07飯テロという名の拷問目が覚めた時にはベッドに居た。確か私が意識を手放したのは玄関のはずだと、何とか記憶を辿るが思い出せない。まあ、自力で起き上がってベッドで寝たんだろうと、自分をゾンビだとでも言うように自己完結させる。 今日は燃えるゴミの日なのでゴミ袋を片手に部屋を出ようとするが視界に入った一枚のメモ用紙にキョトンとなる。玄関に貼られた一枚のメモ用紙を見て、私は思考回路が一度停止した後に声にならない悲鳴を上げた。 『ポストに鍵入れてある。今度から玄関で寝るなよ』 差出人の名前は無くとも分かる。 ガバッと勢い良く玄関ポストを見ると鍵がちゃんと入っていた。 ヒィィィと心の悲鳴を上げながら、ダッシュでゴミ捨て場にゴミ袋を放り投げると、階段を駆け上がり隣人のインターホンを連打した。 明らかに迷惑行為ではあるが、今すぐでも彼に謝罪とお礼をしたいのだから仕方ない。 「っせーな、勧誘は他にあた――――、起きたのか」 相手が私だと分かると、尾形さんは先程までの凄い剣幕から、上機嫌な不敵な笑みを口元に浮かべていた。恥ずかしい気持ちで顔が真っ赤になる私は、その場で土下座して謝罪したい。でも手が汚れるから嫌だったので、深々と頭を下げて昨日の醜態を謝罪した。 「ああああの!昨日はすみませんでした…ッ!!」 「朝から声デケェよ…」 「ごごごごめんなさいいぃぃぃ」 「いいから一回落ち着け。説明が欲しいなら教えてやるから、とりあえず中に入れ」 「は、はい…っ」 もう恥ずかし過ぎて泣きそうなんだけど!! 彼の言葉に素直に従い、部屋にお邪魔させてもらうことにした。 瞬間、何か違和感のようなものを感じた。それが何か思い出せそうで、思い出せない感覚にヤキモキしていると、ソファーに座れと指示されたので失礼しますと言い静かに座った。 なるべく大人しく努めていた私は、コーヒーまで御馳走になりながら、昨日のことを全て教えてもらう。穴があるなら今すぐ入って埋まりたい。 何度かコーヒーを噴きかけたけど、何とかそうならずに済んだ。 「お前、俺のシャツ匂って"わぁ尾形さんの匂いだぁ(棒読み)"って猫撫で声出してたぞ」 「ブウウウッ!!」 前言撤回、盛大に噴いた。 汚ねぇなと渡されたティッシュを受け取り口元を拭って、棒読み過ぎる私のモノマネはさて置き、それって実話ですか?と現実逃避しそうな私に、超が付くほど素晴らしい発音で彼は"truth"(トゥルース/真実)と答えた。その場で魂の抜けそうな私とは対照的に、尾形さんはなんと生き生きとした表情をしていることか……。 「……俺だったから良かったが、もし他の変な輩だったらどうなってたか知らんぞ」 うっわ、その貼り付けたような笑顔が怖い…。 「はい、ごめんなさい。反省してますんで、今すぐさっきの話を脳内から削除してもらってもいいですか?」 「無理だな」 「ですよね、知ってた」 完全に遊ばれる。このネタだけで尾形さんの場合、一年間は有効にされそう。 茨城の婆ちゃん助けて…!ここに悪魔がおるよ! 充分睡眠を取れたおかげで頭もスッキリしていた私は、結局尾形さんの車で一緒に出勤した。昨日は宇佐美さんに仕事を頼んだので、その埋め合わせがあるとか何とか言って急いでオフィスに向かった尾形さんの背中を見送ると、私も裏口からスタッフルームに入る。 いつも朝一番に来るマミちゃんに、あんた昨日大丈夫だったかい、と声を掛けられた。何かやらかしたっけか、とボケっとしていると後半から目が虚ろだったと教えてもらう。やっぱり尾形さんの言う通り、ちょっと頑張り過ぎちゃってのかなと反省して、沢山寝たのでまた頑張って働きますと笑顔で答えた。 「…あんた私の話を聞いてたのかい?無理は禁物だからね、体が資本だよ」 「気を付けます!」 「よしよし。じゃあ、今日も配膳頼んだよ」 「頑張り過ぎない程度に頑張ります!」 