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「ちょっと!いくら俺が美少年だからって縛ってこんな檻に入れるなんて悪趣味っ!」

 檻に入れられてご立腹なユンは見張りの者以外にも聞こえるようにギャンギャン吠えていた。それを別の檻から見ていたハナコは、檻の中で鉄の首輪を嵌められ大人しく横たわっていた。
 何故こんなことになったかというと、目的地付近で濃い霧が発生し、白狼に変化したハナコがユンを庇っている内に二人共捕まってしまったのだ。視界の悪さが人間であるユンにとって不利な状況過ぎた。

「お前たち、この白龍の里へ乗り込んできた不届き者とはこ奴らか」

 ハナコは耳をひょこんっと立てると声のした方へ振り返った。老婆が側仕えのような若い衆に運ばれてきたのだ。そしてユンをそっちのけで白狼であるハナコをジッと見詰めると、もしやお主は…と目を見開き驚きの表情となる。

「白狼一族は滅びたと聞いていたが……、まさかお主は生き残りか?」
「あぁ、そうだが。で、私は何故こんな檻に入れられている?不届き者はどっちだ」

 金色の双眼で老婆を一睨みすると、すんなりと檻から出してもらえた。

「えっ!?なんでハナコだけ檻から出られたの!?ズルくない!?」
「ユン、今は大人しくしてて。主様たちの匂いも濃くなってきた、直ぐ此処に来る」

 ハナコの言葉を聞いて、老婆はハッとするとまさか緋龍王が、と声を震わせた。
 それはまるで王の帰還を待っていたかのように。

 白狼から人の姿に戻ると、ハナコはすたすたと歩いて門前までやって来ると、主様!ハク!と片手を上げて呼んだ。そこには里の者に案内されてやってくる二人の姿。こうして四人は無事、白龍の里で合流出来たのだった。

 やっと檻から出してもらえたとユンが服についた汚れを払っていると、里の者たちがヨナの髪の色を見て驚きつつも喜びの声を上げる。ヨナに寄って来る者たちから護ろうとハクはヨナを抱え、ハナコはその前に立ち「それ以上近付くな」と壁を作った。
 里の案内をしてくれる者が、四龍と緋龍王の関係を語る。初代白龍は赤い髪の主に仕えていた。それ故に、王の還りを待っていたと嬉しそうに言った。

「その上で、神官様のお導きでこの地を訪れたという。もしや貴方が…貴女こそが我々の待ち望んだ方かもしれない」

 とにかく白龍様に会って下さいと言うと、案内役が建物の中へと入って行ってしまった。
 その場に取り残された三人は、一先ず休める場所を探し大木の下で腰を下ろすと漸く一息吐けたと肩の力を抜いた。その間、通りすがりの者がチラチラと見たり、ヨナの赤い髪に興味津々で話し掛けてくる者がいた。主様の謁見は私を通してからにしてもらう、とハナコが鉄壁の護りを見せていると、里の中で感じていた他の者とは違う匂いが近付いてきた。ヨナも遠くから騒がしくやって来た白銀の髪の青年に気付くと振り返る。

 そして、その場の空気が一変した。ヨナと目が合ったその青年は突然苦しみ始め、そして一瞬だけ気を失い掛けるとその体を起こし、ヨナの前で体を地面につけると深くお辞儀をした。

「私は古来より受け継がれし白き龍の血を引く者、お待ちしておりました―――、我が主よ」
「主?なんの、こと……」

 白龍のその言葉と共に、周囲にいる里の者たちも同じように深々と体を地につけてお辞儀をした。

 まるで宴でも始まるかのように、白龍や周囲の者が喜びの声を上げる。彼らにとって仕える主が現れたことが、とても誇らしいことなのだ。先代が繋げてきた白龍の血。漸く主を守るために力を振るうことが出来ると白龍の青年は笑顔を見せた。

「私、あなたの王でも…主でも無いわよ」

 ヨナの一言に、白龍はえ?と言葉を漏らす。
 彼女は自分と仲間を守る為だけに神の力を欲しがる不届き者だと言った。対してユンはそういう事は黙っておくべきだと反論する。しかし彼女は、他の三人の龍も手に入れようと旅をしていると続けた。

 そして表情を和らげると改めて白龍を見て言う。
 
「最初に貴方の力を借りたい。いいかしら?」

 ヨナの嘘偽りのない素直な言葉や、その姿に白龍は見惚れるとすぐに真剣な表情へと変えた。

「光栄の極みにございます。貴女が誰であろうと、どんな目的があろうと、私は…今から貴女の龍です。私の中の血がそう告げているのです!」

 迷いのない白龍の言葉を聞いて、ヨナの後ろに控えていたハク、ハナコ、ユンも口元に笑みを浮かべるのだった。



 ◇



 その日は白龍旅立ちの宴が開かれる事になり、準備をする里の者たちで騒がしくなっていた。ハナコは老婆に呼ばれ、別の場所へと連れられると白狼一族のことを聞かれる。同じ王に仕えた者として、今まで何をしていたのか、どうやって生きていたのか、聞きたいことが山の様にあったらしい。ハナコは自分の知る限りの事は全て話し、老婆はただ頷き聞いていた。

「―――…、緋龍城で国王の弑逆。その後、私達は神官様の導きのもと四龍を探していた」
「そうでございましたか。さぞお辛い思いをされたことでしょうな…」
「最初こそ主様を護るのは私達の役目だと思っていたが、今では逆に助けられることも多い。か弱き姫が今まさに強くなろうと頑張られている」
「我が白龍の里は、いつでも王と共にありますぞ」
「ありがとう、えーっと……婆?」
「はい!婆ですぞ!」

