地の部族・地心の都、阿波の町に訪れた一行は、綺麗な海を背景に風情ある港町を見て目を輝かせた。此処に来るまで、は何度か体調を崩す事もあったが、あの夜からずっと白狼の力を極力使わない様にしてる。
変化は出来ると分かっていても、身体が強張ってしまうのだ。
自分の体の事は、自分が一番良く分かっている。
これまでだって風邪は疎か、満月の夜のように特別な日以外は体調を崩すことをしなかった。ハクには子供の頃に馬鹿は風邪引かねぇんだよ、と揶揄われることが多かったが、それでも周囲の大人やヨナたちを見て自分は皆と少し違うのだと感じていた。
「……?疲れちゃった?」
ヨナが心配そうにの顔を覗く。
苦しい時や辛い時、悲しい時にどうして人は大丈夫だと答え笑おうとするのだろう。そんな風に思ってしまうのは、自身も同じように大丈夫だと答え笑顔をヨナに向けていたからだ。青白い顔して何言ってんだとハクの腕がの体を支えると、腰に回した腕に力を入れる。
ユンも食料調達がしたいと賛成し、ヨナ、キジャ、シンアも港町に行ける喜びでパァと花を咲かせる。しかし彼らは目立つからとユンが反対すると、ハクがユンの御遣いもしてくると言った。ついでにに何か食べさせたいらしい。
ヨナも目の下に隈を作っていたので、人目のないところで休むように言い早く帰ることを約束してハクはを連れて港町へ向かった。
緑龍の気配が目まぐるしく移動しているとキジャ言っていたので、彼方もまた白龍の気配に気付いてるのだろうとハクは考える。久しぶりに賑やかな町を歩くハクは、気のせいか町の者に活気が無いように思えた。気になるところではあるが、さっさと用事を済ませてに何か食べさせてやりたい。彼女は最近、痩せてきたように思える。
甘味処がチラホラ見えてきたので、此処らで休もうと支えているを連れて店に入ろうとした時だった。
「やっ…やめてください!」
一人の娘が男二人に捕まっていた。彼らは阿波の役人と名乗り、彼女をいい値で買おうという――――所謂、人身売買だ。下衆に出くわし、相手が役人だと分かっているのでハクも助けを求める町娘を見て、一人旅ならまだしも旅する仲間がいるので目立つ行動を取れない。
しかし、支えていたはずのの体が身動ぎ、ハクはハッとして彼女を見た。そこには紛れもない怒りを宿した目が役人たちを見詰めていた。
「……ハク、ごめん」
「は?ってオイ!!」
未だ青白い顔のはハクの腕から離れると、役人に向かって歩き出した。町娘は泣きながら助けを求めるが、以外誰も役人らを止めようとしない。俺は一体何やってんだ、と奥歯をギリッとさせてハクも彼女を追うと、役人に向かって二人はこぶしを振りかざした。
……と、同時に二人以外にも役人を蹴飛ばす者の姿を周囲の町人が目の当たりにする。ああやっちまったと、これからの事を空っきし考えて無いハクに対しはスッキリしたと満足そうに微笑む。
「ふぅ……口説き方が美しくないんだから仕方ない」
やっちまった三人は、ん?と漸くお互いの顔を見合わせた。
その青年はを見た瞬間、目を見開き、このトキメキは恋かもしれない、と彼女の手を取りそっと口付けて微笑む。
の中でその青年の第一印象が、緑のキザ男に決定した瞬間だった。
殴られてない方の役人が三人を見て、こんなことしてタダて済むと思ってんのか!と剣を抜いて此方に向かって走ってきた。男の手から剣を払い落としたハク、続けて長髪緑の青年が鳩尾に蹴りを入れると役人は地面に吹き飛んだ。
「女性に乱暴した上に逆ギレとは……美を学んで出直しておいで」
決め台詞のようなキザな言葉を口にした彼に、やっぱりキザ男だと引き気味になっていた。
騒ぎを聞きつけた役人が此方に向かってくるのが分かり、垂れ目キザ男は町娘の手を引いて逃げる。ハクとも同じように逃げようとしたが、は足を縺れさせてその場に転げそうになった。転げる寸前でハクが腰を掴んで助けると、を脇に抱えてそのまま走り出すのだった。
役人を撒いた四人は、建物の影に隠れて様子を窺う。ハクの脇で抱えられていたも無事解放されると、私は荷物かとブツブツと文句を言った。垂れ目キザ男が、自分は此処でお別れだと言い姿を消してしまったので、その場に取り残されたハクとは一先ず町娘を送り届け、何も買えずにヨナたちの所へ戻った。
◇
陽が沈んだ頃、買い物をせずを連れ回すだけで終わってしまったハクは、帰還早々ユンに怒られる。誤魔化すように、思うような店が見つからなかったと言い訳をして、役人を殴った話は今やめておこう、と心の中で思った。
先に休んでいると森の中に姿を消したを見付けると、ハクが今日の事を謝った。
「……先に手を出したのは私なんだから、ハクが謝る必要なんてないよ。それに賑やかな所を歩いたのは久しぶりで楽しかった」
「そうか…、ならよかった」
ハクの安心する顔を見て、彼女はフッと笑う。
「明日は主様たちと別行動をした方がいいかもしれない……私達は役人に顔を見られてるし」
「武器屋でも覗いてみるかぁ」
「丁度いい。私も使い勝手の良い短剣が欲しいと思ってたの」
「短剣?弓じゃねぇのか」
「うん、短剣。愛剣は緋龍城に置いてきちゃってるからさ。相手の懐に潜り込んで一撃必殺、ってね」
