42原点回帰これどうしますかー?と引っ越し業者の声に、私はこの辺りにとテキパキと指示を出していた。家具の配置は全部お前に任せると尾形さんが言ってくれたので、言葉通り好きにさせてもらっている所だ。 自分たちの荷物は少なくしておいたので、また今度買い足すことになった。 一通り仕事を終えた業者が退散していく中、私はお疲れ様でしたと玄関まで見送ってドアを閉める。お隣さんに挨拶した方がいいだろうなあと、粗品を考えながらリビングに戻ると、尾形さんは以前購入したばかりのソファーに座って寛いでいた。 「尾形さん!これから買い物ですよ!」 「………」 「……あれ、無視ですか?」 私の呼びかけに反応しない彼に、ハッとなる。 以前も無視された時に名前呼びして漸く反応した彼のことを思い出し、私は言葉尻に小さくなりながら百之助と呟いた。 「なんだ?」 うっ、ちゃんと聞こえてるじゃん…! 「買い物行きませんか?今日の晩御飯もそうですけど、お隣さんに粗品ぐらい渡した方がいいかと思って」 「……そうだな。じゃあ行くか」 ソファーからゆったりと立ち上がった彼を見て、私もクローゼットから鞄を取り出すと玄関に向かった。尾形さんと二人きりで暮らせるって考えただけで、未だに緊張するのに彼は本当にマイペースというか、常に冷静で羨ましい。 車に乗って街に出ると、最初に粗品になりそうなタオルを購入し、その後に雑貨を見て回ったりと日用品も買い集めた。会計の時にいつも財布を出そうとする私を止めて尾形さんがカード支払いしてしまうので、申し訳ない上に払わせてくれない事に不貞腐れる。分かっててやってるのか、薄く笑って私を見下ろす尾形さんと目が合った。 「少しは私にもお金出させて下さいよ…!」 「じゃあ、車を買い替える時は出してもらうか」 「えぇっ、それは流石に無理ですよ!というか今乗ってるやつっておいくらなんですか…」 「1400万ぐらいだったか」 「せんよんひゃ…っ!?」 顎が外れるかと思った。 わたしがそんな買い物を出来る筈がない。ぐっと推し留まるように口を噤んだ私に、また彼はククッと笑った。 「少しは俺にもカッコ付けさせろよ」 いつもカッコイイくせに何言ってるんですか……。 彼がそうしたいというのなら、これ以上言い合っても意味が無いと思い、悔しいやら嬉しいやら私は微妙な心境だった。 昼食はいつものラーメン屋で食べることにした。正直、もうこの店にはこれから住むマンションから距離もあるし来ないと思っていた。どこで食べてもお腹いっぱいになれるのなら外食する場所に拘りは無いのだが、尾形さんも意外と此処のラーメン屋がお気に入りらしい。 さっきまで車の話しで結構お金の使い方が大雑把だと認知した後なのに、こんな風に庶民的なラーメン屋で済ませてしまうのだから、やっぱり彼の事はまだまだ分からない事だらけだ。 「次の日曜日に、デートしませんか?」 「いきなりだな。行きたいところでもあるのか?」 「うーん、まぁ……まともにちゃんとしたお出掛けしたこと無いなあって思いまして」 「確かに買い出しばっかりだな」 「そうなんです。だからせめてデートらしいことしたいです」 尾形さんの考えたデートプランも気になる所だけど、ここは私が行きたい所を言った方がいいだろうと、定番スポットの『ネズミーランド』を口にする。しかし、彼の顔は思い切り渋った。それもそのはずだ。彼は人混みが苦手なのだから、こんな顔されてもおかしくないし、分かってた事だった。 「平日なら少しは考えたが、日曜日に遊園地はごった返してるだろ……一人で行けよ」 「それじゃデートって言わないですよ。じゃあ、百之助は何処か行きたいところはありますか?」 「俺は……特に無いな。家でのんびりしてたい」 「……なるほど。おうちデートってやつですね」 「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだが…」 「いいじゃないですか。おうちデートしましょうよ。DVDとか観ます?」 「お前のホラーしかねえだろ……」 失礼しちゃう。最近はアクション系も増えたんですよ。彼にそのことを説明してみるも、まるで興味なし。ただのんびりしたいという彼の意見に、渋々了承した私はせめてお菓子と飲み物ぐらいは用意しようと思った。 会計を済ませて店を出ると、今日の晩御飯は何にしましょうかねぇと尋ねる私に、彼はまだ昼食ったばかりだろと笑われた。それもそうだと私もつられて笑うと、ふと人混みの隙間から見えた知った顔に思わず目を見開いた。優子ちゃんと宇佐美さんだ。 「何かあったのか?」 「あ、いえ……知った顔が見えたので」 「ふーん」 尾形さんは優子ちゃんたちの事は知らないんだっけ。 傍から見てるとあの二人は良い感じに見えるんだけど、彼の場合は言わなければ気付かないだろう。 「まさか俺の知らない間に浮気でもしたんじゃないだろうな」 「えっ」 ニヤニヤと厭らしく笑って私の反応を窺うような彼の視線に、一瞬見つめ合うとクスッと笑ってしまった。私が尾形さん一筋なの分かってて聞いてんだろうなぁとおかしくなってしまい、そんなわけないですよと彼の左手を取り握った。 