ヨナに追いつけば、彼女はリスを抱えて振り返り、こんな所にリスがと嬉しそうにしていた。その束の間、道を照らしていた蝋燭の火が突如と消え、明るかった通路は暗闇の中に溶け込んでいく。恐怖でリスから手を離したヨナに近付き、大丈夫ですよと声を掛けて彼女に服の一部を握らせた。

「主様、決して離れぬようお願いします」
「え、えぇ…」

 壁に手を這わせながら歩き、出口を求めて先を進んでいく。

 この隠し通路に入る前に感じていた視線がより一層強くなり始めた時、蝋燭を持った一人の男が道案内をしようと現れた。素直に従うヨナと、その男を警戒していただったが、案の定その男が出口とは別の場所―――地下へ連れて行こうとしていることが分かった。

 ヨナの腕を掴み連行しようとする男から彼女を庇った時、聞こえた鈴の音と共に、何処からやって来たのか一人の青年が現れ男を追っ払ったのだった。逃げて行ったはずのリスが青年の肩から顔を出すと、彼は飼い主だったのかとは青年の匂いを覚える。仕来りなのか青年も面を付けており表情を見ることは出来ないが、彼からは危険な雰囲気を感じなかった。

「先程はありがとう。私は、此方がヨナ姫様。貴方の名前を聞いてもいい?」

 ヨナが逸れない様に青年が彼女の手を引いて先頭を歩く中、はお礼を言い彼の名前を尋ねた。彼は鈴の音にも負けそうな声で名前は無いと答える。しかしハナコは名前も知らないこの子を、何故か知ってるような気がしてならなかった。

 出口まで案内してくれた青年にもう一度お礼を言うと、明るみで彼の顔がハッキリと見えた。

「…貴方、綺麗ね」

 青年の被り物の白い毛皮の隙間から見えた綺麗な青色の髪が、とても綺麗ではスッと彼の項を這わすように手を差し込んだ。一瞬だけ肩を震わせた彼に、何もしないからとその手をゆっくり動かして頭を撫でる。

「初めて会った気がしない。もしかしたら、何処かで出会ってたかもね」

 そう言って微笑む彼女に、何も言わず黙ったまま彼は面越しに見詰める。ヨナと合流したハクたちが此方に近付くと青年を見てキジャが目を見開いて固まった。

「この者が助けて――――」

 そう言ってキジャに声を掛けたヨナだったが、固まったまま驚く顔の彼を不思議そうに見た。

「そなた……、待てッ!!」

 キジャが話しかけた途端、面の青年は来た道を戻るように走って逃げて行った。逃げ足の速い彼を追い掛けてしまえば、見失った時にはまた迷子だろうとキジャも追うのを止めると、先程の青年が青龍であることをキジャが口にした。

「あれが青龍……。私は奴の匂いを覚えてる、追い掛けるのは任せて」
「オイ!勝手に行くな――――って、アイツもはえーな」

 青龍を追い掛けて行ったにハクが声を掛けるが、彼女もまた足が速かった。







 ここにいた、そう言って青龍をやっと見つけたは地べたに座っていた彼の隣に腰を下ろした。何も言わず、ただ隣に座った彼女を見て青龍はポツリ、ポツリと言葉を口にする。どうして追い掛けてきたのか、と。
 迎えに来たのだと彼の頭を優しく撫でてやると、それさっきもやってた、と彼は不思議そうにしていた。

「なんでだろう…?貴方の顔を見ると、撫でなきゃって思えちゃって」
「……ナニ、ソレ」

 そりゃ不思議に思うよなぁと彼に触れていた手を退けると、その手を今度は青龍が握り返した。え、と驚いてその手を見るに、彼は「……覚えて…ナイ?」と言った。彼の一言が、やっぱり初めて会った気がしなかったのは本当だったと確信させる。けど、いつ何処で会ったのか思い出せないので、長い時間一緒に居たわけではないのだろうと思った。

