久しぶりに見た夢に頭を痛めていたは、起きて早々体勢を崩してしまい木の上から転落してしまった。寝起きで上手く体が機能せず、なんとか受け身だけ取る。
しかし一向にやってこない痛みに閉じていた目を開けると、そこには一匹の白狼が下敷きになっていた。え、え、とまだ夢の中にいると勘違いするに、さっさと退かぬか、と白狼が喋った。その声は夢の中で聞いた声。
「……え、っと……え?」
『まだ寝惚けておるか。おぬしに力を貸すと言ったが、こんな事でおぬしを助けねばならんとは』
がみがみとに説教する白狼。
ポカンとした顔で白狼を見ていただったが、漸くそれが現実であることに気付き驚きの声を上げた。彼女の声に気付いてぞろぞろとやって来た仲間たちは、と一匹の白狼を見て、同じように驚くのだった。
「……で、その狼は誰だ?仲間か?」
「さ、さぁ…?」
ハクの質問に、その場で正座させられているも今の状況が信じられないらしい。
『こ奴らがおぬしの言っておった仲間か。王は……』
ちらりと視線をヨナへ向けると、確かに彼女から緋龍王の気配を感じた。本人はさっぱり自覚が無いようで、ほわわんとした表情を見せる。
白狼はが白狼として変化出来ない身体になり、初代獣神が手を貸すことにしたという簡易的な説明をした。
「つまり、様は白狼に変化出来ない、普通の人間となられたという事ですか?」
「そういうことみたい。私が我儘言ったら面白いって笑って協力してくれたの」
なんと気分屋な獣神だろうかと、全員が一人と一匹を見守る中、白狼が普段はの中におり、力を貸すのはあくまでも戦闘時だと言い、スッとの中へと戻っていった。
この微妙な空気をどうしてくれようかと、アー、ウー、と唸っているに、獣神が中にいるってどんな感じなの?とヨナが質問した。確かに獣神が中にいると言っても、どうなっているか分からない。心の中で白狼と呼びかけても、返事が返って来ることはない。
「うーん……良く分からないですね。私も初代白狼と出会ったのはついさっきですし」
「つーか、お前は何で相談しなかったんだよ」
「え?」
「力、失いかけてたんだろ?」
ハクの言葉に、あ、とはバツの悪そうな顔になる。そういえば秘密にしてたんだった、と顔を下げていると四龍たちが、もっと頼って欲しいと口々に言った。え、と顔を上げる彼女にヨナも、だって私たちは仲間じゃないと微笑む。
「……ごめ、ん……なさ、い」
彼らに謝って、漸く緊張の糸が解けたようにはボロボロと泣き始めた。
「謝らないで、私達が聞きたい言葉はそうじゃないわ」
ヨナに優しく抱き締められ、は小さくうぅと声を漏らす。
「あり、が…とう…ッ」
の言葉に、そこに居た全員が優しい笑みを浮かべた。
◇
人間として新たに旅をスタートさせたは、旅の合間に時間があれば体を鍛えた。剣術、武術、弓術、それらを一日何百回、何千回と繰り返している時のことだった。
見学に来たのか、将又参加しに来たのか、ハクがに適当な挨拶をすると、最近すげぇ鍛えてんなと素振りをする彼女に向けて言った。
「……まあ、白狼の力を借りると言っても、私自身は以前の様な獣神の体ではないから。遅れをとらない為にも頑張らないと」
「人間に戻っても、は充分強ぇーだろ」
「じゃあ、やってみる?」
は二本持っていた木刀の片方をハクに投げ渡すと、さっさと構えろと言いハクに木刀の切っ先を向けた。
「ま、お前が強いのは重々承知してるが、俺も負ける気はねぇんで」
「手加減無用、本気で掛かってきて」
じゃあ遠慮なく。そう言ってハクがに木刀を振りかざす。力でハクに勝てるなんて最初から思ってない。は自分なりに考え、力なき者が勝つ為の方法を探っていた。
そして辿り着いたのが、相手の力を利用して剣を受け流す事だった。
今までは受け止めることをしていた彼女が、初めて見せた受け流しにハクも一瞬驚くと距離を取った。
「へえ、なるほどな。そう来るか」
「ずっと考えてたの。女の私が闘う為にやれることを」
そしては、ただ攻撃を繰り返すのではなく、動きそのものを変えた。体の力を抜いて、見せたのは型に嵌らない動き。それはまるで舞いのようで、一切の隙を見せない。
ハクは彼女に力いっぱい剣をぶつけられた訳でもない。
しかし受け止めれば受け止める程、一撃が段々重く感じるのは、ハクに攻撃させる隙を与えていないからだ。
「くっそ…!なんだその動き…ッ」
そして、決着がついた。
の剣先がハクの鼻先前で寸止めされると、時間差でハクがゆっくり尻餅をつく。
「私の勝ち、でいいかな?」
「………すげぇ、舞いを踊ってるみてぇだった」
これは幼い頃に両親から教えてもらった一族に伝わる踊りだと教える。それを剣術に応用しただけで、自身が鬼のように強くなったわけではない。まだ剣術しか改良出来てないと苦笑するだったが、どんだけ強くなるつもりだよと彼に思わせるには充分だった。
「なあ、もう……普通の人間に戻っちまった、んだよな」
「……そうだね。ヨナのこと、もっと支えてあげたいって思うのに、それが一気に遠退いちゃった感じ」
「それは、これからが頑張ればいいだけの話しだろ」
「簡単に言ってくれるよね…、ま!そうなんだけどさ」
ニシシッと笑うに、ハクは何となく彼女の笑顔を久しぶりに見た気がした。
「なあ……あの時のこと、覚えてっか?」
「え?」
すると、ぐっとハクが顔の距離を縮めて、真剣な眼差しを向ける。
「続き、してくれるんだろ……?」
「あ…っ」
そういえば、そんなことを言ったような。考えたまま固まっているに、目ぇ閉じろ、とハクが囁く。ハクの言葉が魔法の様に、の胸の中へと溶け込んでいく。自然と伏せられる目蓋。
ドキドキと心臓が鼓動を速める。
「ご飯出来たってよー……って」
「「ッ!?」」
二人を呼びに来たジェハに驚いて、はハクの口元を両手で塞ぐと、ぐっと顔を押し返した。ぐえ、と変な声を漏らすハクと、顔を真っ赤にしているの様子を見て、ふーん、とジェハは何かを察してニヤニヤとしていた。邪魔しちゃってゴメンネェと悪びれもせずジェハが二人に近付くと、別になんでもない、とは顔を反らした。
耳まで真っ赤だ、と彼女を見てジェハがそう思いながらハクを見るとギョッとした。今にもジェハを殺しそうな目つきでハクが睨んでいたからだ。
「おい変態野郎……何してくれてんだ……」
「ア、アハハ……ご、ごめんね!じゃ!」
「ゴルァ!!待て!!」
ひょいひょいと跳んで逃げるジェハをハクが追い掛けていくと、その場には取り残された。
未だに鳴りやまない心臓の音がうるさい。
どうしよう、怖い。
これが……恋、というもの、なのだろうか。
ぎゅっと胸元を押さえると、感情が上手くコントール出来ないほどに苦しい。
ハクのことを、もっと、知りたい。