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お婆ちゃん救出大作戦

 あと二日後に迫る試験日に向けて、猛勉強の日々。
 当日は仕事も出勤扱いで試験を受けれることを会社から聞いて、そういった対応に感謝する。
 一応晩御飯をのオカズは尾形さんにお裾分けしてるけど、試験日が近いことを知った彼が毎日気を遣って、頑張れよって言ってくれていた。ただ、不合格になった場合の処遇についてはどうしても報告出来なかった。
 


「絶対に受かってやるんだから…!!」

 コトコトと煮立つ鍋を掻き混ぜながらテレビのニュースを見ていると、天気予報で大型台風が接近しているとお天気キャスターの人が言った。しかも茨城を直撃するとかで、祖母が心配になり後で電話をしてみようと火を止める。タッパーに移した後は粗熱が取れるまでソファーで参考書を片手に、ニュースの音声を聞いていると、茨城に直撃する日が試験当日だと知った。

「うそ…どうしよう。よりにもよって試験日に…」

 私の母親代わりとして育ててくれた婆ちゃんは、今の私にとって一番に優先すべき相手でもあった。もし祖母に何かあれば私は本当の意味で一人ぼっちになってしまう。出来れば長生きして欲しいし、災害で亡くなるというのはあまりにも悲し過ぎる。
 兎に角、台風が逸れてくれることを願いながら、テレビを消して試験勉強に集中した。

 粗熱が取れた頃、丁度尾形さんが帰宅する音が聞こえたので、タッパーを紙袋に入れて玄関を出た。インターホンを押して尾形さーんと声を掛ければ直ぐに玄関扉は開く。

「お仕事お疲れ様です。これ今日の晩御飯のオカズです」

 手渡した紙袋の中を見て、尾形さんは顔を近付け匂いを嗅いだ。

「……ハヤシライスか」
「はい!是非食べて下さいね」
「分かった。少し上がってくか?」
「いえ、遠慮しておきます。試験も控えてるので」
「…そうだな。試験受かるといいな、頑張れよ」
「はい。頑張ります!それじゃ、おやすみなさい」

 本当はまだ話していたかったけど、時間は有限なので試験勉強に充てなければいけない。また誘ってくださいねと、そう挨拶すると尾形さんは「あぁ、おやすみ」と言って玄関を閉めた。

 最近は、尾形さんを見てドキドキする頻度が増えてきた。
 どんどん彼を好きになっていく自分に、今は試験勉強に集中するんだと言い聞かせるも、持っていた参考書を捲る手が止まってしまう。

 このままでいいから、ずっと貴方の隣に居させてほしい。
 こんな我儘な私を、許して。



―――――――――――――――



 試験当日、私は荷物を鞄に詰めながらニュースを見て被害状況を確認していた。

 お天気キャスターが大型台風の状況と、茨城に直撃して凄い被害になっている様を画面越しに見て、手に持っていた筆箱を落としてしまった。
 ハッとなり落とした筆箱を拾い上げると、自然と手が止まる。
 本当にこのまま試験会場に向かってもいいのだろうか。

 きっと祖母の事が気になって試験どころじゃない。どうしよう、婆ちゃん大丈夫かな……私は急に怖くなった。


 無意識に鞄を引っ繰り返して荷物を床に落とすと、急いで着替えと下着を何着か突っ込む。更に保険証など必要な公共機関のカードを詰め込んだ。
 どうせ試験に集中出来ない。だったら私のとるべき行動は一つだった。

 スマホで祖母に連絡を入れるが繋がらない。町から少し離れた山に家を構える祖母は一人暮らしで、何かあってからでは遅いと思った。

 急いでまとめた荷物を片手に玄関を飛び出すと、尾形さんと鉢合わせてしまう。私の姿を見て、試験かと途中まで口にしたものの、明らかに荷物が多い事や私の焦った態度に眉間の皺を深くさせていった。

「……おい、何だその荷物」
「すみません!私今から行かなきゃいけないところがあって」
「お前の行くべきは試験会場だろ」
「そうなんですけど…っ、ごめんなさい!私今回の試験は受けれそうにないんです!」

 彼の横をすり抜けて駆け出そうとするが、腕を掴まれて阻止されてしまう。
 急いでるのに…!

