剣と盾が何なのか分からない。
 そう言ってユンがイクスの天命について気になる点があることから、それを聞いた皆は風の地・北山の谷へ向かうことになった。

「……で、私は何故……縄で繋がれているのでしょうか」
「オメェが姫さんの前で面白くもねえ冗談言うからだろ」

 それは早朝に話した密偵役の事だった。
 冗談で言ったつもりは毛頭ないだったが、彼女がまた変なことを言って何処かに行ってしまうのではないかという、ヨナの心配からハクによっては縄で両手を拘束され、まるで罪人が移送されている状態となっていた。
 寝込みを襲われたかと思えば、この有様で朝の目覚めは最高に最悪だった。

「ヨナ……、あの、私の話しを聞いて下さい」
「イヤ。には可哀想なことしたと思ってるけど、今の私達にはが必要なの」

 それに、とヨナは寂しそうな顔をすると、また一人で勝手に決めようとしたと呟いた。確かにそうかもしれないが、が密偵役として話しを持ち出したのは、相談も兼ねての事だったがどうやら順番を間違えてしまったと小さな溜息を吐いた。

「私の事もそうだけど…、ハクまで置いてくつもり?」

 それを聞いた瞬間は、ん?と頭の中に疑問が生まれた。確かに密偵役として動きたいと言ったが、遠くに行くと口にした覚えはなかったのだ。もしかして、自分が遠くに行くかもしれないと思ったのだろうか。今からでも誤解を解いた方がいいだろうとヨナに声を掛けるが、やはり彼女は聞く耳を持ってくれない。

「ハク、悪いんだけど……御不浄したい」
「あぁ、いいぞ」
「うん…ありがとう。それで縄を解いて欲しいんだけど…」
「俺が脱がしてやるよ」
「いやいや!待て!何言って…!」
「いや、そこはこの僕が紳士的に」

 不服か?と満面の笑みを向けるハクに、当たり前だ!とツッコミを入れ、ジェハには一発拳骨をかます。

「姫さん、が御不浄行きたいってよ。どーする?」
「それは仕方ないわ。縄を解いてあげて」
「だとさ、良かったな」

 良くも悪くも、こんな扱いをされる謂れはないと言うと、さっさと行って来いよとハクに軽く背中を押された。さっきから漏れるのは小さな溜息ばかりだと、彼の言う通り茂みへ足を進める。用を足して戻ってきたに、何故か次はヨナが泣きそうな顔をして飛びついて来た。
 何がどうなってそうなったのか分からず、え、え、と慌てるに彼女はごめんねぇと言った。どうしたのですかと彼女を落ち着かせてから話しを聞くと、ゼノが昨日話していた事を詳細かつ簡潔に説明したという。つまり、彼女がさっきからヨナに言いたかった事を代弁してくれた、という事だ。

「……あの、では拘束されずに済むと思っていいんです、よね?」
「どうしよっかなぁ」
「えぇっ!?そこは悩むことじゃないですよ…!」
「ふふ、冗談よ。縄に繋がれてるが子犬みたいで可愛かったから、つい楽しくなっちゃって」

 犬?え?犬なの?と混乱するに、ハクたちもニヤニヤする。
 確かに縄に繋がれた彼女は、シュンとしながら犬耳を下げて尻尾も元気無さげに揺らしている姿に見えていたからだ。あんな風にヨナのお仕置きでへ込む彼女を見たのも久しぶりで、意地悪するのが趣味と言われたハクもそれを楽しんでいた。

 ヨナもハクに似てきたな…、と独り言ちて溜息を吐くだった。






 イクスの所に戻ってきた一行は、さて彼はどうしているだろうかと小屋の中を覗く。

 「イクス…ッ!?」

 そこに居たのは家の中が何者かに荒らされたように破壊され、その中心に家主のイクスが傷だらけで倒れていたのだ。急いでイクスに駆け寄ったユンが賊にやられたのかと今にも泣きそうな顔で聞けば、彼の呼びかけに意識を失っていたイクスが目を覚まし言った一言は、お腹空き過ぎてすっ転んじゃった、だった。

