全快したはユンにお願いされて溜まっていた洗濯物を洗っていた。
冬場なので水は相変わらず冷たいが、貴重な水なので大切に使わなければいけない。
病人が着ていた衣服は煮沸した鍋に入れて滅菌作業も行う。

ついでに体を温めていると、近くに居たシンアが役人が来たことを教えてくれた。
鍋の火を消してから、急いでヨナ達に知らせると一先ず隠れることになった。

ハクと草むらに隠れて様子を見てると、彼らは税を徴収しに来た…というより、ヨナ達を探しているように見える。
相変わらず村人に手をあげて最悪だと思っているところで、は思わず声が出そうになった。

「…ッ!」
「どうした?」
「あそこ、ほら……カン・テジュンがいる」

が指差す先に、テジュンの姿を発見したハクもあの日以来かと呟く。

「…ん?テジュンの様子おかしくない?」
「は?アイツいつも様子おかしかっただろ」

二人がテジュンに注目してると、乱暴する役人に対して反抗した子供をユンが庇っている。
そして子供が投げた石が見事テジュンの頭にクリーンヒット。思わず笑いが出そうになり口を押えていただったが、やはり彼の様子がおかしかったのは見間違いでは無かったようだ。
今までのテジュンなら、子供相手でも横暴な態度を取っていた。

なのに、今はどうだろうか。

「生まれてきて、ごめんなさい……」
「ちょっとこの人、今傷付きやすいから苛めないであげて」

……子供相手に自分が生きている事を泣いて謝罪した。

あのユンですら面倒臭い奴が出てきたと顔がそう言っている。

「……あの、次男坊の側近の奴、知ってるか?」
「あー……フクチだった気がする」
「そうそう、そんな名前だった」

ユンはフクチと何か話し込んでいた。納税は民衆の義務だとか、その税を払えなくしてるのはアンタたちじゃないか、とか。お互いの言い分は間違っていない。ただ、そんな土地をどうにか発展させるのも火の部族である彼らの役目でもあるのだ。
は腰に掛けていた狐面を顔に装着すると、そろそろ行って来ると言い立ち上がった。

「まあ、お前が黙って見てるわけないか」
「流石ハク、良く分かってる」

にっこりと微笑むが、それは仮面の下に隠れて見えない。
しかし、ハクには彼女が笑ったように見えていた。

「ありました!!賊が強奪した税です!」

一人の兵士が発見するとフクチに報告する。
ユンと会話をしていた時、彼は税を徴収しに来たのではなく賊を捕まえに来たと言っていた。

は建物の屋根を伝って移動すると、同じように隠れていたジェハもやって来た。

「そろそろ僕たちの出番かな。美しく登場しなくちゃね」
「私は知ってる顔もチラホラいるっぽいし、穏便に済ませたいかな」

賊を匿っているのではないかと騒ぎ立てる兵士を見て、ユンはフクチにもう一度確認する。賊を捕まえに来たって言ったよね、と。

「じゃあそろそろ、お仕事の時間じゃないの?」

背後から颯爽と登場したジェハが暗器の雨を降らすと、彼らに掠り傷だけ与えた。
それだけで充分な威嚇となったはずだと、も屋根の上から弓を構えると三本の矢を放つ。控えめに白狼の力を込めたつもりが、地面を抉るように穴を開けた矢の威力に兵士や役人たちは腰を抜かしていた。

彼女の矢を一度見ていたジェハとシンアは、やっぱりすごい威力だと思うぐらいで、初めて見たハクとユンには隕石でも落ちてきたと思わせる程だった。

「「お努めご苦労様です、お役人様方」」

ジェハとが彼らに挨拶するが、既に半分以上の兵士たちが気絶をするか怯えているかの状態だ。
キジャも戦闘に加わり、役人や兵士達を叩きのめしていく。
達を腹ペコ一家だと叫んで怯える彼らに、ユンが誰達だよそれは!とすかさずツッコミを入れた。

此処に火の部族の兵士たちが来てから一番に気になっていたこと。それはカン・テジュンの様子だ。
戦闘で次々と部下が倒れていく中、彼はキジャを前にして怯える様子もなく、ただ両手を広げて膝を付いた。
それは死を待つような……。

