火鎮めの祭が無事行われ、舞いを踊る主役のヨナは簡易的に作られた布で仕切っている空間で村娘達によって綺麗に着飾って貰っていた。護衛としてがいつも通りヨナの傍で、その様子を見ているとヨナが何やら恋愛話で質問攻めに合っている。女子ならではの会話なのだろう、緋龍城に居る時も女官達がそのような話をしている姿を何度か見掛けたことがあった。

「ねぇ、あの中の誰かと恋仲なの?」
「ううん」
「じゃあ、あの人達に恋人はいる?」
「……たぶん、いないと思うけど」

 ヨナの返答に娘たちはキャーッと歓声を上げると、思い出したようにヨナが、ハクは好きな子がいる事を教えた。それを聞いていたも、思わず目をパチパチとさせていたが、ヨナはそれが誰であるかは明かさなかった。

「えぇっ!?そうなの? でも、好きな子がいるってだけよね!じゃあ私にもまだ希望はあるわ!私、ハクの子供なら産んでもいいっ!」

 アロの一言に、やだアロったら!突撃する気?と周りの村娘達も盛り上がっていく。戒帝国の女の人ってすごい、と心の中で引き気味になっているヨナを見て、村娘達は好きな人に抱き締められたいって気持ちをヨナと共有しようとする。

「好きな人ぐらいるでしょう?」
「好きな……ひと……好きな、ひとは……」

 言葉尻に小さくなっていくヨナの声を聞いて、彼女達も何かを察したのか一人がこの話しはもうやめーっと撤収の合図を出すと、いそいそと周りの娘達も持ち場に戻って行く。
 どう言葉を返していいのか、スウォンのことを思い出したのか、は黙ってしまっていたヨナの背中にそっと手を触れた。

「ヨナ、無理に気持ちを押し込めないで。貴女の思うようにして下さいね。私たちはただ、貴女の背中を追い、お護りしますから」
「そうね……有難う、。いつも貴女に救われてばかりだわ」
「私も、同じですから」

 お互いに励まし合い、今もこうして傍に居られるのだから───







 火鎮めの祭でヨナは完璧に舞いを踊って見せた。

 祭の意味を知り、その思いを胸に舞う彼女の姿は、その場に居た者たちの目に強く焼き付き、そして忘れる事のない一日となった。ハクと一緒に見ていたは、やっぱりヨナが舞ってくれて良かったと思った。彼女がどんな気持ちで舞ったか、充分過ぎるくらいに気持ちが伝わってくる。

「……ヨナの舞いは、子供のお遊戯じゃない。ね? ハク」
「…そうだな」

 揶揄っていたとはいえ、本気で言った訳ではないのだろう。のいう通り、ハクもヨナの舞いを見て切なげな表情を見せると、大刀を握る手にきゅっと力が入った。

「白狼一族にも舞いがあるんだったよな。いつか…俺にも見せてくれ」
「いつかと言わず、今からでも舞えるよ。綺麗な衣装じゃないけど」

 ハクの少し前に足を踏み出すと振り返り目を細めて笑った。

 祭の参加者達は、皆ヨナの舞いに夢中だ。そんな中で、はハクというたった一人の観客に向けて、白狼一族に伝わる舞いを踊って見せた。とても力強く、しかし切ない物語を唄っているような演舞。が剣術の稽古をしている時に見せる動きが、こんな風に使われていたのかと納得出来るものだった。

 そして、ハクの脳裏に過るのは昔の記憶。
 風の部族にいたムトの事だった。と入れ替わるようにしてムトは姿を消し、今となっては消息不明だ。

「……昔、お前と同じ動きで大刀を扱う男がいたんだ」
「同じ、白狼一族なのかな……」
「いや、風の部族だ。俺にとって兄貴みてェな人だったよ」

 が瞳の色について問うと、翠色だったとハクは答えた。同じ白狼一族なら、金色の瞳をしているはずだ。

「その人の名前、聞いてもいい…?」
「ムトって名前だった。放浪癖が強くってさ、いつも出て行く時の言い訳は野暮用だったし、兎に角やることは滅茶苦茶な人だった。……けど、すげぇ強ェんだよ」

