戒帝国の千州千里村に到着した一行は、さっそく村娘と遭遇。その娘は道端で倒れおり、直ぐにハクが近付いて上半身を抱き起してやる。すると意識が戻ったのか娘はお目覚め一番にハクの顔を見て、超イイ男!?と驚愕の声を上げた。 後からゾロゾロとやってきた一行を見て、今度は美形!?と驚く。娘が一行を旅芸人だというので、そういう事にしておき、倒れていた理由を聞いた。朝から力仕事をしていた彼女が、その力仕事を担うはずの村の男たちは兵役で都に行ってしまったことを話した。 「たまにやって来る旅の人が、こんなにイイ男なんて田舎も捨てたもんじゃないわー!」 ……と、まあ明るい人であることは間違いなかった。 村に案内してくれたのだが、村の人々も村娘───アロ同様に底抜けて明るい人たちだった。今日の宿が無い事もあり歓迎された一行は、一時的にお世話になることになり、直ぐにユンとは村の農作物を調査する事にした。 他の面子が村人に歓迎される中、その輪から外れて二人が村を歩き回る。ふと、の視界に入ったのは収穫用に使う籠を見付け中身を確認した。これは何か役立ちそうだと、ユンを呼び一緒にその中身を確認する。 「泥棒!!ワシらのイザの実を盗みに来たのか!?」 「えっ?!違う、違うよ!」 籠の中を覗いていた二人の背後から、家主の男だろう老人が此方に向かってそう叫んだ。焦ってユンが自分たちは、旅芸人で祭があることを知ってやって来たと説明する。旅芸人、という単語に反応した老人は、二人を見て踊り子か!?と二度確認するので、は私は違うがこの子は踊り子だ、とユンを指差し言った。 「ちょ、ちょっと!?」 「ユンは美少年だからさ」 「そういうは美女でしょ!明らかに踊り子なのはそっちじゃん!」 二人のやり取りを、老人は聞いていたのか聞いていないのか、踊り子なら仕方ねェなと謎の理由で納得していた。イザの実に付いてユンが尋ねると老人は快く説明してくれる。生息地や調理方法、寒さや乾燥に強い事から籠の中には10年前の物も入っているらしい。 これだと火の土地でも育ちそうだとユンが籠の中をジッと見詰めていると、老人はやらねぇよと言った。ユンが物欲し気に見ていたと指摘し、一生懸命育ててきたイザの実を簡単に渡す訳にはいかないと、欲しいなら10万ギルを出すよう要求した。 「悪いがそんな大金は持ち合わせていない」 ユンの為にもどうにか譲ってもらおうと思考するは、この老人が踊り子に対して異常なぐらい反応を示していた事を思い出す。 踊り子が沢山いれば喜ぶのだろうか。自分もその役目を担う必要があるのか思案していると、老人が譲ることは出来ないが、火鎮めの祭でイザの実を使った料理を振舞う事になっていると教えてくれた。 まずは彼らが大切に育てたイザの実の料理を、祭の時に御馳走になることにした。 「そのかわり条件がある」 老人はフッと笑うと、二人を見てそう言うのだった。 ◇ ヨナ達は村の人たちの歓迎を受けた後、ハクが村娘たちに囲まれているのを見てヨナが不思議そうな表情で眺めていた。ジェハにハクって結構モテるのね、とヨナが呟く。ハクは僕から見てもイイ男だよと説明してやると、確かに緋龍城にいた頃に女官達がキャーキャー言ってたような気がすると言った。 同じようにも男女問わず同じような光景が見受けられていた事を思い出すと、二人ってモテてたんだなぁと、視界に映るハクの現状にヨナは心の中で一人納得する。 「妬いてるの?」 「え?」 「ヤキモチなのかなって」 「ううん」 即答するヨナに対して、ジェハが口元を押さえて笑いを耐えていると、ヨナを呼ぶ声が聞こえた。ふと其方へ視線を向けると、ユンが可愛らしい恰好をして駆け寄って来る。ヨナが可愛い恰好ねと彼を褒めると、これは火鎮めの祭で着る踊り子の衣装だと言い、何故ユンがそんな恰好をしているのかも説明する。 イザの実の料理を振舞って貰う条件として、祭で踊るよう約束させられたのだった。ユンは踊りの事など一切分からない上に、楽器も弾くことが出来ない。以前、ヨナが舞いや琴をしていた事を話していたのを思い出し、踊り子の役目をヨナにやって欲しいとお願いした。 「ユンの可愛い姿じゃないと意味な───」 「ヨナの方が可愛いよ!!」 あ、いや違う、そういう話じゃなくて。ユンは本来言いたかった"踊り方が分からない"事について話した。何処から話しを聞いていたのか、ハクがヨナの背後から姫さんが躍るのかとほくそ笑む。 舞いが苦手だったヨナは、彼が自分を揶揄っているのだと分かり、ムッとなり舞いをやることを宣言した。 「ハク、あまりヨナを揶揄わないの」 「姫さんの反応が面白くって───」 振り返ったハクは言葉を失った。ユンと少し異なる衣装を着ていたが、あまりに戦場とは無縁の娘に見えたからだ。 はジロジロと恰好を見ているハクに、やはり私には似合わないと思うんだよねと苦笑する。つい見惚れていたハクも、彼女の言葉にハッとなり、そんなことはないと耳元に顔を近付けると囁いた。 