彼是数日、テジュンは視察という形でヨナ一行と一緒に火の部族の領土である村々を見てきた。 食糧不足、病人、作物の育たない・育ちにくい環境、全てを知り今の現状を知り、カン・スジン部族長の息子として何か出来る事があるのではないだろうかと模索する日々。見てきたことを素直に受け止める性格なだけあって、思わされることは多々あったようだ。 病人の多い村では看病する中で仲間の兵が疲労から感染してしまうが、テジュンが真っ白になりそうになる頭でユンに教わった事が活かされ兵は完治するまであっという間だった。自分も病気になってしまうのではないかという恐怖を感じながらも、部下を助けたいという彼の直向きな気持ちが伝わったのか、他の兵たちも一層やる気に満ち溢れる。 テジュン達と色々あったが、ヨナ達もそろそろ旅立たなければいけなくなった。 その日の夜、ヨナはここを立つことをテジュンに伝える。ユンが加淡村でも育つ作物を見付けに行きたいという希望のもと、ヨナ達は同意したのだ。目の前の生活に苦しむ人々を救うことも出来ないのかと、ヨナも旅を通して学んだ。だから、今自分に出来る精一杯のことをやりたいと思った。 また、テジュンも彼女の無事と感謝を込めて頭を下げた。始まりはどんな理由であれ、テジュンにとって幸せな数日だったことは間違いないと思ったのだ。 ヨナ一行が村を去ってからは、ヨナの剣術稽古をハクとが交代でやることになった。 色んな戦況に合わせてハクのような力強い剣術や、のように素早さを重視した剣術を相手することでヨナも状況変化を知ることが出来た。ヨナが一生懸命にやってくれるのは助かるのだが、少々頑張り過ぎなところがあるのでハクやが必ず休憩を挟んでやらなければならない。 「ヨナ、休憩しましょう。貴女の体が持たなくなる」 「はぁはぁ……分かったわ」 今日はと稽古をしていたヨナが、息を整えながらの体をジッと見た。その視線に気付いたは、何かありましたか?と涼しい顔をしている。 「私みたいに腕だって細いのに、どこからあんな力が出るのかしら……」 「ヨナはもう少し筋肉を付けた方がいいかもしれないですね。貴女の剣術はハクに似ているので」 「そうなの?」 「ええ。腕の力で振るっていますから」 二人の会話を聞いていた見学者のハクは、お前の動きは独特過ぎて誰も真似出来ねえよ、とツッコミを入れた。ハクの剣術も努力あっての賜物だ。ヨナが彼に追いつくことは筋力差で無理だろうが、少しでも近づきたいのなら日々の鍛錬と努力は惜しめない。 二人に皆の所に戻るよう告げると、不思議そうにお前は戻らねぇのかよ、とハクがに視線を向ける。野暮用があるからと言い、さっさと木の上に姿を消した彼女に、何かあったら呼べよと軽い口調でハクが告げるとヨナと一緒にユンたちの所へ戻って行った。 誰の気配もしなくなり、は自分の中にいる白狼に声を掛けると少し間が空いて返事が聞こえた。 ◇ 次は何処へ向かうか検討中だったユンが、朝食後の小休憩をしている中で戒帝国に行く事を宣言した。敵国に踏み入れる事になる為、それぞれが疑問を抱く中でユンは何故行きたいのか理由を述べた。 寒い土地で育つ作物や、彼らの衣食住に関して大いに興味があるという事だった。彼らしい納得のいく理由だと、木の上で聞いてたはザッとユンの横に姿を現すと、私は是非同行するとユンの肩に手を添えた。 「ありがとう、。でもはヨナに付いててあげて」 「私は別に構わないのだけど、ヨナは納得しないんじゃない?」 「え?」 がヨナに視線を移すと、彼女の気持ちは既に決まっていた。