 ハクが珍しく他人の事を嬉しそうに話しているので、本当にその人の事が大好きだったんだろうと思えた。
 もし、そんな凄い人が居たなら、どうして今まで話してくれなかったんだろうと、今のハクの嬉しそうな語り口調からして不思議に思った。すると、彼女の考えを察したのか、実はムンドクに止められていた事をハクが吐露した。

「俺も何でじっちゃんがムトさんの事で、に話しちゃいけねぇのか分かんなかったんだ。でも……お前、記憶が曖昧だろ? だから、絶対に何か理由があると思ったんだよ」

 幼い頃にの稽古姿を見て、その動きがムトにそっくりだった事が、一つの共通点であるように思えたと説明する。

「もしも、だ……ムトさんが白狼一族と関わっていたなら、の剣術とそっくりなのも納得出来る気がしねぇか?」
「……分からない。だって、私はムトさんと会った事無い、から」
「わりぃ…そうだよな」

 ハクの仮説が正しいとは限らないが、一つの可能性としては有りだろうと彼女なりに納得するも、ムトという人物がどんな人なのか、何者なのか分からない以上、心境としては微妙なモノだった。

 緋龍城にいた頃、両親を亡くしてから白狼一族のことを聞かせてくれたのは、町医者のヨダカだけだった。彼の言っている事が全てだと思っていたが、それは失った記憶の断片を埋める為に与えられた情報。
 彼の事を疑っている訳ではないが、当時子供だったがこれ以上の不安や悲しみを抱えないで済むようにと、綺麗なままの思い出を与えてくれたのかもしれない。

 ただ、このまま真実を知らずに生きることが、本当の幸せなのだろうか。一族のことも何も分からず、何も正しい事を伝えられず、自分は生きていくのだろうか。

「ハク……」
「なに?」
「有難う。大事なことを気付かされた」
「大事なこと?」
「うん。とても、大事なこと」

 そう言っては微笑むと、目を細めた。







 ヨナやユンが寝る天幕で一緒に寝る予定だったが、昨日の事で色々と考え事をしてしまい気付いたら朝になっていた。
 考えだしたら止まらない性分のは、白狼一族について何か文献は残っているだろうかと思考を巡らす。

 そして、ふと思い出したのは、白狼一族の事を知っているという口振りを見せたスウォンのことだった。彼なら、自分の知らない何かを知っているかもしれない。

 でも、色んな不安が過る。
 今、敵対している彼に会うのはとても危険なことだった。秘密裡に彼と会っていたと知られてしまえば、裏切り者だと思われる。以前、密偵役をしたいと相談した時、猛反対された事も思い出し、どうにかして白狼一族の事について知る手立てはないものか。

「……ん」

 寝返りを打ったユンの顔を見て、可愛い寝顔だなあと苦笑していると、の脳裏にとある人物の顔が過った。

「イクスだ……ッ!!」
「ふぇっ?!イクス…!?」

 イクスの名を思わず叫んでしまい、寝ていたユンも反射的に目を覚ますと上半身がむくっと起き上がった。ヨナも一瞬にして騒がしくなった天幕内に目を覚ますと、おはよぉと目を擦りながら起き上がる。

「ムニャ…朝から何かあったのぉ……?」
「イクスがどうしたの!?何かあった!?」
「あ、ご、ごめん…違うの。考え事してて、イクスの顔が思い浮かんだだけっていうか……アハハ」
「…なぁんだ、そういう事か」

 寝起きで思考が上手く回ってないおかげで、それ以上のツッコミや詮索は無かった。さっさと天幕から出てしまおうと布を捲り外を眺めてはぎょっとした。向かい側にある男連中の天幕内の様子を窺うように、村娘達がこぞって集まり聞き耳を立てていたのだ。
 これは声を掛けていいものなのか、それとも見て見ぬ振りをしておくべきなのか。そっと布を閉じたを見て、ヨナが何かあったの?と不思議そうに尋ねると、何でもないですとは即答した。不自然な返答の仕方に、何かあったんだろうなぁとユンが身支度しながら心の中でそう思っていると、外から複数の女の子の小さな悲鳴が聞こえた。

