02

食欲は無限なり

 予定通り作り過ぎたオカズをタッパーに詰めると、粗熱が冷めた頃にお隣さんのインターホンを鳴らした。和洋中全部作れるので一応リクエストを聞いてみた所、日本人らしく和食と答えた彼のためにカレイの煮付けを作った。

「居ないのかな…」

 まだ帰宅してない彼を待つ為に、一度自分の部屋に戻ろうとドアノブに手を掛けた時だった。ガチャリと開いたお隣さんのドアの音に、私の頬は次第に上がっていく。寝惚け眼で登場した彼に、もしかして起こしました?と聞けば、首を縦に振ってたのですみませんと謝罪した。別にいい、と掠れ気味の声で言った彼が私の持っているタッパーを見ると、重たそうな目蓋が幾分か持ち上がった。

「それ、昨日言ってたやつか」
「あ、はい。お届けに参りました。カレイの煮付けです」
「ありがとう。時間あるなら茶でも飲んでくか?」
「あ、はい……えぇっ!?」

 普通に返事をしてしまった私は、一瞬だけ間を空けると慌てる。睡眠を大切にしてるって昨日言った彼の言葉を思い出し、お気遣いなく睡眠大事ですよ、と苦笑しながら遠慮した。
 本当は一緒にお茶してみたかったけど、眠そうな彼を見ると申し訳ない気持ちになる。私の料理で彼の健康面が少しでも良くなるならと思って勝手にやってることで、私が彼のプライバシーに干渉するのは良くないと思い、また今度お願いしますと言ってタッパーを渡すと自分の部屋に戻った。
 一応やんわりと断ったし、不自然じゃなかった……はず。



 次の日の朝、午前中に面接が入っていた私は、身支度をすると黒のパンプスを履いて玄関を出た。ドアを開くと何かがぶつかる音がして、外側を確認すると紙袋が引っ掛かっていた。中を確認すると、空になったタッパーが綺麗に洗った状態で入っている。尾形さんが昨日のカレイの煮付けを、全部食べてくれたことに私の頬が緩んだ。
 その嬉しさを糧に面接頑張るぞぉ、と玄関の鍵を掛けると最寄り駅に向かった。

 面接会場となる部屋に通され、順調に面接を進めていく。
 何人か私のように入社希望の人がいたけど、合格枠は2名なので負けられないと私の全てを面接官にぶつけた。もし合格出来ればOLライフが再び訪れるのだ。



 面接を終えて帰宅すると、どっと疲れが出て暫くソファーに寝転がっていた。受かるといいなあ、なんて思いながら顔を上げると外を眺める。緊張が張り詰めていた所為で昼食を摂ることも忘れていた私は、グゥと鳴った腹の虫にお前は本当に食欲に従順な体だな、と苦笑した。
 確かカップ麺が何個かあったはずだと、戸棚を漁っているとインターホンが鳴る。誰だろう……。

 ドアスコープから来訪者を確認すると、まさかの尾形さんだった。え、え…なんで?

 ずっと待たせる訳にもいかず玄関を開けると、よお、と挨拶をされた。わけも分からず、外国人のようにハァイなんて返事をすると、やっぱりお前は面白いなと言われた。しかも真顔で。絶対に面白いって思ってないでしょあなた。

「こんな昼間にどうしたんですか?お仕事は?」
「今日は有給消化で休み。昼食ったか?」
「いえ、今から食べようと思って……」

 彼は私の手に持っていたカップ麺を見て、「じゃあ駐車場で待ってるぞ」と言ってさっさと階段を降りていった。置いてきぼりを食らった私は、何が何だか分からないが彼を追いかけなければいけないと、無意識に家の鍵と財布を持って飛び出した。
 ただ問題なのは私の恰好だ。部屋で過ごす気満々だったので小さめのシャツに相変わらずのショートパンツ。

 乗れと言われ、言われるがまま彼の高級そうな車に乗り込むと、そっと隣を盗み見る。私と違ってシンプルだが余所行きの恰好だ。しかもカッコイイ。なんだよ御馳走様!

「尾形さん、私は何処に連れて行かれるんでしょうか……」
「いつも食べさせて貰ってちゃ悪いからな、昼飯ぐらい奢らせろ。……それ、持ってきたのか」
「…えっ!?ああぁっ!!」

 手に持っていたカップ麺を見て悲鳴を上げた。絶対に尾形さんに変な女だって思われてる。あの電柱衝突事件以来ずっと思ってたけど、今回のカップ麺で確実に私は変な女認定されたかもしれない。
 頭の中が大変パニックを起こしている中、尾形さんはラーメンでいいかと聞いてきた。何でも食べれるんでダイジョーブです!と鬼気迫る顔で答えた私の顔を見て、更に笑われたのは言うまでもない。
 車内でした会話は碌に覚えてない。というか記憶がない。なるべく馬鹿なところをお披露目しないように慎重に会話した所為で、私の思考回路は停止しそうだった。


 ラーメン屋に到着して私は目を輝かせた。
 一度行ってみたいと思っていたお店だったので、先程までの緊張は何処へやらルンルン気分で店内に入った。尾形さんって意外と庶民派なんだなぁと、勝手にイメージしていたお洒落なレストランを"庶民派"に上書き保存した。

 美味しいラーメンを食べて満足した私は、替え玉頼んでいいですか、と口にした瞬間ハッとして動きを止める。最近は食べ過ぎに注意しようとダイエットを考えていたのに、少し肉の付いてしまったお腹を見て思い出し、やっぱりお腹いっぱいでした、と一人で話を終了させた。
 そんな私に彼は、食べたきゃ食べりゃいいだろ、と餃子を一口で食べてそう言った。

「えっ?」
「お前みたいに鱈腹食べてる奴は、魅力的だと思うぜ」
「そ、そうですか…!?」

 駄目だ。完全に甘やかされてる気がする。
 尾形さんの言葉を聞いて、じゃあ替え玉頼みますと意見を変えるのだから本当に現金な女だと思う。それ食ったら店出るからなと言うので、分かりましたと返事をし替え玉を入れてもらった麺をズズズッと啜った。

 やっぱりラーメンって最高だな。