは僕にとっての特別だよ。そう言ってジェハがかっこよくウィンクをに飛ばすが、ヒラヒラと飛んできたハートをは手でバシッと跳ね除けた。つれないなぁと苦笑するジェハに対し、人のこと攫っておいて何言ってると今の現状を突っ込む。
そう、はハクが逃げる際に、隙を突かれてジェハに攫われてしまったのだった。今までに、こんな事は一度も無かった。しかし、その一度も無かったことが今回起きてしまったのだ。
町中で白狼に変化することは出来ないが、持ち前の耳と鼻で危機を回避するか察知することは出来る。なのに、出来なかった。
少しずつ感じていた彼女の違和感が、徐々に現実となっていた。
「さぁて、僕はこのお姫様を連れて帰ろうか――――、ッ!?」
「えっ?」
を横抱きにしたまま立ち上がると、ジェハは気配を感じ動きを止める……が、それと同時に足下の屋根瓦が一部破損し、を抱えたまま落下してしまう。彼女だけは傷付けない様にと庇ったが、落ちた勢いで尻餅をついたジェハは痛がりながらも我ながら丈夫な体だと言い目の前を見た。
「……ッ!?」
はジェハに抱えられたまま、目の前に立っているキジャに「ただいま」と挨拶する。
一瞬の沈黙が流れると、ジェハは諦めにも似たような声で自身のことを語り始めた。
語り終えたジェハは、落ちた衝撃で壺にお尻がフィットして動けないから全てがどうでも良くなったと壺を手でぺちぺちと叩き笑う。
「さて…なんだっけ、初めまして白龍クン。ずっと会いたくなかったけど、さすが僕と同じ龍の血を持つ者。白い龍が、かくも美しい青年だとは……」
ボーっとジェハの様子を見ていたキジャだったが、彼の嵌っている壺ごと抱え「緑龍見つけましたー!」と走り出した。勿論、ジェハの腕の中にはも抱えられているわけで、早い早いと飄々とした声で言った。
「なんという縁!緑龍がまさか空から降ってくるとは…!」
「ちょちょちょ白龍クンっ!このままでは目立ってしまう!我々は目立っちゃマズいだろう…ッ!?」
「ん?」
すると、その言葉に疑問を抱いたキジャは立ち止まり、今更気付いたように「おや?其方、妙な尻をしておるな」と龍の腕で抱えているジェハを見上げると彼もまた、どんだけ膨らんでんだい僕の尻は、と冷静にツッコミを入れた。
「ずっと其方を探していた」
「へっ?このまま会話するの?」
「我々の主がお待ちだ。四龍の兄弟よ、共にあのお方をお護りするのだ!」
すると、ジェハの気配が一変すると、ツボを抱えるキジャを見た。
「……護るって、なんだい?ソイツ、王か何か?」
「いや、今はそうではないが、あのお方は―――」
するとジェハは片足を少しだけ浮かすと、踵で壺を蹴り壊した。そのままを抱えて着地すると、今の生活が気に入っており、やりたい事もあるという。
「…というわけで、知らない他人が来いと言っても行く気はないんだ―――ごめんなさいね?」
ジェハが振り返りそう言うと、ベッと舌を出した。歩いてどこか行こうとする彼にキジャがもう一度説得に掛かる。主が迎えに来てくれたことが我々の悲願だと語るキジャに対し、ジェハは冷めた声で、歴代龍たち悲願の中にキミの志向はあるのかい?と問う。
「何の疑問も無く、ただ言われるがままに主を護るとか言っているのなら、それは悲願じゃなくて……悲劇だね。可哀想な白龍」
ジェハはそれだけ言い残すと、を抱えたまま空高く跳ぶ。
その下では、様を置いて行かぬか!と叫ぶキジャの声が響くのだった。
はジェハの腕に抱えられたまま、一切暴れる事をしなかった。ジェハもそんな彼女に、なんでそんなに大人しいの?と尋ねると、貴方に攫われれば何か情報が手に入ると思ったと説明する。空高く跳んでも、攫われても、怖がることをしないを見て、やっぱりちゃんは特別な娘だねと笑った。
「……気安く名前を呼ばないで」