 元気な老婆だなぁと苦笑すると、ハナコは三人のいる場所へと戻った。

 しかし、そこにはハクの姿は無く残っていたヨナとユンに尋ねると、気付いたときには消えていたという。
 仕方なく彼の匂いを辿って行き、匂いの濃くなったそこは白龍の住まう城だった。何でこんな所にいるんだと、壁を伝ってひょいひょいとよじ登ると、白龍とハクが何やら話していた。ハナコが窓から部屋へ侵入すると、今度は貴様か!?と白龍の驚く顔がなんとも面白かった。

「貴様らは勝手に…!」
「ごめん白龍。ハク探してたら此処に辿り着いたもんで」
「貴様は…、婆が言っていた白狼一族の娘か」
ハナコと申します。以後お見知りおきを」

 丁寧な仕草で挨拶をするとハクがプッと噴出し、似合わねぇなと笑った。

「ところでお二人は何をお話で?」

 ハナコが壺の中を覗きながら言うと、お前俺に似てきたな、とハクが苦笑した。
 何か交渉でもしたのだろうか、ハクの手には硬貨の入った袋が握られている。そのお金どうしたのと聞けば、白龍がくれたと言った。

「受け取ったのだから、さっさと里から去れ!」
「あ、えっと?どういうこと?」
「これから先、姫は私はお守りするゆえ帰れと言ったんだ」

 なるほど、そういうことか。誇り高き白龍というのは存外面白い生き物だと苦笑して、ハナコは今更序列なんてどうでもいいんだが、と白龍を見て言った。

「白龍よ、私が何者であるか知ってその頭を上げているのか?」
「……ッ」
「えっ?おい、何言って」
「ハクは黙ってて」
「アッ、ハイ」

 普段のハナコの口振りとは違い、一気に場の空気が重々しくなった事にハクが声を掛けるも、口を挟むなとハナコに一喝されてシュン…と口を閉ざした。白狼一族は四龍よりも遥かに神格が上であることを、両親から教えて貰っていた。この教えがなければ、このように四龍を従えることなど出来なかっただろう。

「私は王に仕えし獣神―――、其方たち四龍よりも格が上であることをお忘れか?」
「……申し訳、ございません。白狼様」
「………なーんちゃって」
「え?」「は?」

 重苦しい空気に突然花が咲いたようにハナコはコロッと表情を変えて笑った。
 彼女が一体何を考えているのか分からないと、白龍は頭を抱え、ハクも同じく何なんだ一体と大きな溜息を吐くのであった。


 ハナコのことは認めても、やはりハクのことは認められないと白龍はギャアギャア言いながらヨナとユンの所へ戻る。ヨナはハクが居たからここまで来れたと言い彼の腕にしがみ付くと、絶対にハクも居なきゃ駄目だと白龍を見上げた。

「ほら、白龍。主様はどうやってもハクを手放す気はないそうよ」
「ハクは私の幼馴染みで、城を出てからも、独りになってからも、見捨てずそばにいてくれたの。大事な人なの!ハクが一緒じゃなきゃ嫌!」

 絶対に連れて行くとヨナが宣言し、それを見ていたハナコは苦笑する。
 でも、何故か胸の奥がぎゅっと苦しく、痛くなるのが分かった。嗚呼、厭だなぁとハナコは胸に手を当て独り言ちた。







 宴が開かれた夜、お酌をされていたハナコの隣に座ったハクは、今日のアレは何だったんだよ、と誰にも聞かれないようにコソッと声を掛けた。白龍の前で見せたアレか、とハナコは少しだけ間を置いたあと、別に、とそれだけ言いクイッと酒を仰いだ。彼女の返答が気に食わなかったハクは同じように酒を嗜みながら頬杖を付いた。

「お前さー、最近また少し生意気になってきたよな」
「ハクより充分素直だと思ってるけど」
「あーそうですか」

 ハクは隣で楽しそうにヨナと白龍が喋っている姿を見て、これから大変だっつーのに、とフッと笑みを零した。

「……白狼は獣神であり四龍の上に立つ者、なんだってさ」

 それは零れ落ちるような小さな声で、しかしハクは確かに聞こえた。いつも何処を見ているのか分からない、掴みどころのない彼女が、初めて見せた確固たる表情と神々しき雰囲気に、あの時のハクはその場の空気に圧し潰されそうになっていた。今更ながら、彼女が自分たちの敵でないことに安心する他ない。

「別にお前がどんだけすげぇ神様だったとしても、俺は絶対に見捨てたりしねえからな」

 ぶっきらぼうな言い草だが、彼の言葉には温かさがあった。
 昔から変わらずハクは優しいなとハナコは微笑むと、じゃあ私がお前を守ってやるからな!と茶目っ気たっぷりに言うのだった。



 次の日の早朝、白龍は里を去り晴れてヨナたちの仲間として一緒に四龍探しの旅に出ることになった。

 まずは何処へ向かおうかと地図を見ながら考えるユン。ハナコは白龍―――キジャに振り返ると、気配を感じないのか?と尋ねた。すると、四龍は兄弟のようなものであり、血で呼び合うので気配が分かると答える。白狼一族と違い、四龍は家族のような繋がりがあることを知っていたハナコは、聞いておいて正解だったと小さく息を吐いたのだった―――。