高華国の為に行くのなら、自分も行かなければ意味がないだろうと凛とした姿を見せる。これで決まりね、とがユンに笑ってみせると、そう言うと思ったと彼も笑っていた。 目的地までの安全な道を選んでいるが、やはり険しい道ばかりだった。戒帝国の国境付近に直面し、最後の難所は今にも崩れ落ちてしまいそうなボロボロの吊り橋。ジェハが周辺を飛び回っていた時に見付けたという。 「足下が腐ってる……華奢な人間じゃないと直ぐに踏み抜くかも。私が先に───」 「ギャアアアアアアアアア!!」 「ッ!?」 話し終える前にキジャが先に渡ってしまったのか、言った通り板を踏み抜いていた。瞬時にジェハとがキジャを引っ掴むと、そのまま引っ張り上げる。走馬灯が見えたと涙を流すキジャに、人の話しは最後まで聞くこと、と軽く説教したあと軽く頭を撫でてやった。シュンとしていたキジャも、撫でられて気を良くしたのか直ぐに元気になる。 「いいなぁ。僕の頭も撫でてよちゃん」 「……別にいいけど」 言われた通りジェハの頭を撫でてやろうと手を伸ばすと、その手を引っ掴んで阻止したのはハクだった。数秒だけ時間が止まったかと思われる沈黙が流れると、ほらさっさと渡るよ!と空気を読んだのかユンが声を掛けた。集団生活に変な事情持ち込まないでよねと呆れながらさっさと橋を渡るユンに、変な事情って何?とヨナが彼に続いて橋を渡り始めた。 「あの、ハク……?」 「少しは警戒心を持てよ」 「警戒心? ジェハは仲間なのに何で」 「まあまあ、お二人さん。落ち着いて」 手を掴んだまま離さないハクを不思議そうに見上げていただったが、彼に言われた一言は彼女を不愉快な気持ちにさせるには充分だった。二人の間に流れた重苦しい空気にジェハが気を遣って仲裁に入ろうとするが、元凶はオメェだとハクに突っ込まれる。まあ、そうなんだけどねと苦笑するジェハは、先に橋を渡ることにしたのだった。 橋を渡る中で交わされた会話には耳を傾けていた。国境付近に必ず火の部族の兵と戒帝国の兵が警備してるのだが、以前ユンとジェハが見た時は警備の兵が少なかったという。それは不気味だな、とハクがそう口にするとユンも武装兵がたくさんいるのが当然だと思っていたらしく違和感があると答えた。 軍事情や情勢について、他国の事はまだまだ分からないことが多いヨナにとって、詳しく知る必要があると思い道すがらユンに教えてもらうことになった。 かつて広大な領土を誇った戒帝国も今では南北に分かれており、北戒は北方の遊牧民族に度重なる攻撃を受けているので、戒国軍は周りの地域を守るので精一杯。 南は気候も安定していて貴族や官僚、商人たちが多く移り住んでいるので豊かだが、仮初の玉座に帝国のイトコが座っている。 簡単に言ってしまえば今の高華国と少し同じ状態らしい。皇帝に力が無くなり周りの豪族が力を持っているのだ。 「───んで、これから俺らが行くのは千州という地域だよ。ここは遊牧民族の攻撃は届かず、権力の中心から外れてるから。独自に着々と力をつけている豪族リ・ハザラが支配してる土地なんだ」 「危険はないのか?」 「まずは何処か小さな農村に行くつもりだから、大人しくしてれば大丈夫だと思う。大人しくしてれば、大人しくしてれば」 「三回言ったぞ」 「大事なことだからね」 ユンの話しを聞きながら、さっきの警備の兵が少ない事をずっと考えていた。 水面下で何かが動き始めているかもしれないと、の胸中はざわつく。ただの思い過ごしだと思いたいところだが、引っ掛かる点があり過ぎる。 