 彼と既に会っていた四人は、その言葉にあぁと納得すると、ただただ黙って散らかった小屋の中を片付け始めた。初めて会うキジャとジェハ、シンアは何々?と良く分かっていない状況。とりあえずが声を掛けて一緒に片付けることになった。

 イクスはユンの手料理を食べて感動していたが、ユンはイクスを口を酸っぱく説教する。その二人の姿は懐かしいもので、フとが笑っているとイクスがそんな彼女を見て、笑顔が増えたみたいですねと微笑んだ。

「イクス!今は俺が説教してる時なんだから余所見しないでよね…ッ!」

 彼の説教が終わり、イクスはやってきた全員を見渡すと随分と賑やかになりましたねと喜んでいた。そんな彼に早速、当初の目的である疑問をユンがぶつける。王を守護する剣と盾とは何か。王はヨナのことか、それとも現国王スウォンのことか。

「王を守護する剣と盾が現れるには……もう少し時間が必要なようです。その時が来たら、きっと分かるでしょう」

 少し考えてから、そう述べるイクス。
 では、一同はこれからどうしようかという状況に、それぞれがやりたい事、やっておきたい事を決めていると、ゼノが彼らに問うた。どうして皆本題を避けるのか。全員がゼノに注目し、彼の言う本題というものに耳を傾けた。

「娘さん、四龍を集めてどうしたい?」
「え……」
「娘さんとそこの兄さん、白狼の娘さんは、城を追われたって事だから戦力がいるのはわかる。生きる為に」

 それから先は?ずっと逃げるだけ?彼の問い掛けに、ヨナは違うと否定した。

「違う?なら……王位を簒奪したスウォンを討ち、緋龍城を、玉座を取り戻そうとお考えか?」

 当初の目的であった緋龍城へ帰還すること、スウォンを討つこと、眼先の事ばかり考えていたヨナは改めてどうしたいのか、彼の言葉を聞いて考え黙り込む―――だが、彼女の気持ちに迷いはなかった。それを察したはヨナの成長に口元が自然と弧を描いた。
 ユンは今の人数だけで城に攻め込むのは無理があると反対するが、ゼノは、彼女自身の気持ちがどうあるか知りたいだけだと聞く。その気があるのかどうか。

「本気で四龍の力を使えば、城一つ落とすのも不可能じゃない」

 普段の彼の口振りや雰囲気がガラッと変わり翳が差す────、かと思われたがやはりいつも通りのケロッとしたゼノに戻り、自分にはそんな力はないけどねえと笑っていた。


 話が終わった後、お腹が空いたと言うゼノの自由奔放さにユンはご飯を作ることになり、黄龍以外の四龍たちとハクも先程のヨナへの切り込み方についてこっそり話していた。
 も彼らの会話に混ざっており、掴みどころのないゼノの事や、本当にこれからどうするのか考えていた。

「ただ親の仇を討つだけとは違う。ヨナちゃんにとっては逆賊でも国にとって、必ずしもそうとは限らない。玉座を取り戻すということは、王に従う五部族を黙らせ、この国の全てを背負うということ」

 ジェハの言う事は尤もで、しかし今の彼女にそれはあまりにも大きすぎるのではないか。

 王の知り合いであることを知っているとハクに、彼はどんな人物なのかとキジャが聞く。
 しかし、二人の口から彼について語られる事は無かった。

 ずっと、これからも一緒に、幼馴染みとして、仕える者として、彼の背中を見続けるのだと思っていた。立場は違っても兄弟のように育った自分たちにとって、あの夜は忘れられない悪夢となった。
 それでも、ヨナが一国の姫として大地に立ち、成長していく姿を見ていたいとも思えた。

 ハクやが会話から居なくなった後、キジャはどうして彼らはスウォンについて何も喋ろうとしないと言う。良く周りを見ているジェハは気付いていた。
 二人にその名を出したとき、その表情が翳ることを───