「ごめん…よく覚えてないの。青龍、貴方の事をもっと教えて欲しい。駄目かな?」
「……ううん、いいよ」

 最初に青龍は育ててくれた先代の青龍・アオと、彼自身の生い立ちを教えてくれた。先代はとても厳しく、強く、そして優しかったという。青龍の里はその龍神の力を忌み嫌う者が大半で、呪いと称し青龍を遠ざけてきた。彼は千里眼のように遥か遠くを見通すことが出来、相手を透視したり、戦闘時はその目の力で神経麻痺を起こし心臓を止めることも出来るという。
 しかし、その力は強大過ぎるが故に、使用後の副作用は体が動かなくなる程。

 最後に彼が話してくれたのは、と出会った時のことだった。は既に忘れてしまっているようだが、彼はずっと忘れたことは無いと、微かに口元に笑みを作るとそう言った。

「……俺に、花…くれた。俺の目を見て、綺麗、だって…言った……」
「え?」
「……、こんな、だった」

 青龍が座ったまま反対の手を少しだけ上げて、出会った頃のの身長を示す。そんなに小さい頃か、と苦笑するは両親を亡くす以前の記憶が曖昧であることを話した。

「……独り、なのか?」
「どうだろう……。私の中の記憶は、両親が亡くなる以前のことは抜け落ちたみたいに思い出せないの。まるで思い出せないことが幸せなことみたい」
「俺…、、両親……見た、よ」
「え?」

 青龍と初めて会った時に、同じように両親もその場に居たんだろうか。抜け落ちた記憶を青龍がゆっくりと嵌め込んでいくように語ってくれた。彼が両親を見たというのは、別れ際に遠くからを呼ぶ優し気な雰囲気の男女の姿だったという。

「友達……なって、くれた…。だから、俺は、を……助けたい、でも……」

 彼はそう言いながらも、踏ん切りの付かない態度だった。

 急がなくたっていい。彼は必ずヨナの味方をしてくれる。彼女を支え、助ける為の仲間になってくれる。そう信じて、はずっと握ってくれていた彼の手を優しく握り返した。

「青龍は今でも私の事、友達だって思ってくれてるんだね。ありがとう」

 はもう一度青龍を優しく撫でると微笑んだ。

 

 一方、が居なくなってから他の四人は最初に案内してもらった部屋へ戻り、ヨナが一人になった時のことを話していた。里の者が地下に閉じ込めようとした事、それを青龍が助けてくれた事。しかし、彼は白龍を見ると逃げてしまった。
 白龍の里の時とは真逆の対応だとユンが結論付けると、キジャは何?と神妙な顔付きになる。

「白龍の里を先に見て来たから、ここは異質に見えるけど、考えてみたら白龍の里が特別なのかも。此処では赤い髪への信仰は無いし、龍神の力を崇高なモノともしていない。それどころか、忌まわしく思ってそうな節だってある」

 村人には勿論、青龍にとっても自分たちは本当に侵入者でしかないのかもしれない。そう言い終えると、キジャは四龍たるもの迷いなく主の下へ馳せ参じるのが普通だと熱く語るが、それに対しユンは迷いなさすぎとツッコミを入れた。

「でも…助けてくれたよ。青龍、優しい手をしていた。会って話したい」

 洞窟での事を思い出しながら幸せな口調で言うヨナに、ユンはまたあの迷路に行くのかと問う。ヨナに迷いはなく、根性あるじゃんお姫様とユンは照れ臭そうに褒めた。全員が部屋を出ようとすると、ハクがヨナを此処で待つよう引き止める。しかし、彼女の意志は揺るがなかった。

「ハクは此処で待ってて。行くのは私とキジャとユン。キジャは青龍の場所が、ユンは道が分かる。そして私が青龍に会わなきゃ。それは私の役目だと思うの……お願い」

 それに、と彼女は言葉を続けて言った。

が此処に戻ってきた時、ハクが居た方が安心すると思うの」
「……は、」

 いや、アイツ今頃洞窟で迷ってんじゃねーのか、とツッコミたくもなるハク。しかし彼女は鼻も耳も利くし獣神の力を持っている。簡単には死なないと思うが…と心の中で笑うと、またさっきと同じ目に遭ったら今度はウザイぐらい離れてやんねぇぞとヨナに向かって言った。ウザイのは嫌だと言いヨナたちが部屋を出て行く中、最後にキジャを引き止め「姫さんを頼む」と一言すると、其方は様の帰りをちゃんと待っておれと、キジャがフッと口元に笑みを浮かべるのだった。