冷たくて、温かい

act.5 冷たい手でもいいよ




 百ちゃんからの返信は直ぐだった。

 会えるって言ってくれた。嬉しくて、最初の頃みたいに頬が緩む。私はもう大学生なんだし、この間の事は謝っておこうと明日の予定のように考えたあと、何を着て行くかクローゼットを覗いては、試着するように体に当てて鏡で確認する。
 私にとっては告白前のデートみたいなもんだし、ちょっとぐらい気合入れたっていいよね。

 流石にミニスカートはもう限界が近い。寒さに耐えられない。スキニーでいいや。靴はショートブーツにして、上はダッフルコートでも羽織ろう。中にVネックの長袖を着て……うん、これで大丈夫。髪型は、いつも通りでいいや。これ以上着飾ると、背伸びしたみたいで駄目な気がする。
 百ちゃんには、等身大の私を見て欲しい。

「明日が楽しみ……でも、ちょっと緊張するなぁ」

 夕食を食べたあと、お風呂に入って、明日のドキドキを抱えたままベッドに潜った。最初は緊張で眠れないかと思ったけど、案外すんなりと熟睡することが出来た。


 約束の日、私は大学の授業を終えた後、直帰して夕食とお風呂を済ませると、デートの支度を始めた。お母さんには友達とイルミネーションを見てくると言い、遅くなってもいいように事前にあっちゃんには口裏合わせをしてもらうようにお願いしている。
 持つべきもの友人だ、うんうん。

 待ち合わせ場所に間に合うように家を出たあと、手が冷えるので温かい飲み物をコンビニで買うと、それを両手で握り締めながら歩いた。久しぶりに見る百ちゃんは、相変わらずだろうなぁと苦笑しながら待ち合わせ場所に到着すると、まだ百ちゃんが来てない事を確認する。

 ほんのりと、懐かしい匂いがした。

 私は近くのコンビニに入ると暖を取りながら、たまに外を覗いた。
 待ち合わせ時間が、今1分だけ過ぎた。2分、3分と過ぎていき、結局30分過ぎた頃でコンビニを出た。私が百ちゃんを見つけきれてないかもしれないと思い、辺りをぐるっと歩いて探してみるけど、やっぱりまだ来てなかった。

 もしかして、仕事で遅くなるのかなぁ。教員だし、学校だと何があるか分からないよね。

 一応スマホを確認してみるけど、百ちゃんからの連絡は一切ない。

 すると、私の頬にぽつりと、ひんやりした何かが触れた。はらはらと舞う白に、空を見上げて空気を吸った。

「……雪だ」

 そっか。雪の匂いだったんだ。


 完全に陽も落ちて、時刻は21時を過ぎていた。
 辺りは暗く、街灯の明かりだけが私を照らしていた。遠くを見れば、イルミネーションの柔らかい光が見える。早くあの場所に百ちゃんと行きたいなぁ。あれからずっと連絡も無かった。きっと、どうしようもない用事が出来て、それは私の約束よりも大事で、連絡出来ないぐらいなんだ。

 そう考えるようにしないと、心が押し潰されそうだった。

 ねえ、何してるの百ちゃん。


…ッ!!」


 溢れそうな涙をぐっと堪えるように、私は前を見据えた。

 息を切らしてやってきた百ちゃんに、思い切り駆け寄って抱きついた。百ちゃんも私の勢いの良さに何とか受け止めたらしく、ちょっとだけ後ろによろける。

「っと……ハァ、すまん。遅くなった」
「ほんと遅いよ」

 ぐりぐりと顔を百ちゃんの胸辺りに擦り付けながら、ちょっとだけ上を向いて顔を覗き込む。百ちゃんも私を見下ろしていて、もう一度謝った。もういいよと微笑むと、百ちゃんも珍しく柔らかい笑顔を見せた。もう、遅れた理由なんてどうだってよくなる。
 一度、百ちゃんから体を離すと、ねえ行こうと彼の腕に自分の腕を絡ませる。いつもやってたスキンシップも、今になってみればちょっとだけ照れる。こんなの、いつもだったら普通なのに。

 百ちゃんは私の腕を振り解いたことなんて、一度も無かった。

 イルミネーションを見ながら談笑をしてると、ふと私は思い出す。この間のこと、謝らないと。

「あの、さ……、この前は逃げてごめんね」
「…あー、あの事か。もうどうでもいい」
「そっか。ありがと」

 ふわっと百ちゃんの手が私の頬を撫でた。

 ひんやりした、男の人の武骨な手。
 とても冷たくて、その手が、指が、私の輪郭を確かめるように滑る度、そっと瞳を閉じた。

 こんなんじゃ、もっと勘違いするよ。もしかしたら百ちゃんも私の事を、って。


 だから、ずっと私に触れて、感じて、確かめて。


 冷たい手でもいいよ。