人身売買の収容所となっている店が見えてきた辺りで、は二人を一度物陰に隠れさせると作戦内容の確認をする。爆薬を作るのが得意なユンが狼煙を持ち、三人の誰かが打ち上げれば任務完了だ。
 よし、と互いに声を掛け合うと、店内に入り店の者を呼び出す。店主がにこやかに挨拶をする中、三人も此処で働けることを期待する町娘を装い自己紹介をするが、その中でもユンが一番演技派だ。すんなりと三人は奥の部屋に連れて行かれ、此処でお待ちを、と言い扉を閉めて去って行った姿を確認するとは二人の様子を見た。

「……ヨナ、大丈夫ですよ。私やユンが付いてますから」
「だ、大丈夫よ…!私が言い出した事なんだし、皆を助けたいもの…ッ」

 気丈に振舞おうとするヨナだったが、脚の震えは今から起こるであろう事を想像しての恐怖。こんなことで怖がっては駄目だと自身を叱咤する。すると、スッと自分の手に温かな感触が伝わり、えっと声を漏らすと顔を上げた。

 そこには、ヨナの緊張と恐怖を少しでも和らげようとするの笑顔があった。

 そして、それは一瞬だった―――床が抜けたように穴の中に吸い込まれる三人。は直ぐにヨナの手を引き寄せると、自身を下敷きに彼女を庇った。落ちた時の衝撃は柔らかく、厚手の布が沢山敷かれていたので三人共が大怪我をすることはなかった。

 暗闇から伸びてきた手に、三人が目隠しと腕に後ろ手に拘束されると男が歩けと言った。黙って従う三人に気を良くしたのか、を拘束していた男は厭らしく笑い彼女の尻や胸を触る。ここまで距離が近ければ男たちの匂いを忘れる事は無く、は心の中で「貴様の匂いは覚えたからな」と悪態を吐いた。


 町の女達が収容されている部屋へ押し込まれると、目隠しと拘束を解いてもらい体に自由が戻った。周りを見れば女性たちは諦めにも似た表情で達を見ると、置かれた状況は全く同じだというのに可哀想な子たちと視線を向けた。役人たちが居なくなった後、ヨナを庇ったつもりだったが彼女は足首に怪我を負っていた。

 自分もハクの様に躰が大きければ、ヨナにこんな怪我を負わせなくて済んだ。今更悔やんでも仕方ないと、ヨナには作戦決行まで大人しくしていて貰うよう声を掛ける。

「ほお、思ったより収穫あったな」
「「「…ッ!?」」」

 収容部屋にやってきた男の顔を見て、それがヤン・クムジだと分かった。は此処に来る前にクムジがどんな人相をしているか聞いていたのだ。

「阿波もまだまだ捨てたものではない」

 クムジの登場に、一人の女性がこれは一体どういうことですか、と不安な顔で尋ねる。此処に居る彼女たちは、皆同じように仕事が貰えると聞いてやって来たのだろう。明日の夜まで待機してればいいとクムジが言う。やはり明日の夜に戒帝国と……、女性たちの影に隠れるように話しを聞いていただったが、突如クムジがヨナの髪を引っ掴み、これは上物だと笑う姿に奥歯を噛み締めた。このまま自分が手を出してしまえば、作戦は失敗に終わる。

 ユンが機転を利かせてクムジに話し掛けるが、彼は横から口を挟む図々しい女は大嫌いだと言いユンを蹴飛ばした。
 しかし、クムジは引っ掴んでいたヨナを見ると絶句した。彼女が野生の獣のような瞳で睨んでいたからだ。その威圧感は赤髪である彼女の姿も相まって緋龍王を彷彿とさせる。ヨナから手を離すと、彼女が何者であるか一瞬感付く―――が、ヨナがこんな自尊心も無く仕事を探しをするはずがないと言い、クムジは部屋を出てった。

