クムジを討ったその日、闘いを終えた皆が港へ戻ると、祝い酒だと言い町にある酒をあるだけ用意してもらい宴となった。皆が宴の準備をする中、民家の壁に寄り掛かるの隣にハクが来ると、と同じように壁に寄り掛かった。

「……無事でよかったな」
「あぁ、ヨナが無事で本当に良かった」
「お前も、だ」

 ハクはの事を言いたかったが、中々伝わらない会話にを指差すと言った。キョトンとして隣のハクを見上げる彼女に、なんつー顔してんだよと苦笑する。

「いや……うん、ただいま」
「あぁ…おかえり」

 なんだか、胸の内がくすぐったい。
 町に戻ってからも少しバタバタしていたので、ハクとこうやって二人で話すことをしていなかった。改めてただいまと伝えれば、かれもフッと笑っておかえりと言ってくれた。帰る場所があるって、いいものだな、とは思った。

 潜入した時のヨナとユンの頑張りが凄かった事を嬉しそうに話すに、ハクは黙って耳を傾ける。ハクは遠くからでも見えた、月明りで美しく輝く白狼の姿を思い出すと小さく笑みを零した。ここ最近、見る事の無かった白狼の姿に、舟の上に居た時のハクは高揚感を覚えていた。嗚呼、また一緒に闘いてーなぁ、と呟くと、何か言ったか?と言われた張本人は不思議そうに小首を傾げていた。

「いや、別に何でもねーよ。そういえば姫さんは何処行った?」
「本当だな……、ヨナってば自由なんだから」
「俺、あっち探してくるわ」
「じゃあ、私はこっちを」

 二手に別れてヨナを探しに行く事になり、はヨナの匂いを嗅ぐ。

「………あ、れ」

 ―――ヨナの匂いが分からない。
 これが生死を分けるような戦場でなくて良かったと思った。徐々に白狼としての力が薄れていることは、自身もずっと感じていた。しかし、昨日は何とか白狼の姿に変化する事は出来た。だから、まだ大丈夫だと勝手に油断していた。

 今はヨナを探すことが優先だ。
 は町に足を踏み入れると、カツカツと反響する自分の足音に、早朝の静けさもあり先程までの闘いがまるで嘘のようだと思った。こんな気持ちになるのは久しぶりだとフッと笑みを浮かべる。

 すると、前方から覚えのある顔。向こうもに気付くと、目を見開いた。
 しかし彼は直ぐに優しい笑みを見せるとにゆっくり歩み寄った。

「ス、ウォン……」
「どうも、こんにちは」
「何故、貴方が此処に……ッ」

 背中の弓を掴もうとしてハッとする。こんな時に限って弓を置いて来てしまった。持っているのは仕込み剣のみ。目の前にヨナの討つべき存在がいるというのに、の足は地面に張り付いたように動かなかった。

「偵察に来ただけですよ。そんなに構えなくても、危害を加える事はしません」

 貴女がそうしなければ、ね。とスウォンが一瞬目を細めて言うが、それも直ぐに良く知ってる彼の笑顔に戻った。

「……先程、ヨナ姫にもお会いしました」
「ヨナと!?」
「はい。なので、貴女もハクも生きていると分かりました」

 スウォンがヨナと会っていた事を知り、なんで大切な主君を一人にしてしまったのかと後悔する。

「ヨナに…手を出したら、今ここで貴方を討ちます」
「それは困ります。私にもまだやらねばならない事がありますので」

 服の上から太腿の仕込み剣に触れると、スウォンが今は話し合いだけにしませんか、と目を細め笑った。

「イル陛下を弑逆し、ヨナ姫を殺そうとした貴方が一体何を考えているのか、私には分かりません」
「では、分かってもらう為にも貴方には緋龍城に来て頂きたいですね」
「嫌です」
ならそう言うと分かっていました。ですが―――」

 "そろそろ、貴女にも時間が無いのではないですか?"