動きを再現するように手を勢い良く突き出すとはニッと歯を見せた。
昼間の時より幾分か彼女の顔色が良くなってるように見えたハクは、今日は早く寝ちまえと言ってヨナたちの所へ戻った。
次の日はキジャとシンアが緑龍の気配がする方へ向かって行くことになり、途中でその一行と別行動を取ることにしたハクとは港町へ足を踏み入れた。身を隠しつつ大人しく、外から店内を覗き目ぼしい武器がないか確認する。
「あれェ、キミら」
「「ん?」」
声を掛けられ横を見ると、そこには昨日のキザ男が此方を見て嬉しそうにしていた。再会を喜ぶ彼は二人の肩を抱くと、ちょっと付き合ってくれないかなぁと言う。いきなり絡まれたので、いや自分たちは、と口にしたところで彼の言葉で遮られた。
「実は追われてるんだ…」
「……役人か?」
「ンー……まあ、そんなとこ。大丈夫!キミらに害は及ばないから」
この男は信用に足る人物なのか分からないが、二人は彼に連れられて違う場所へと移動させられる。そして着いた先は色町でがその建物を見上げると、なんだこの店、とジッと変なモノでも見るような目でキザ男を睨んだ。
店の中に通されると、酒と料理、そして店の女の子たちがぞろぞろと入ってきた。
「って…、昼間っからなんだぁ?ここは」
ハクの呆れた様な言い方にキザ男は店の女の子を抱き寄せながら、こういうところの方が隠れやすいと答える。ただ、あえて密室な部屋を選んだということは、酒でも飲ませて此方の口でも割らせようという魂胆だろう。はそこまで考えると、出された酒瓶を掴んで飲み始めた。
「あっ、オイ!?これからまだ行く所があんのに昼間っから飲んでんじゃねぇ…!」
「キミ良い飲みっぷりだねぇ。名前は何ていうの?」
ハクとは違い場の空気に飲まれていないに名前を聞く。はキザ男を一瞥すると、たった一言、自分のことを名乗らないような奴に己の名を明かしたりしないと答えた。この場にいる三人は自己紹介は疎か、相手の名前も知らないのだ。
「じゃあ名乗るから僕の彼女になって?」
「老後の保障があるなら」
笑顔で攻防戦が開かれる中、ハクはの腕を引っ張り無理矢理立たせると店を出ようとする。すると一人の娘がハクの背中に抱き付き、行かないでお兄さんと寂しそうに見上げると、ハクは少し不機嫌そうな顔で「アァ?」と娘を見下ろした。その顔と目つきが店の女の心臓を射貫いたようで、フラフラと別の娘に体を支えてもらうと、ハァハァ息苦しそうに呼吸をしながら「あのお兄さん…眼差しだけで女を殺せるわ」と興奮していた。
「……目で射殺すの間違いじゃなくて?」
へえ、と呆れた視線をハクに向けてが言うと、んなわけあるか!と突っ込まれる。キザ男に関しては、えぇっ、僕にもやってみて!とハクに興味津々だった。
「まっ、イイ女だったら俺の里にも山程いたがな」
「えっ何!?そこは何処だい!?」
「んー?それは風―――」
ハクが口を滑らそうとしていたので、がハクの足を踏んで軽く睨む。余計なことは話すな、と目がそう語っているとハクはグッ…と言葉を飲み込んだ。
「貴方こそ、変わった服着てるよね。生まれは何処なの?」
「えっ…僕かい?僕はー…ハハッ…僕は此処、この阿波の生まれだよ。これは戒帝国からの輸入品。港町だからねェ、色々と手に入るのさ」
へぇ、と男の仕草を観察しながら話を聞いていたの隣で、ハクはこの町の雰囲気が妙だと口にした。するとキザ男は口元を手で隠すように添えると、考えるようにハクの言葉に耳を傾ける。
「一見普通だが、どいつもこいつも微妙に目が死んでる」
「君は、鋭いねぇ。阿波の港は此処一帯を仕切ってるヤン・クムジという領主の力が強くてね…町の連中は、みんな奴に怯えてるんだ」
「ほぉ」
「国に内緒で、ヤバイ商売してるしね」
その商売は何だと尋ねると、さぁね、と軽く流される。そして青年は、顔の前で両手を組んで肘を机に置くと、フッと口元に笑みを浮かべた。
「人の自由を奪うというのはこの世でもっとも醜い行為だよ。そういう奴らは腐って土に還って…薔薇にでも生まれ変わればいいんだ。キミ達もそう思わないかい?」
彼の綺麗な微笑みは、どこか暗い影が掛かっているとは感じた。ハクが俺らは人の護衛してる身だしなぁと呟けば、キザ男がそれを「なんて不憫なんだ!」と同情してきた。
「私たちは自分で決めた事だから別に構わないの。ね?」
ハクを見て問えば同じように頷いていた。
「僕には理解出来ないなぁ。キミの様な美しい人が武器を持つなんて似合わないよ」
「あっ、そう」
「ツレないねぇ…そんな所も好きだけど」
「おい変態が。触り過ぎの近付き過ぎだ」
やけにと距離を詰めて話す青年に、ハクは彼からを引き剥がすとお前も少しは抵抗しろと説教する。するとはハクを見上げると言う。
「お前が助けてくれるって分かってるからな」
「……え、」
笑顔でさらっと嬉しいことを言うに、ハクはしてやられたと赤面すると手で顔を覆い天を仰いだ。
「へぇ、そういうことか」
「ん?何が?」
「んや、彼の事を応援したくなっただけ」
二人の様子を見ていた青年がニコニコとしながら、ドンマイ、とハクの肩に手を置くのだった。