「そりゃどっちなんだい」 二人でアハハと笑い合い、厨房に入り朝の掃除を始めた。 昼時になり食堂には沢山の社員達で賑わっていた。 私もいつかこの中に混ざって食べてみたいなあ、なんて思いながら配膳をしていると、ふと見覚えのある顔に「鶴見部長だ」と思わず口に出してしまう。まあ、彼の場所からここまで結構な距離あるし聞かれてないだろうと安心し切っていると、何故か鶴見部長が私を見てきた。 えええっ、もしかして凄い聴力の持ち主なの!? その視線にドギマギしながら逸らせないでいると、ふと目の前に見慣れた顔が映り込んだ。わっと驚いて相手を確認すると、そこには尾形さんと宇佐美さんの姿。お疲れ様です、と挨拶をして発券用紙を受け取ると、尾形さんがマミちゃんを呼んだ。しかも大声でおいババアって。アンタ本当に大物だよ。 「なんだい百ちゃん、この美人をお呼びかい」 「少しの間、コイツを貸してくんねーか?」 「……えっ!?私!?」 明らかに尾形さんの指先は私に向いていて、また何か説教でもされるのだろうかと焦っていると、今度はその手で親指を立ててアッチと背後に向けて動かした。その先には明らかに鶴見部長が見えるんだけど、マミちゃんもそれを確認すると今日だけだからね、とアッサリOKを出した。どういうことなの……。 着ていたエプロンと頭に巻いている三角頭巾を外すと、急いで尾形さんの指定したテーブルまで向かう。鶴見部長も一緒に居ることが分かると、緊張する心臓を落ち着かせながら、お疲れ様ですと挨拶をした。 「食堂の看板娘のさんだね」 「です。よろしくお願いします」 空いている椅子は尾形さんの隣だったので、ちょこんと座り大人しくしていると鶴見部長に緊張しているのかなと優しく微笑まれた。してないと言うのも違うので、少しと一言すると突然隣から「こいつ普段は騒がしいですよ」と聞こえた。 ちょっと尾形さんっ、と彼を見上げて睨むと、舌をベッと見せてきたので完全に揶揄われたと恥ずかしくなる。 「良く頑張ってるみたいじゃないか。とても感心しているよ」 「い、いえ!まだ皿洗いと配膳しか出来ない右も左も分かってない新人ですからっ」 「マミちゃんも君のことを褒めていたよ。逆に元気付けられている、と」 鶴見部長もマミちゃんって呼んでるんだ……。 じゃなくて、私はそんなそんなと緊張のし過ぎで語彙力を失いかけていると、配膳係の人が注文番号を呼んでいた。それに反応した宇佐美さんと尾形さんは立ち上がると行ってしまう。 鶴見部長と二人きりになってしまい、何を喋ったらいいんだと膝上でぎゅっと手に汗を握っていると、彼の方から話しかけてくれた。 「本来なら君のような人材が、私と一緒に働いてくれたらいいんだがね」 「え?」 苦笑しながら言われたその言葉に、つい心が揺らぐ。 ……いやいや、何考えてるんだ私。せっかく楽しい仕事ライフを手に入れたというのに、それ以上を望もうとするのはやめなさい。天使と悪魔が私に囁き心の中で葛藤していると、お盆を抱えた尾形さん達が戻ってきた。宇佐美さんは二つ抱える内の一つを鶴見部長に渡すと、ありがとうと受け取っていた。その姿を眺めていた私は、三人分の食事の匂いを嗅いだ所為で腹の虫がキュルルと鳴ってしまう。 「…………ア、アハハ」 「なに今の!キュルルルって可愛い音したよ」 「すみません。私の腹に飼ってる虫の音です……」 くっそ恥ずかしい。 宇佐美さんに可愛いねえなんて言われ、それ以上揶揄うなら厨房に戻りますよと言ってみると、黙った宇佐美さんは視線を煮物に向けて食べ始めた。その光景を見ていた尾形さんが、宇佐美さんにあんまいじめてやんなと庇ってくれたのだが、彼は今日の朝に交わした会話をもうお忘れなのだろうか。尾形さん、あなたも宇佐美さんサイドなんですよね。 結局私がこの場に呼ばれた意味が分からないまま、三人の食事風景を眺めるだけの飯テロ拷問を受けながらの耐久レースだった。 |