いつまでもキジャが襲って来ないので痺れを切らしたテジュンが、彼を死神呼ばわりしてさっさと地獄に送らんかと半狂乱する。この状況を言葉にするならカオス。

キジャも無下に人を殺そうなどと思っておらず、手を下すことをしない。
そんな彼を見兼ねて飛んでやって来たジェハがテジュンを後頭部から踏みつけると、彼が希望してるんだからさっさと殺ってあげなよと、然も当たり前のように淡々とした口調で言う。

は村に帰ってきたヨナを見付けると、直ぐに現状報告をした。ヨナはにありがとうと言うと、ジェハやキジャに声を掛ける。

「───小僧共!とっととそいつら放り出しな。村の連中が怯えてるよ」

……ムクッ。

ジェハは足で踏みつけているテジュンが起き上がろうとしているのに気付いた。
グググググ、と力を振り絞るテジュンに対し、龍の脚でそれを押し返すジェハ。二人の攻防を眺めていたは、テジュンの様子がおかしかった訳が何となく理解出来た気がした。
緋龍城に居た頃は、良くヨナを追い掛け回していた。玉座を狙っての事だと思っていたが、どうやら彼自身もヨナを一人の女性として見てる可能性が高いことが分かりへえと笑った。

競り勝ったテジュンがむくりと立ち上がる。
あのヒョロヒョロでヨボヨボでメソメソしていた彼が、ついに己の力と意志で立ち上がったのだ。部下たちが喜ばないはずがない。

────が、キジャに軽々担がれた後、ぽいっと村の外に放り出されるのであった。








来る日も来る日もテジュン達は加淡村に姿を現しては腹ぺこ一家に返り討ちにされる。
ヨナが賊達に囚われているという勝手な妄想が彼を何度も立ち上がらせるのか、ついにテジュンは思い立つ。正面から行っても駄目なら、潜入して内部から探りを入れる。
……つまり、加淡村への偵察だった。

テジュンが自分の意志で動き、最初の頃のようにシュッとした姿で立っている。それだけでも部下は大変喜んでいた。
そして、彼の頭の中はヨナとの事で頭がいっぱいであることをフクチ以外、誰も知らないのだった。

加淡村に赴く際、フクチに手渡された烽火を手荷物に忍ばせると、さっそく敵情視察だと足を踏み入れたものの……茂みに隠れて村の様子を窺っていた。

そんな彼を発見し隠れて見ていたは、次はそうきたか、とクスクス笑う。
勿論、の隣にハクもおり、あれ見て、と指差して教えてやると呆れていた。

「テジュンってあきらめの悪い男なんだね。嫌いじゃないかも」
「ハァ…めんどくせー」
「まあまあ。けど…、まだヨナに会わせる訳にはいかないから私がテジュンの見張りしとく。ハクはヨナをお願い」
「あいよー」

今日も木刀で剣術の訓練ねと言い残して、は面白い玩具を見付けた子供のようにこの状況を楽しむことにした。

必死にヨナを探すテジュンだったが、この村が今どんな状況か知るきっかけにもなっていた。
満足に食事も出来ない村人たち。けれど子供たちを育てる為に僅かな食糧を与えて生活をするしかない。カン・テジュンの目にはそれがどう映っただろうか。
今のヨナが、この村で一体何をしようとしているのか…気付いてくれたらいいと彼を見て思った。

ハクのもとに戻ったは、ちょっとテジュンと話したいからと火を焚いて彼をおびき出したいと言った。
この周辺に宿も無ければ、夜になれば人っ子一人出歩かない暗闇となる。彩火の城で育ったお坊ちゃんがきっと泣いてしまうだろうと苦笑していると、予想通り焚火を見付けたテジュンが温もりを求めて焚火の前にやって来た。

「おおおお、凍え死ぬかと思った…!」

そう言いながら一息ついていたテジュンがにっこりと笑っているに気付くと、目を点にさせた。そしてその隣には高華の雷獣・ハクが眼つきを悪くしながらもフッと笑う。
震えた声で、しばらくこの火に当たってもいいかと言うので、はいいよーと軽い口調で答えてあげた。
テジュンは何回か二人を見て、何者であるか理解するとブワッと全身に冷や汗が流れる。