「えぇ?僕たち、もうこんなに仲良しなのにー?」
キジャが名前を叫んだせいで、ジェハに覚えられてしまったは、頬を擦り寄せてくる彼を面倒臭いとユンのように呟く。ふとの視界に、ハクが町を走り回っている姿が映った。
「ねえ、貴方の探し人が居るよ」
「えっ!?どこ!?」
「ほら、あそこ」
「あ!ホントだ―!」
漸くハクと合流出来ると血眼になって走り回ってる彼の前に、ジェハがを抱えて着地するとハクに声を掛けた。覚えのある声にうわっと嫌そうな声を出すが、ジェハの抱えていたを見ると一気に表情が般若のようになる。
ただいま、とハクに片手をあげて挨拶するをジェハから奪い返したハクは、テメェなんのつもりだ!?と今にもジェハを殺しそうな目つきで詰め寄った。
「あっ、えぇ!?いやぁ、ごめんってばー!だって君が先に逃げちゃうから悪いんだろう!?」
確かに一人さっさと逃げてしまったハクだが、今までの彼女なら逃げるタイミングぐらい見付けられたはずだと自分の背中に隠したを一瞥する。今日の彼女は顔色もよく、体調も比較的普通だ。町に入る前に一度確認しているので、変なとこは何もない。
「ま、ちゃんはキミにお返ししたんだから、今日の所は勘弁してね。さて本題に入りたいんだけど―――」
「知らない人と口を聞くなというのが、じっちゃんの遺言なんだ。じゃっ」
ハクはそれだけ言うと、ジェハの話しは聞く気が無いのかの手を引いてさっさと別の方向へ歩き始める。その後ろをついて来たジェハは、ハクに自身の名前を明かすと、ついでに海賊であることも明かした。
「これでもう、知らない奴じゃないだろう?」
「ハァ……俺たちに何の用だ?つーかお前、何でコイツの名前知ってんだよ」
ジェハが彼女の名前を呼ぶことが気に食わないのか、ハクは彼女を指差すとそう言った。
「えー?ついさっき銀色の髪の子がちゃんの名前呼んでたんだよー」
「チッ…あの白蛇使えねぇな…」
「別にもういい。この男の名前も分かったし」
いやそういう問題じゃなくてだな、とハクは煮え切らない気持ちを抑えながらにツッコミを入れる。しかし、当の本人は相変わらずの鈍感力を発揮していた。
そんな二人にお構いなしでジェハが話しを進め、二人に船長と会って欲しいと言った。二人が護衛しているヨナの存在にも気付いているようで、彼女も一緒でいいという。だったら尚の事お断りだと全て拒否し続けていると、噂の張本人―――ヨナが建物の角から現れた。
三人で話し込んでいる姿を見て、ハク、と彼女は再会を喜ぶように声を掛ける。瞬間、ジェハは血が沸騰するような感覚に襲われ地面に片膝を付いてしまう。突然、体調を崩したように見えたジェハを心配し、ヨナが彼の額にソッと手を触れた。
緑龍の力によって目の前にいるヨナを四龍の一人として護れと体に刷り込まれるような感覚に、心配そうに此方を見るヨナから目を離せなかった。
「ジェハ、どうしたの…?」
「何だか熱があるみたい。熱いのよ」
「それは」
大変だと言おうとしたを、ヨナが「貴方もしかして、緑龍?」という言葉で塗り替える。あ、そういえば緑龍だってキジャが言ってたことを、すっかり忘れていたは「そうだ貴様は緑龍だったな」と笑顔で腕を引っ掴む。
「ま、まさかぁ…そんな訳ないでしょ。僕はただの通りすがりの―――」
「姫様ー!その者が緑龍です!」
丁度やってきたキジャがそう叫ぶと、逃げようとしたジェハをハクが瞬時に首根っこをひっ捕まえ片腕を首に回すと身動き取れない様に抑え込む。もジェハの腕を掴んだままだったので最初から逃げられるはずはなかったのだが、ハクが阻止しなければ、またごと空に飛んでたのになぁと緑龍はその場で諦めた。
「通りすがりのー?」
「……緑龍、デス」
そう答えなければ、絞め殺されると思ったジェハなのでした。