彼に「愛してる」という言葉を言われたことは無いけど、行動で私の事を大切にしてくれているのは分かる。私が「愛してる」と言えば、貴方も同じ言葉で返してくれますか…。聞きたいのに、彼の本当の気持ちを知るのが怖くて、出そうになる言葉は喉の奥で引っ込んでしまう。 少しの間、黙っていた私に尾形さんは薄っすらと眉間に皺を寄せると、来週のデートなんだがと口にする。何か他に良い案でもあったのかなと彼を見上げると、思いもよらない言葉が彼の口から出てきた。 「……ネズミーランド、行くか」 「……えぇっ!?」 逆に私が吃驚した! 尾形さん大丈夫なの?無理してない?え、なに、どうしたんですか? 「あの、えっと……百之助、頭大丈夫?」 「あ゛ぁ?」 「ヒッ!あ、ちがう!そういう意味じゃないんです…ッ!」 「じゃあ、どういう意味だっていうんだよ」 「無理してないですかって聞こうとしたらつい……」 「つい本音が出たってか?」 「だからそうじゃないですってばー!」 こうして私たちはネズミーランドに行くことになってしまった。 嬉しい気持ちは充分にあるのに、彼が本当に無理してないか心配だ。 でも、やっぱりネズミーランドには行きたいので、ほどほどに遊んで帰ろう。 マンションに移住してからの生活は快適だった。快適過ぎるが故に、広すぎる部屋は一人の時に少しの寂しさは感じるけど、いつも先に帰ってしまう私に彼は律儀にもメールで「今から帰る」と言ってくれるのだ。 そんなメールを先程貰って、晩御飯を作り始めたのがつい先ほどのこと。 彼がもう直ぐで帰って来ることを分かっていながらも、待ち遠しい気持ちは抑えられず何度も玄関を覗き込んでしまう。何度目か玄関を覗いた所で、やっぱり大人しく待っていようと作り終わったカレーの鍋に蓋をしてソファーに座った。寛ぐように体をだらりと背凭れに預けると、天井を仰ぎ見るように見上げる。 淡い色の電球が目に優しい色彩を放つ中、ふと彼の事を考えた。 小さい頃は、どんな風に笑ってたんだろう。顔と性格はどちらに似たのかな。尾形さんは整った顔をしているから、本当に羨ましいというか……。彼を羨ましがってもも私は女なので嫉妬するだけ意味がない。 「ただいま」 「ぎぃやああっ!?いつ帰ってきてたんですか!?」 「お前が百面相してる間。で、何か一言ないのか?」 「……おかえりなさい」 「ん、良い匂いする」 彼は私のおかえりが聞けて満足したのか、ネクタイを緩めながら鍋の蓋を開けて口元に笑みを作った。ソファー越しに見ていた私は、辛口ですよと一言報告だけしておく。以前に辛口がいいと言っていたので、今回もその通りにしてみた。 「もう食っていいのか?」 「あ、はい。私もお腹空いてるんで夕飯にしましょう」 「わかった。着替えてくる」 寝室に着替えに行った彼を視線で追いかけながら見送ると、私はソファーから腰を上げてカレーを温め直す為に台所へ足を運ぶ。IHの電源を入れて、お皿を出すと炊き立て白米を盛りつけた。温まったカレーを掛けて、それをテーブルに置くとスプーンや飲み物の用意をする。その間に彼も戻ってきたので、食べれますよと椅子に座って微笑んだ。 「相変わらず美味そうだな」 「カレーは誰でも頑張れば作れますよ。今度一緒にどうですか?」 「いや、俺は不器用だから遠慮しておく」 「えー……一緒に料理したかったなぁ」 「…いつかな。いただきます」 「やった!いただきまーす!」 少し寂しそうに彼を見詰めれば、一瞬眉間に皺を寄せた後は仕方がないといった表情で了承してくれた。おねだりしてみるもんだなぁと笑顔で合掌して、出来立てのカレーを食べる。隠し味なんて無いけど、シンプルに作ったカレーは美味しい。パッケージの説明書き通りにするとアレンジ無しでも充分美味しいカレーは出来上がるのでとても有難い。 「そういえば、前に言ってたネズミーランドのチケット取れたぜ」 彼のニヤッとした口元を見て、もしかして私があの時冗談で言ったレアチケットを取ってきたんじゃないだろうかと冷や冷やしていると、スッと目の前に二枚の紙を出される。恐る恐る手に取って見てみると、輝かしく『プレミアムチケット』と書かれた文字に、マジですかと目を瞬かせた。 ネズミーランドのプレミアムチケットは、当日限り全アトラクション待ち時間無しで優先的に並ばせて貰える上に、キャラクター達と写真も撮り放題。園内にあるホテルも利用可能となっていて、しかも部屋は最上級クラス。 つまり、このチケットはレアであり、お高いのである。 「これ……結構高いやつですよね。私としては普通でも良かったんですよ?」 「そうか。ならこれはキャンセルだな」 「すっごく嬉しい!やったー!」 「そうやって素直に喜べよ」 そして彼は続けてこう言った。お前とだから行くんであって、それでもこれっきりだからな、と。つまり最初で最後の場所になるってこと…だよね。彼も人混み苦手な上に無理して付き合ってくれるのだから、本当に優しい。 「ありがとうございます…、次は私が百之助の行きたい所に付き合いますね」 最初に彼が言っていた、マンションでのんびりしたいという要望を思い出した私は、私の事を最優先に考えてくれる彼に感謝した。 |