「……どうした?震えてんぞ、あたっていけよ」
「あ、白湯でも飲む?あったまるよ」

ニヤニヤと意地悪く笑う二人に、もういっそのこと殺してくれと思うテジュン。

「何でこんな所にいるのか分かんないけど、宿無しには慣れてないんでしょ……坊ちゃん?」

にっこりと笑っているだが、目は明らかに笑っていない。
貧しい旅の者だと言い訳を始めるテジュンに、ちょっと意地悪し過ぎたかなぁと心の中で苦笑する。

「ねえ雷獣、。明日の当番のことなんだけど───あれ、誰かいる?」
「あ……っ」

二人だけかと思っていたユンはもう一人の男──テジュンに気付くと、この場を一刻も去りたかったのだろうテジュンが荷物を持って立ち上がった時だった。その手荷物の中から何かが零れ落ちると焚火の中へ入ってしまった。
彼にとって大事なモノだったらいけないと、落とした筒を枝で突いて取り出そうとするが、その筒がバチバチと音を立てた瞬間、それが烽火だと気付く。焚火に近かったユンの腕を引っ張り距離を取らせると、烽火は空高く打ち上がった。

とんでもないお土産を用意してくれたもんだと、逃げ出そうとするテジュンをが足を引っかけ転ばせるとハクが取り押さえた。

「さて……これからどうしよっか。今の烽火って味方に合図したんだよね?」
「それは…ッ」

はその場にしゃがむと、ねえねえと彼の頬を木の枝で突く。
密偵なら聞きたいことがあるとユンも言い、今にも殺しそうな顔のハクを止めた。

そしてテジュンが暴れる中、ハクやに文句を言う彼がどうしても二人を知っているように見えるユンは、知り合いなの?と疑問を口にする。

「え?知らないけど、こんなカンなんたらって人」
「俺も存じませんね、どこぞの次男坊なんて」

明らかに意地悪をしている二人に、とうとうテジュンが自分から名乗った。テジュンの名前を聞いて吃驚するユンに、ただの次男坊だから驚くことないよとは笑う。勿論、笑い事じゃないからすかさずツッコミを入れるユン。

「私を釈放しなければ大変な事になるぞっ」
「へえ、それはどんな風に?火の部族が全軍押し寄せてくるとか?」

テジュンに尋問していると、ゼノが現れテジュンを生姜汁の兄ちゃんと呼び、彼がどうして捕らえられているのか聞く。ハクがテジュンが密偵であることや此方の居場所を味方に知らせたことを話すと、そういえば青龍が兵士がいっぱい来てるって言ってたと今頃になって皆に知らせた。

「こんなに早く兵士が来たって事は……何となく気配はあったけど、村の近くに潜んでたっぽいね」
「えぇっ…まずいなぁ、今ジェハが不在なんだよ。シンアは怪我人だし」

今の状況を冷静に分析すると、戦闘員になる仲間の名前を指折り数えるユン。
ハクは冷静なのか、それとも楽観的なのか。淡々として特に驚く様子も見せない。

「俺と白蛇とで何とかするしかねぇな」
「ゼノもがんばるー!」
「ハイハイ、かけっこがんばれ」

いつも攻撃はせずかけっこをするゼノだが、彼はいつも殿を務める役割を必ず買って出てくれるのだ。体が頑丈だからという理由もあるのだろうが……。
ゼノはハクに踏んずけられているテジュンを見て、彼をどうするか問う。勿論ハクは人質にすると返答し、は敢えて黙ったまま彼の行動次第だろうと思った。ハクの下で暴れるテジュンが烽火を上げたのは事故なので兵士を止めに行く為に釈放してくれとお願いするが、それをハクが簡単に許すはずもなく呆気なく却下される。