 それは、まるで今の彼女を分かっている台詞だった。

「それでは、次は緋龍城でお会いしましょう」

 スッとの真横を通り過ぎると、スウォンは町の中へと姿を消した。




 次の日の朝、ヨナ一行は阿波の町を出て黄龍を探す旅を始める。
 涙の別れを済ませた後、一行が歩いているとハクが緑龍のことは良かったんですか、と問う。勿論、彼女もジェハを連れて行きたかったというが、無理矢理連れて行くことは出来ないと言い微笑んだ。
 ヨナたちの後ろを歩いていたキジャとシンアが顔を見合わせると一度頷き、そしてキジャが一本の木を龍の爪でなぎ倒すと、木の上からジェハが落ちてきた。

 彼も声を掛ける機会を逃してしまっていたらしく苦笑すると、四龍とは関係なくヨナの旅について行きたいと言った。

「今までも、これからも、自分で選び進んだ道を行くだけ。何も僕の美学に反してない」

 だから、連れて行ってとヨナに手を差し出すと、彼女もそっと彼の手に触れた。

 すると、四方八方から調子の良い事言ってんじゃないとボコスカ叩かれる。旅の仲間になる以上、挨拶をしてくれと言うユンにジェハはフッと笑うと答えた。

「――では改めて、僕の名前はジェハ。右脚に龍を宿す美しき化け物だよ。以後宜しく」

 こうして、緑龍が旅仲間として加わった。







 フワフワとする…、夢を見なくなったのは、いつからだったか。
 今見ているものが夢だと気付いたは、辺りを見渡すと暗闇。
 そこに一筋の道が現れ、誘われるように歩いて行く。

 ……あなたは、誰。

 目の前には、一匹の白狼。

 まるで自分そっくりだと狼を眺めていると、白狼は言う。

『我は、おぬしよ』

 あなたは、わたし?

 それは一瞬だった。
 白狼から発した光が眩しくて、くらくらと目の前が揺らぐ。


 目の前に広がったのは、見覚えのある城――――緋龍城だ。

 誰かの夢を見させられている気分だった。
 城内に入ると、そこには知らない人たち。
 これは過去か、それとも未来か分からない。

 それでも、この夢はただの夢じゃないと思い、光の粒子に誘われ奥へ入っていく。

 辿り着いたのは、大きな扉の前だった。
 見た事のない部屋。

 そこに現れたのは、金色の髪を持つ少年。
 首飾りがとても印象的だった。
 部屋に入っていく彼を追うと、床に伏しているのか天蓋の隙間から白い手が見えた。
 その白い指は今にも消えてしまいそう。

 傍らには、男の後姿。
 見た事のあるその後ろ姿に、彼がヨダカに似ていることに驚く。
 
 そして、白い指の主はか細い声で少年をゼノと呼んだ。

「我は、もうじき……消える…。次の緋龍王となる者が現れる時、もう一度、王の獣神として地に立つ事になる、だろう……」

 獣神……?

「そして…、四龍が集いし時に、白狼の役目を終える」

 この時、は自分自身の夢を見させられているのだと気付く。
 これは過去の自分。ゼノの捲った天蓋から見えたのは、と瓜二つの顔。

「強すぎる力は争いの火種を生み、その火種が……大きな炎になり戦争へと、変わる。緋龍王が人間を愛したように、次の我も……人として……、誰かを愛せるよう、に………」

 そして、獣神白狼は役目を終えたように、眠りについた。
 静かに目を閉じる彼女にしがみつき、ゼノは大切な人を失ったように泣く。

 次第に、の視界もぼやけていくと、最初に見た白狼が彼女の目の前に現れる。

 私は、役目を終えてしまうの…?そう問えば白狼は静かに頷いた。

『もうじき、黄龍が王の前に姿を現すであろう。その時、おぬしはただの人間へと戻る』
「……そう」
『血は繋がれるもの。そして絶えるものだ』

 獣神の力を失って泣くかと思われた少女が、スッと白狼を見据えた。

「私は私よ。貴女じゃない」
『……ほう』

 彼女の眼は死んでなかった。
 白狼にとって彼女は自分自身だというのに、双方の金色の瞳から目を逸らせなかった。
 吸い込まれそうなほど、美しく、小さな焔を灯して。

「役目が終わったのは貴女であって私じゃない。だから――――私に協力しなさい!」

 ―――嗚呼、なんと美しい娘だ。

『……ククッ、なんと傲慢な奴よ。面白い、ならばおぬしが人間らしく足掻く姿を我に見せてみよ』

 白狼はスッとの胸に手を伸ばし添えると、小さな光を灯した。
 それは温かく、燃え盛る焔のように。

『おぬしの中には常に我がいよう。何かあれば呼べ、力を貸してやる』

 もう、白狼になることは出来ない。
 しかし彼女の意志が白狼の気持ちを動かした。