「よほど憎い相手ということか」
「いや…よほど情がある相手だったんだよ」







 その夜、が木の上でいつもの様に月を眺めていると、寝れないのか、と珍しく白狼から声を掛けてきた。普段は黙ったままの白狼にクスクス笑うと、心配でもしてくれてるのかと問う。いつも通り、そんなんじゃないとツンケンした態度を見せていたが、それでも彼女の優しさは充分に伝わってきた。

「……ヨナに心の迷いは無かった。彼女がこれからどうしたいか、私はただついて行くだけ。でも……どうしてだろう。どんどん成長していくヨナを見ていると、ずっと見ていたいって堪らなくなる」
(お主の好きなようにすればよかろう。我はそんなお主を見ているのも楽しいがな)
「先の事は分からないけど、私はこうやってヨナと一緒に外の世界を知れたことが嬉しい」
「俺も一緒なんだけどなー」
「っ!?」

 白狼と話していたは、突然声を掛けられて肩を震わせた。木の下を見てみるとハクが面白くなさそうな顔して此方を見ている。ハクも寝られないのかと思ったが、どうやら今日の見張り役となったらしい。

「で、お前は何独り言ばっかり言ってんだよ」

 木を登っての隣に腰掛けたハクは、どうせ白狼と話してたんだろうと考える。

「…旅の思い出について振り返ってただけ、だし」
「あっ、そう。で、俺との旅はどうだったよ?」
「ハクは……ハクは、意地悪ばっかりしてきた」
「ハイハイ」

 二人が話していると、の中から白狼が姿を現して、ヨナの様子を見てくるから偶には二人で話せと言い何処かに行ってしまった。一緒に居てもいいのにと言うに対し、中々気を遣ってるくれるじゃねえかとハクは呟く。

「あの白狼って獣神なんだよな?性別とかあんのか?」
「一応、緋龍王と一緒に居た頃は女性だったらしいけど…、それがどうしたの?」
「いや、別に。恋敵は減らしておかねーと」
「え?」
「なんでもねえ」

 そこまで気にする必要は無いのだが、ハクはこれ以上恋敵が増えても困ると思っていた。
 しかし、ハクが彼女の所へ訪れたのはそれだけではなかった。

「さっき、神官様と姫さんが話してるのを聞いた。捨てきれない情ってのは……中々つらいもんだな」
「……そうね。私も実はスウォンと会ったの」
「は……?」
「スウォンもヨナと会ったって言ってた……そして、手を掛けなかった。お互いに捨てきれない情があるみたいに、ね」

 俺ばっか知らないことだらけじゃねーかと頭をクシャッとさせるハクに、こればっかりは仕方ないよと苦笑した。
 ハクもあの夜のことを思い出す。
 スウォンはを必要としていた。あの時は従者として欲しいのかと思っていたが、彼女が白狼一族であることを知って、それからスウォンが彼女を求める理由が分かった気がした。
 彼女の知らない何かを、スウォンが気付いている。

 今は白狼を自分の分身体のようにしているので、自身に白狼の力が残っているかは不明だ。彼女の口振りでは白狼の力は失ったと聞いていたハクだったが、それすらも真実なのかあやふやなまま。
 そう聞かされているだけなのか、それともの中にある秘密を白狼だけが知っているのか。

 そして、その秘密をスウォンが気付いたのか。

 考えれば考える程、頭が痛くなると一人で頭を抱えるハクに、は心配そうに大丈夫か?と声を掛ける。

「お前さー……、いや、やっぱりいい」
「え?なに?」

 実際、彼女について深く考える奴はいたのかとハクは疑問を抱く。
 謎の多い白狼一族の情報は外から手に入ると到底思えない。

「……お前って俺らと出会う前は何してたんだ?」

 子供の頃は、当たり前のようにが少しだけ気が向いた時に話す両親の話しを聞いていた。
 …けど、それはほんのひと欠片の思い出ばなしで、断片的なモノばかり。

「………え、っと」

 彼女の反応を見て、ハクは気付く。
 彼女は気付いているのか、気付かない振りをしているのか。

 どちらにせよ、彼女は思い出せないのだ…失ってしまった記憶を───