夜になっても、ずっと喋らないまま皆から少し離れた場所で木に寄り掛かっているに、もしかしてまだ怒ってるのだろうかとジェハは気を遣って綺麗な顔が台無しだよと眉を下げて微笑み彼女の隣に立った。 「え?」 「ほら、眉間に皺が寄ってる。もしかしてあの事、まだ怒ってる?」 「いや、別に。私がジェハに怒る理由は何も無いだろう」 「違う違う。ハクに、だよ」 「……ハクも、別に悪くない。たぶん、私がまた何か気に障ることをしたんだと、思う」 「なんでそう思うの?」 なんでと言われても、彼女自身も何故そう思ったのか分からなかった。しかし、ハクの視線が不機嫌だったのは確かだ。 「…知らない」 「ホント、君らってお馬鹿さんだよね。じゃあ代わりに僕が教えてあげよっか?」 ジェハはにっこりと笑顔を向けると、それはハクが───と最後まで言わせて貰えないのはお決まりなのか、目を光らせたハクがジェハの背後から大刀を振りかざすと顔の真横で寸止めし、余計なこと言ってんじゃねえぞお兄さん、と普段よりも低めの声で発した。明かな殺意が込められたそれに、あはは冗談だって、と降参とばかりに両手をあげるのだった。 「じゃあ、僕はお邪魔みたいだから戻るよ。ちゃんもハクに飽きたら、いつでもお兄さんがいるから、それじゃね」 「はぁ……なんかよく分からんが、わかった」 ユンたちの所に戻って行ったジェハを視線で追っていると、横にいたハクに話しかけられ顔を上げた。何か言いたげなハクの表情に、彼が口を開くまで黙っていると、伸びてきた彼の手がの頭に触れると髪の毛をクシャっとして撫でた。 「なっ、なにして」 「悪かったよ。でもお前も少しは警戒心を持って欲しい」 「何言って……私はいつでもヨナを護れるように警戒心を持って───」 「そうじゃねえ。他の男に触らせんな。あと触ってんじゃねえ」 「はぁ……」 つまり、そう言う事、なのだろうか。此方から視線を外して顔を横に向けた彼の耳は真っ赤だ。 これは自惚れていいのか。は彼が"嫉妬"していたのだと気付き、そして独占欲の強さに目元が綻ぶとハクの名前を呼んだ。視線だけ此方に寄越した彼の頬に両手で触れると、そのまま引き寄せて身を屈ませた。 それは一瞬のことだった。ハクの唇に温かなモノが触れたのだ。普段は自分からしていた口付けが、まさかの彼女からだったことに目を見開くとその場で固まった。 「……今、なに、して」 「え? キスしたんだけど、もしかして嫌だった?」 「嫌なわけあるかよ」 今度はハクから口付けると、そのままを横抱きにして茂みの奥へ入って行く。何処に行くんだと問う彼女だったが、それもまたハクの口付けによって遮られる。ユン達から少し離れた場所にあったのは、小さな洞窟のような場所だった。 タガが外れたように彼の口付けが深くなり、息も絶え絶えになるの腰を片手で支えたまま、もう一方の手でそっと胸元に触れた。 「あっ……なに、を」 「そのまま黙って」 するすると衣服を肩からゆっくり下ろされると、上半身が露わになる。ハクの唇が頬から首筋、鎖骨へとゆっくり這うように下りていく。その流れるような行為に背筋がゾクゾクとして、思わず腰を浮かせてしまう。 この歳になって、これから起こるであろう行為が何なのか理解出来ないはずがない。 静かな洞窟に二人の荒くなった呼吸は煩いほど耳に入ってくる。 「ずっと、こうしたいって、を俺の腕の中に閉じ込めておきたいって思ってた。この先の行為が、どうなるかお前も分かってるはずだ。怖いと思うなら、今すぐ俺の前から逃げてくれ」 「……逃げるわけ、ない」 だって、もう貴方の事を愛してしまっているから───そう言い終える前に、ハクの唇に飲み込まれるのだった。 |