「釈放するわけないでしょ。あんたは敵と交渉する為の人質!幸いあんたは大物だから、あんたがこっちにいる限り、向こうも村を無下に攻撃したりしないはず」

ユンの言っている事は尤もで、火の部族が自分たちにとって敵である以上交渉材料を失う訳にはいかない。今のテジュンを信じてやれるほどの理由が此方側には無いのだ。

「こいつは一度、"俺ら"を殺そうとした。帰したら俺らが生きている事が火の部族長や緋龍城にまで伝わる」

ハクはそうなるなら躊躇いなくテジュンを殺すと、殺気を隠さず見下ろした。
するとテジュンはハクの言った"俺ら"というワードに、ヨナが生きていると悟り彼女は生きているのかと聞く。

「教えてくれ!頼むっ、約束する!口外はしない…!お会い出来なくてもいい…言葉を交わせなくても、いい…っ」

ずっと黙って見ていたゼノが、そっとの肩に手を置くと目で俺に任せとけと苦笑すると、テジュンの前にしゃがみ生きてる事を教えた。
どの道、バレるだろうし言うつもりではあったも、ヨナが一番元気であることを口にした。

ヨナが生きている事を知って、安心したように彼が笑うと、そうか生きていたかと両手で顔を覆いながら呟いた。感極まって涙を流しているのか、テジュンの手は震えている。
あの日を境に彼はヨナの事を片時も忘れられず、何を贖罪にして生きていけばいいのか分からなかった。その気持ちがにも伝わり、彼がヨナと同じく世界を知らず育った箱入り息子なのだろうと思った。

だからこそ、彼の流す涙に嘘が感じられなかった…。

「ハク、、ユン。早く来て、緊急事態よ」

ヨナの声に自然と体が動いたテジュンは頭を垂れて彼女に敬意を示したのだ。
根っから彼を疑っていた訳では無かったが、彼を信じるに足る理由が今この瞬間に出来た。

頭を下げたままの彼の顔が見えない事で、ヨナは誰なのかと問う。
火の部族、カン・テジュンであることを教えると、ヨナの驚く顔を見て予想通りの反応だと思った。

「…テジュン……」
「カン・テジュンといえば、姫様を追って兵を差し向けた輩であろう?」

ヨナと一緒に来ていたキジャの疑問に、彼が間違って烽火を上げてしまったので釈放して欲しい旨をユンが説明すると、普通なら首を刎ねられてもおかしくないとキジャは言う。

「わっ…分かっています…っ!ご理解頂くにはあまりにも滑稽だという事は。しかし…村を取り囲んでいる兵の中には、姫様のお顔を知る者も数名おります…っ」

確かに大勢の兵が一度に押し寄せたらヨナの事を知る兵が、彼女が生きている事をカン・スジン将軍に知らせるだろう。
どうしたものか、と考える必要は本来なら無い。キジャの言った通り彼の首を刎ねてしまえばいいのだから。

でも、ヨナがそんなことを許すはずがない。人を殺さないで済む道があるのなら、その方が良い。それは誰もが思うことで、それこそイル陛下が目差した高華国の未来。

テジュンは口外しない事を誓い、それでも疑わしいのであれば殺してくれても構わないとまで言った。ずっと頭を下げたまま顔を上げない。
今更どうしてこんなことを言うのかとヨナが問う。確かに追われた上に殺されかけたのだ、目の前の男に。

「顔を上げて。私の目を見て答えなさい」

彼女の言う通り顔を上げたテジュンだったが、誰もがギョッとするほど涙と鼻水を滝のように流し酷い有様だった。涙の流し過ぎでヨナの顔まで認識出来ず何処に目があるのか分からないと言う始末。

「自分でも何故…こんな事を言い出すのか、何故こんな事をしているのか、混乱して…っ。ただ…幸福で…私のように罪深い者がこうして再び、貴女と再び言葉を交わせる事が幸福で…っ仕方ないのです…!」

最後に、生きていてありがとうございましたと謝辞を述べる彼に、ヨナももフッと自然と笑みが零れた。
必死なテジュンの思いが彼女に伝わったらしく、ヨナはとハクと見ると釈放していいかと問う。

「…そこで俺の意見は通るんですか?」
「通らないでしょうね。私はヨナの指示に従いますよ」

ヨナの顔を見れば、ごめんねと目がそう言っていた。
今までだって彼女について来たのに、今更誰も彼女の判断に口出しすることはしないだろう。

そして、テジュンはヨナとの約束を果たすために兵たちの放った火矢の中へと飛び込んで行った。