その日の夜、ヨナは青龍の名前を考えていた。
 彼は産まれた時から青龍と呼ばれ、名前は無いという。

 なので、これから一緒に旅する仲間として名前を呼びたいヨナは、焚火で暖を取りながら隣で薬を煎じるユンと、武器の手入れをしていたに相談をした。ユンの中で青龍を言葉で表すなら"静寂"だと言う。一方、は青龍を優しい温かな光のように感じると答えた。

「お姫様がしっくりくるものを付けてあげたら?」
「そうですね、ユンの意見に私も賛成します。主様が青龍をあの檻のような穴倉から連れ出してあげたのですから、彼もきっと本望でしょう」

 そして席を外したヨナは青龍を見付けると、青龍に―――月の光、シンアと名付けた。



 その頃、青龍と離れた所に居たは、じっと夜空を見上げていた。

 大きな月が、を照らし撚り一層輝いて見えた。
 そして、ふと彼女は気付く。見上げれば夜空に満月が浮かんでいるというのに、血が沸騰するような苦しみが無い。体が白狼へと変化しないのだ。本来なら、そろそろ体に異変があってもおかしくない時間なのに。

 持っていた薬は飲み干してしまっているし、もう薬は手元にない。


 自分はあの苦しみから解放されたのだろうか。
 そう思えれば嬉しい筈なのに、とても喜べる気持ちにはなれなかった。

 もしこのまま変化することが出来なかったら、と彼女の心に不安が襲う。

 耳を触っても、顔を触っても、人間の姿のまま。

 先程まで視認できる距離に居たはずのヨナの姿は無く、残っていた青龍がに気付き近付くと、その周りを飛んでいた蛍の光が二人を照らした。

……どうし、たの」
「ふっ……うッ…」

 声を押し殺すように泣くに、青龍は彼女をそっと抱き締めると何も言わず背中を擦る。泣かないで、と耳元で何度も、何度も呟いた。ヨナがその場を後にしたあとも、残っていたハクはに声も掛けられず、二人のことを遠くから眺める。二人の関係が親密なものに思え、あぁ何てものを見ちまったんだかと独り言ちた。







 次の日、何事も無かったようにはケロッとした表情で、皆に挨拶をするとキジャが寝惚け眼でたった一言「みどり」と呟くと、それが緑龍の気配だと言った。一先ず腹ごしらえだとユンが朝食を作ってる間、は泉で顔を洗っていた。
 昨日のの心配をしてシンアが声を掛けると、もう大丈夫だと言い笑う。そんな二人のやり取りを聞いていたハクは、シンアが居なくなったあとに声を掛けると、目が真っ赤だな、と態と言及した。

「えっ?あぁ……少し寝不足かも」
「へぇ、そうなのか。寝不足を理由に体調崩すなんて事があっても俺は看てやんねェからな」
「別に…っ、ハクに見て貰おうなんて思ってない、し」
「あぁ、青龍に看て貰おうってか」
「ハァ?なんでそこで青龍が出て来るのさ」

 ハクの言い方が何か引っ掛かるような感じで、はムッとして彼を睨む。何か言いたいことがあるならハッキリ言えばいいだろうと声を大にしてやれば、てめぇ昨日は何してたんだよ、とハクも不機嫌な態度を更に不機嫌にして彼女に詰め寄った。

「……何って…、一人でいたけど?」
「本当かよ。俺にはお前と青龍の野郎が、親密な関係にしか見えなかったけどな!」
「ッ!?」

 図星じゃねーかと言い捨ててハクが立ち去ると、夜のアレを見られていたのかとは理解した。

「なんだアレを見て……アレを見て、何故ハクが怒るんだ…?」

 やましい事は一切ないし、彼を怒らせた理由が何故そこにあるのか分からなかった。とりあえず、シンアとは何もないのだから、説明する必要は無いだろうとが朝食を食べに顔を出したが、そこにハクの姿は無かった。

「あれ……ハクは?」
「焼き魚だけ持ってどっか行った」

 簡潔な説明をユンから頂いたは、まだあの男は怒っているのかと大きな溜息を吐くとユンの隣に座る。キジャに体調はもう大丈夫なのか聞くと、彼からハイ元気です!と大変明るい返事が返ってきた。

……溜息……どうした…?」
「ん?あー、うん。昨日の夜のアレをハクに聞かれた」
「……??」

 うん、ごめん。理解出来ないよね、とシンアに同情するも彼同様にハクが怒った理由が分からず、ユンに声を掛ける。彼は何かと博識で周りの事を良く見ているから、意見を聞くなら彼だろうとは先程あった事を話した。

 最初はうんうん、と頷きながら聞いていたユンだったが、それが次第に顔を動きを止め最後には何故かハクに同情する姿が見られた。シンアもも、ユンが何故ハクに同情しているのか分からず、頭にハテナを浮かべていると軽く咳払いをされた。

「あのさ、。ずっと聞こうと思ってたんだけど、あの雷獣の事をどう思ってるわけ?」

 その場に居たユンとシンア以外、食べていたものを口から噴出した。

「ばっ、ユン貴様…!様になんて事をお聞きになるのだ!?」
「だって気になるじゃん!ハクがすっげぇ不憫!」
「ひゃー!私もずっと気になってたの!ってハクの事、どう思ってるのっ?」

 各々が反応を示す中、聞かれた張本人は特に表情も変えず目をパチパチとさせる。これはどう言っていいやら、とは遠くに行ったハクが既に近くで会話を聞いていることに気付き、彼の機嫌が少しでも直る方法はどんな言葉だろうと考えた。

「……好き…親友……戦友…?ウーン、どれもしっくりこない」
「恋愛対象じゃないの?」
「恋愛対象……?」

 そこは盲点だったことに気付き、恋愛含めて考えてみると思い当たる節があった。

「あ!そういえばハクが私の事好きって―――――ッんぐ!?」
「おーっと、お前は一体何を言おうとしてるんだぁー?」

 突如現れたハクに周りが驚いていると、ハクの手で口を塞がれていたは、わざと彼の手の平をペロッと舐めた。声にならない悲鳴を上げたハクは、顔を真っ赤にするとテメェ何やってんだ!?とまたキレ始める。

「だってハクが口を塞ぐからでしょ!?」
「それはお前がコイツ等に余計なことを…――――」

 そしてハクは周りの視線に気付きハッとする。

 ユンは口元をニヤつかせ、キジャは顔を蒼褪めさせる。ヨナに関しては頬を赤くして両手を口に添えると「いつの間に…」と呟いた。
 ただ、それをジーっと見ていたシンアは一体何が行われているのか全く理解しておらず。

「あ、そうそう。話しを戻すんだけどさ、なんか昨日のことはハクの勘違いらしよ。詳しいことは聞いて無いけど、もシンアもそう言ってたし」
「……は?」
「いや、だから」

 ポカンとするハクにもう一度説明しようとするユンを止めると、はハクを見て口を開く。

「ハク、ごめんなさい。私がちゃんと説明すればよかった。そうしてたら、こんな風に誤解も無く済んでた」
「あ、いや……俺の方こそ、悪かったっつーか」

 二人の仲直りする姿を見て、ヨナたちは良かったねと笑う。結局、恥ずかしい思いをしてしまったハクは、全員に恋路を応援されるのだった。


ちなみに、白狼に変化出来なかったのは一時的なものだったようで、寝不足や長旅の疲労が原因でその力が弱まっていたのではないかと、そう思うのであった。