「な、なに…?」

 これ以上は隠しきれないと思ったのか、が天幕の布を捲りヨナと共に外に出ると、男連中の天幕を捲った。そして視界に入ったのは、ハクの上に村娘達が圧し掛かるようにして倒れ込んでいる姿。何かの拍子でそうなってしまったのだろうと、事故現場を目撃してしまったヨナは、そんなハクにお祭りだったんだから羽目を外してもいいんだよと、気遣うようにそっと捲っていた天幕を閉じようとする。

 これは違う誤解だと言うハクに、へぇそう、と冷たい視線を向ける。お兄さん知らなーい、とジェハがハクを揶揄い始めた。その様子を見ていたヨナは、珍しく異性関係の事で態度を変えたに、もしかしてと口元を手で覆った。

 さっさと森の茂みに逃げて行った音を聞いて、全員がハクに視線を注ぐ。ヨナ同様、自分たちの知らぬ所で二人に進展があったのかと訴えるように更に視線を注いだ。観念してハクが相思相愛になった事を止む終えず報告すると、一行から拍手喝采が贈られた。
 なんでこんな晒し者みたいになってんだと頭を抱えるハクに、じゃあさっさと追い掛けた方がいいんじゃないの、とジェハが言う。そんなの当たり前だとハクは立ち上がると、直ぐに森の茂みへと姿を消したのだった。



「おーい、。居るなら返事しろー」

 いても返事はしないのだが、一応近くにいる事を知らせる為に木の上から一枚の葉っぱをヒラヒラと落とした。それがハクの視界に入ると、そこか、とずんずん進んで行く。
 腰布の端がゆらゆらと木の上から見え、太い枝に腰掛けていた。

「さっきのは事故だったんだよ。あんな狭い天幕内で避ける訳にもいかなかったし……」

 分かってる。そんなの、分かってる。彼を責めたってどうしようもないのだ。ハクの言葉を聞きながら、は心の中でそう思うとぐっと唇を噛み締めた。戒帝国に入る手前、警戒心をもっと持てという彼の言葉の意味が、やっと分かった気がした。
 でも、今回のハクの行動はきっと、ただの事故でどうしようもない事なのだ。

 それでも、の心はモヤモヤとした気持ちばかりが渦巻き、一向に晴れる気配がない。苦しい気持ちを頑張って押し殺そうと遠くを見つめて小さく深呼吸を一回した。

「……分かってる。別に怒ってないよ」

 フッと木の下に居るハクに微笑むと、何でもないように努める。

「こっちに降りてきてくんねーか…?」
「そ、それは…今は、やだ、かも…」
「じゃあ、俺がそっち行く」
「えっ!?ま、まって、やっぱり降りるから…!」

 正面突破をするのが彼の得意技なのだろうか。戦術においても、人間関係においても。昨日からハクに押されっぱなしだなぁと独り言ちると、スッとハクの目の前に降りた。
 やっと降りて来たか、とハクがニッと笑うと彼女の腕を掴んで森の開けた場所まで連れて来ると、今日も良い天気だなとハクは言いながら伸びをした。

「昨日言い忘れてたことあった」
「な、なに?」
「舞い、綺麗だった。踊り子の衣装を着た姿も綺麗だった」
「あ、うん。そうだね、ヨナすっごく綺麗───」
「そうじゃねえっつの!のことだよ」

 ピシっとデコピンをされたは、手加減されているものの、やぱり痛かったのか額を手で擦ると、私の事だったかと次第に頬が薄紅色に染まっていく。

「あ、りが、と……」
「お、珍しいな。俺が素直に褒めたら顔が真っ赤だ」
「なっ!?だ、だって……!」
「だって、なんだよ」
「……ハクはいつも、意地悪ばかりする、から」
「そうだな。俺はいつもお前が好きで好きで仕方ねぇからいじめたくなる」

 さっきまでの苦しい気持ちが、一気に晴れた気がした。ハクの言葉はまるで魔法のように、の心の苦しみを溶かしていく。簡単に絆されてしまうのは、惚れた弱味だろう。

 嗚呼、あなたを好きになって良かった───