「理由を言え。20文字以内で」
「……茨城の…祖母の家に行くんです」
「茨城って、今大型台風が来てるじゃねえか。なんでわざわざ、」
「祖母が家で一人なんです!連絡も取れないし…っ、私にはたった一人の大切な家族で…ッ」

 捲し立てるように尾形さんの言葉を遮り叫べば、目を見開く彼の顔を見て私も罰の悪そうな顔になる。少しの沈黙の後、離してもらってもいいですかと呟けば、彼は俺も行くと言って私を無理矢理尾形さんの部屋に押し込んだ。
 あまりにも突然のことで唖然とする私が玄関のところで立ち尽くしていると、尾形さんは急いで着替えと少量の荷物をまとめて私の前に現れた。

「な、に……してるん、ですか」
「俺も行くっつってんだよ。さっさと駐車場に行くぞ」
「いや、そうじゃなくて…!」
「お前は婆ちゃんの事だけ考えてろ」

 そう言って玄関から外に出された私は、彼に腕を引かれながら駐車場に連れて行かれると、車に乗って走り出した。突然過ぎて混乱する私に、尾形さんが「俺も実家が茨城なんだ」と呟くので、思わずえっと声を漏らして彼を見た。

「俺も婆ちゃん子だったからお前の気持ちは分かる」
「でも尾形さん…今日って仕事なんじゃ…」
「さっき電話で有給取った。一日で帰ってくるレベルじゃないんだろ?」
「まあ、はい……」
「試験はまた受ければいいだろ。今は婆ちゃんを優先したほうがいい」
「そう、ですね…」

 彼の言葉に頷くと、私はきゅっと唇を噛んだ。
 試験はもう受けれない。だって一度きりの試験なんだから。

 尾形さんにそのことを伝える勇気もなくて、私は心の中で何度も彼に謝罪した。折角就職先を紹介してくれたのにごめんなさい。短い間だったけどいっぱい心配かけてしまってごめんなさい。それに食堂スタッフの皆、マミちゃん、ごめんなさい。

 私は茨城の祖母が無事であるよう願いながら、心の中で皆に謝り続けた。







 茨城に入ってからは、祖母の家まで私がナビゲートした。
 段々と山道に入っていく中、道も険しくなっていく。

「本当にこっちで合ってんのか」
「大丈夫です。何度も通った道なので」

 台風の所為でフロントガラスから見える視界も狭まっている。尾形さんの運転ならきっと大丈夫だろう。
 何とか無事に祖母の家に着いた私たちは、急いで車を降りて玄関まで向かった。インターホンを押しても出てくる気配がない。風と豪雨のせいで声を張って喋らなきゃいけないぐらいには台風は酷くなっていた。

「何か心当たりはないのか!?」
「……あ!畑かもしれないです!」
「行くぞ!転ぶなよ!」
「はい…!行きましょう!」

 急いで家の裏にある畑に向かうと、予想通り祖母の姿がそこにあった。何かを守るようにブルーシートを抑えて作業をしている祖母は、強風に煽られて体がフラフラとしている。
 急いで駆け寄って、体を支えるように両肩を掴むと、私は婆ちゃん!と大声で呼んだ。

「何やってんの!?こんなことしてないで家に入って…!」
か!?なしてこんな所に…今日は試験日じゃなかったかい!?」
「試験日は来週だから!ねえお願いだから家に戻ろう!?」

 祖母には早く非難して欲しくて、試験日が来週だと嘘を吐いて家に戻るよう説得する。

「でも野菜が飛ばされて、」
「婆ちゃん!このビニールを抑える何かがあればいいんだな!?」
「誰だい!?あんちゃんは!」

 私が尾形さんだよ!と以前に彼の事を電話で話したことがあったので、祖母はこのあんちゃんが尾形さんかいと笑っていた。
 今はそんな笑ってる場合じゃないからね婆ちゃん!

 尾形さんは急いで大きい石を抱えてくるとブルーシートの四方に置いて飛ばされないように固定した。その作業を見ていた私は何か手伝えることはないか聞くが、お前らは家に入ってろと尾形さんに言われたので、畑は彼に任せて祖母の命を最優先に家屋に逃げ込んだ。

 少し遅れて尾形さんも家に入って来ると、三人して全身ずぶ濡れだった。
 それを見て祖母が「みぃんなズブ濡れだぁ」と笑うので、何だか私までおかしくなって笑ってしまった。尾形さんは雨で濡れて顔に掛かっていた髪の毛を掻き上げると、ハァと大きな溜息を吐いていた。

 こうして、私と尾形さんの一泊二日のプチ田舎帰りがスタートしたのだった。