「ヨナ……大丈夫ですか。ユンも怪我は」
「私は大丈夫よ」
「俺も。幼気な美少女を蹴るなんて、ほんっとサイテーだよね」

 本当は怖かっただろうに、二人の表情に迷いはないようだ。フッと笑みを零したは、明日の夜は私が道を切り開きますから、と言いヨナとユンに後の事を託すことにした。







 クムジに船に乗せられた達は、隠し連れていたアオに縄を噛み切ってもらうと、船が出航した揺れを感じとった。戦慣れしているはまだしも、彼女以外は非戦闘員も同然。ユンの考えてくれた作戦通りに上手く事が運べればいいが、と二人を信じては指定位置へ移動し拳を構える。

 ユンがわざとらしく扉をドンドン叩くと、見張りの役人が中へ入ってきた。身を潜めていたユンが吹き矢で麻酔針を男の首に刺すと、足元に仕掛けていた縄をヨナが思い切り引っ張り見張りを転がす。最後にが手刀で首元を叩けば一丁上がりだ。

「っと、こんなもんか。ユン、扉閉めて」

 気絶し麻酔効果で眠っている見張りを箱の上に座らせて、直ぐに部屋に入り扉を閉めた。何とか上手くいったと小さく息を吐くに、ユリと名乗った娘が本気で逃げる気なのかと尋ねる。その為に私達が来たことを言えば、震えるヨナの姿を見て自分たちにも何か出来ないかと協力してくれることになった。
 ヨナの誰かのために懸命に頑張る姿が、少しずつ皆の心を動かしていく。

 ふと目を閉じれば思い出される――――昨夜、ヨナはこの町を変えたいと思ったことは無いかと彼女たちに尋ねた。その時の彼女たちはこれが現状であり、変わることは無理だと言っていた。けれど、ヨナは彼女たちを助けたいと言い、凛とした眼差しを向けると確固たる意志で微笑んだ。

 漸く会戦の狼煙が上がったのか、船の中からでも聞こえる男たちの雄叫びを三人が耳にすると、次は俺の番だねと言ってユンが立ち上がった。
 ユンが部屋の外に出ると、役人たちにワザと手を振って通路の奥まで引き付ける。目的地まで誘導すると、今度はヨナとユリが縄で括られていた樽を崩して攻撃した。は先に甲板にいる男たちを片付けるために素早く向かう。

「なっ、なんだお前…ッ!?」
「あの時はどーも。お触り料の分―――デスッ!!」

 は甲板で最初に目を付けた男の前に立つと、一気に距離を詰めて喉元を指先で軽く潰す。その場で苦しそうに悶える男は、の攻撃で軽く呼吸困難となっていた。まあ、死ぬ訳ではないのでいいだろう、と次々と他の役人たちも蹴散らしていく。漸くユンの姿が甲板に見えた所で、は目を見張った。縄で拘束され、男たちに爆弾はどこだ!?と言われながら足蹴にされていたのだ。

「ユン……ッ!!」
来ちゃ駄目だ!!」

 夜の所為で気付かなかったのか、男たちは甲板に居たはずの仲間が倒れて動けなくなっている姿を見て、テメェも海賊か!と叫んだ。

「いえ、通りすがりの者デス」
「こんな海のど真ん中で通りすがりな訳あるか!!」
「…チッ」

 こんな時に冗談言ってる場合じゃないでしょ!とユンにまで突っ込まれ、さてどうしたものかと、まだ甲板に姿を見せてないヨナがどうなったか気がかりでもあった。すると、一瞬濃くなった匂いにはニッと口元に笑みを見せると、太腿に忍ばせていた短剣をユンを拘束する男たちに向かって投げた。避ける間も無く男の足にそれが刺さると、がぁッ!?と呻き声を上げて倒れる。

 そして、の後ろから姿を見せた人影に、男たちは言葉を失う。
 船の明るみに姿を現したヨナは弓を構え、男たちを圧倒する雰囲気で威嚇し睨み付けていたのだ。

「ユンから離れなさい。近付いた者から射つ」
「ヨナ!俺の爆薬を早く…っ、あの火に…ッ!!」

 ユンの声はヨナに届き、駈け寄った彼女がユンの帯の中から狼煙を抜き取ると、一目散に船に掛かっていた灯篭の火を狼煙に点けた。小さな花火が空高く花咲かせたのを見上げたヨナを、役人たちが取り押さえると床に押し付けた。

