付き合って半年経った頃、俺たちは同棲を始めた。

 俺の部屋だと狭いから二人で住めそうな場所を探そうと意見を出してみたけど、彼女は俺の部屋が落ち着くと言ってくれた。まあ、さんがそれでいいならと俺は了承した。

 彼女の手料理は何度か御馳走になったことがあったが、やっぱり最高だった。狭い風呂にも二人で入った。結構、節約家の彼女は家計簿も記入して、それを眺めながら今月は黒字だよと喜ぶ。いつか海外旅行をしたいらしく、貯金をしてると教えてくれた。それって一人で行くのかと思い俺が頑張れって言ったら「佐一君も一緒なんだからね」と笑われた。そっか、俺も一緒か。嬉しいな。

 毎日が楽しかった。彼女の笑顔は俺にとっての宝物だ。

「私ね、佐一君が一緒なら頑張れるよ」
「な、なんか照れるって…」
「だから、私も佐一君を幸せにしたい」

 ぎゅっと胸の奥が締め付けられた。嗚呼、愛おしい。

 俺は彼女に噛み付くようなキスをする。ソファーに組み敷くと、そっと首元に顔を埋めた。




 ある日の夜、寝苦しくなって目を覚ました時、隣で寝てるはずのさんの姿が無かった。居間の明かりもないので、トイレでも行ってるんだろうと水を飲むため布団から出て寝室の襖を開けようとした。

 でも、出来なかった。

 数センチ開いた襖から見えたのは、震えた彼女の背中だった。襖の取っ手から手を離すと、彼女が何をしてるのか気になり息を殺して覗き見る事にした。
 欄干のある窓を開けて、空を見上げていた。

 今日のさんは少し様子がおかしかった。
 いつも以上に笑顔を見せて、俺にはそれが強がりにしか見えなかった。彼女は隠し事をするのが得意な人だ。弱い自分を見せたくなくて強がる癖は昔から変わってない。わざと「今日はいつもより元気だね。何かあった?」って聞いても「すごくいい事があったの」と笑って答えるだけだった。

 だから、俺はこれ以上彼女の中に入り込めないって知った。

 明日、また笑顔を見せる為に彼女は今泣くことを選んだ。
 その震える小さな体を抱き締めてあげたい。大丈夫だよって言って、俺が傍にいることを伝えたい。彼女が俺の味方でいてくれるように、俺も彼女を守ってあげたい。

 どうすることも出来ない自分が歯がゆかった。

 俺は布団に戻ると、彼女がいつ戻って来てもいいように先に眠りにつくことにした。


 休日の朝、さんが友人と出掛けてくるというので、既に用意された朝食を食べながら俺は「楽しんで」と笑った。応えるように彼女も笑って玄関まで向かったので、俺は見送るために椅子から立ち上がる。

「迎えが必要だったら連絡して。俺、今日一日ゆっくりしてるから」
「分かった、ありがとね。じゃあ、行ってきます」

 笑顔を向けて出掛けようとする彼女に手を伸ばす。でも、それはふわりとかわされた気がした。

「ごめんね、急いでるから」

 苦笑しながら扉の向こうへ行ってしまったさんに、俺の気持ちは虚しくなった。

 俺たち、別に気持ちが離れてる訳じゃない、よな。
 変な想像はやめよう。それは俺を想ってくれてる彼女に失礼だ。

 普段なら、いってきますと触れるはずの君の唇が、そっと俺の腕から逃げるようにして笑った。



 胸の奥が、ざわついた。