「ヨナが舞いをするって言ってるから、私までやる必要は無さそうだね。ユンを連れて着替えてくる」 そそくさとユンを連れて小屋の中へ姿を消していったに、それ俺が脱がせたい等と口に出掛かった言葉をぐっと飲み込んだ。 夕刻になるに連れて、祭の準備がされていく中、人も集まってきた。その様子を見ていたヨナは、余所者の自分が舞ってもいいのだろうかと不安の言葉を零す。しかし、ユンが村娘たちから聞いた話によると、盛り上がればそれでいいというものだった。 ヨナが火鎮めの祭について問うと、ユンがそれを説明した。 昔、ジュナム王時代に高華国と戒帝国が領土を争い、その戦場となった村が千里村だった。戦火の炎は村を巻き込み、沢山の家が焼かれ人が亡くなった。今は小さい村だが、昔はもっと大きな村だったことを老人から教えて貰ったとユンは話す。 「この祭は、そこで亡くなった人の魂と、戦火の炎と、そして火の部族の怒りを鎮めるという意味があるんだって」 「火の部族の……?」 「うん。火の部族は土地を奪われたからね。この土地の人は再び争いが起こるのを恐れているんだ」 ユンから聞いた火鎮めの祭の意味に、ヨナは益々自分が躍ったらマズイのではと不安の声を零す。そんな彼女の様子を隣で見ていたが、そっとヨナの手を優しく握ると微笑んだ。 「ヨナが舞うのだから、きっと素敵なものになりますよ」 「…有難う」 応援してくれるに微笑み返すと、ヨナはふと何かを思い出したように口を開いた。 「でもの剣術も、いつも舞ってるみたいで綺麗だわ。一族に伝わる舞い、なんだっけ?」 「えぇ、そうですね。子供の頃に母上から教えて貰って……それ、で……」 ふと、母の死に顔が脳裏に浮かぶ。 あの時の記憶が蘇ったように、呼吸が浅くなり、変な冷や汗が米神を伝うと固唾を飲んだ。 「……?」 「すみません。ちょっと旅の疲れが出たみたいなので、少し休んできますね」 「えっ? 大丈夫?」 足早にその場から立ち去るの様子を、心配そうに見るヨナとユンだったが、彼女の表情を見て何かを察したハクは彼女のあとを追うのだった。 ◇ 人気の少ない物置小屋の裏で、軽く深呼吸を繰り返していると背後からハクが心配そうに声を掛けてきた。付いて来ていたのかと、何事も無いように振舞うだが、彼の前では無駄な事だと直ぐに分かりバツの悪そうな顔になる。 「……ごめん、ちょっとした発作みたいなもんだから」 「別に謝ることねぇって。何かあったのか……?」 何かあったのかと聞かれると、反射的に何でもないよと言ってしまう。 そのまま黙ったまま時間が過ぎていくと、先にその沈黙を破ったのはハクの方だった。 「俺じゃ……頼りないからか?」 何も言わないにもう一度尋ねると、力なく顔を左右に振る彼女の姿を見て、ハクはそっと片方の手を優しく掴むと指先に唇を落とした。 「ハク……っ」 「何も言わねぇなら、このまま襲うぞ」 「えっ!?ちょ、ちょっと待って…!ひゃッ!?」 の首筋に顔を埋めたハクは、そのまま唇を押し当てると強く吸った。敏感な所を吸われ思わず甘い声を漏らしてしまうが、直ぐにその唇が離れるとハクが鼻先が触れる程の距離で顔を近付け、優しく唇を吸うように口付けを何度も繰り返す。顔の角度を変え、何度も、何度も。 本来の彼なら、このまま濃厚なところまで持って行くのだが、今回はそんなつもりで彼女に触れているのではなかった。観念したのか、が制止を掛けるとハクは言う通りに動きを止めた。 「わか、った……言う、言うから…っ」 「やっとか……」 「え?」 「いや、何でもない。んで、様のお悩みは何だったんだ?」 もしかして、本音を引き出す為にわざとこんなことをしたんじゃ、と漸く彼の行動の真意を知ったは、むぅと膨れっ面になりながらも、仕方なく昔を思い出していたと呟く。 「昔のこと? お前が間違えて男用の風呂に来たことか?」 「違う……ッ!確かにそんな事あったけど!違うから!」 夜間の見張りをして、そのまま次の日の夜までぶっ通しでヨナの護衛をしていたが、フラフラになりながらも風呂に入ろうとした。しかし、男風呂に間違えて来てしまい、素っ裸のハクとが脱衣所で鉢合わせたのは、色んな意味でハクにとっては幸せな思い出となった。 「母が目の前で死んだ時のことを思い出しちゃって……もう昔の話しなのに、つい先日だったみたいに、思えちゃって……ごめん、ホント情けないよね私」 言いながら苦笑する彼女に、そんなことねえよとハクが頭をぽんぽんと優しく撫でる。ヨナも同じように目の前で父を殺されたのだから、はこんな姿を彼女の前で晒したくなかったのだろう。 ヨナも我ながら頑固だが、も相当な頑固で強情だ。だからこそ、彼女の心は時として一瞬で脆くなる。 「互いの弱い部分も強い部分も知る事で、助け合えるもんなんじゃねぇのか」 「そう、だよね……。あっ、ハクの弱い部分ってあるの?」 「俺の弱い部分は、お前」 「……ん? どういうこと?」 全く以って、彼女が鈍感であることを思い知らされるハクなのだった。 |