「ヨナに触るな…ッ!!」

 海賊に船の場所を教えたことがバレた今、ヨナやユンたちの命の保証は無くなった。男たちが剣を構えると、は近くに倒れていた男の剣を抜き取り彼女を殺そうとする男に向かって投げる。

「ぐはぁッ!?」

 投げた剣が刺さるのと同時に、男の頭上から別の攻撃がクリーンヒットした。花火の合図がちゃんと伝わっていた、とジェハの登場には胸を撫で下ろすと「さすが、だね」と小さく笑った。

「僕の美しき登場に惚れちゃった?」
「いや別に」
「やっぱりちゃんってつれなーい。でもそんなところが好きだよ」
「フフ、どうも。それじゃ私も張り切っちゃおうかな」
「うん、張り切っちゃ――――…えっ?」

 光の粒子に包まれたが、月夜に照らされ白狼の姿へ変わっていく。初めて見た彼女の姿に、ジェハは「どゆこと…」と唖然とする中、それでも彼女の美しさから目を離せなかった。

「ジェハ、この姿は初めてだった…?」
「…あ、うん。ちょっと驚いちゃった。へえ、どんな姿になってもキミは美しいんだね」

 もしかしたら、最後かもしれないからな。そう呟くとは颯爽とヨナの下へ駆け寄り、一緒にクムジの姿を探す。この船に乗っているかも分からない。クムジの匂いを探そうとするが、一向にたどり着けない。
 こんなにも匂いを嗅ぎ分けられなくなっている現状に、は奥歯を噛み締める。

「……居たわ」
「ヨナ?」

 彼女を護衛しながら追うと、海の向こうには脱走し逃げるクムジの姿があった。

「ヨナ、私がクムジの気を引きます。トドメは貴女が」
「……えぇ」

 隣に立つ少女は、あの頃の女の子ではない。
 国の為に、苦しむ人々の為に、現実から目を逸らさない様に、震える体を叱咤し立ち向かう。

「行きます…!」

 空高く跳んだは、クムジの小舟に向かって一気に急降下する。双方の金の瞳がクムジを睨み付け、クムジも彼女の瞳に恐怖で体が硬直した。

「な、なんだあの狼は…ッ!?くっそぉ!剥いで毛皮にしてやる!」

 クムジは弓を構えると、既に近くまで降下しているに向かって矢を放つと見事命中する――――が、それは幻だったようにクムジの目の前から狼の姿は消えていた。気付かぬ内に海に落ちたかと思った瞬間、クムジは背後に気配を感じると振り返る。

「こんな小さな舟で暴れると、落っこちるよ」
「なっ…貴様は……!?」

 クムジは覚えていたのだ。がヨナ達と一緒に居たことを。

「私は海賊ではないが、お前を許す気もない」
「ッ!?なっ、離せ!!」

 舟の上でも身軽に動くは、クムジを背後から羽交い絞めにするとヨナの居る船の方へと向かせた。そして、そっと耳元で囁く。

「貴様には見えるか?……あのヨナ姫様が」
「やはりあの赤髪は……!!」

 ヨナが舟の上から弓を構えると、燃え盛るような瞳でクムジを睨み付け矢を放った。その矢は迷いなくクムジの心臓を貫くと絶命した。クムジの生死を確認する為にジェハがやって来ると、人の姿に戻ったを見て微笑む。

「そういえば僕ってば、まだちゃんからご褒美もらってなかったんだよねぇ」
「いつの話しを持ち出して―――」

 それは風のように一瞬で、の頬に温かなモノが触れる。
 完全に固まったまま呆然としているに、じゃあ帰ろっかと言い抱えるとジェハは海賊船まで跳んだのだった。


 こうして、闘いの夜は明けた―――――