げっそりとした寝不足のキジャの腕を引きながら、昨夜ユンが絞り込んだ青龍の里の場所を目指し転々と歩き回った。絞り込んだ六箇所を回っている最中、各部族の軍事や変化に敏感だというハクの情報に助けられ、更に目的地が絞られると一行はまた歩き出す。
 しかし、その日は青龍の里を見付けるに至らず、陽が傾き始めた頃にはヨナの足も限界がきていた。キジャは北を指差し「あちらの方からモヤッとする」と言い、それらしいところは探した筈なのに、これでは青龍は国境を越えたのではないかとユンが嘆く。

「鼻が詰まってんじゃねーかー?白蛇」
「鼻で嗅ぎ分けているのではない!……ん?」

 するとキジャは足を擦っているヨナに気付くと、足を痛めたのではないかと心配の声をあげる。そんな彼に明るい声で少し疲れただけだと答えるヨナに、ユンは持っていた枇杷の果実酒を疲労回復だと言い彼女に飲ませた。
 甘くて美味しいと喜ぶヨナに、三つ葉を足に貼るからもう休むようにユンは言う。

 そんな二人のやり取りを見ていたキジャは、どこか悲し気な表情を浮かべていた。彼の様子に気付いていたは、ただ黙ってキジャの頭をポンポンと撫でるのだった。

 その夜、未だに野宿が慣れないキジャは、スヤスヤと寝ているヨナたちを見て何かに怯えるように両手で自分の腕を擦る。基本的に人の姿をしている時のは木の上で寝ることが多いので、その様子をずっと上から見ていた。まだ寝れないのかとキジャに声を掛けようとしたが、彼なりに悩みそれを解決するべきなのだろうと、そっと口を閉じ眠りについた。

 常に誰よりも先に目が覚めるは、いつも通りヨナが弓の練習をしに起きたのを確認すると、それを木の上から静かに見守る。ハクも奇襲に備えていつでも起きれるよう体が慣れている所為か、隣で寝ていたヨナが起きる音を寝たふりをしたまま聞いており、彼女が弓の練習をしに行ったのだろうと、片目を開けると木の上にいたの視線の先を辿ってそう悟った。

 心の中で葛藤していたキジャもいつの間に寝てしまっていたのか、まだ暗い早朝前に目が覚めるや否や何かの音に気付きハッとする。近くで聞こえたそれに振り返ると、キジャのいる場所から視認できる距離でヨナが弓の練習をしていた。彼女の努力する姿を目の当たりにしたキジャが彼女に声を掛けようとした所で、木の上から降りたが彼の口をそっと手で覆った。

「姫―――んぐっ!?」
「おはよう、キジャ。昨日は良く寝れたみたいね」

 小声で彼に挨拶をしたは、茂みからヨナへ視線を向けると微笑む。彼女は一人こうやって努力をしてるのとキジャに教えると、奥からハクも現れの隣で身を屈めた。

「姫様はいつから弓を…?」
「アンタに会う前から。暇さえあればな」

 キジャの問い掛けにハクが答えると、も口を開いてフッと笑った。

「主様は私の言いつけ通り、多い時は200本撃ってる」
「にひゃ…っ!?」
「大声出さないの」

 想像以上の練習量にキジャが声を上げそうになる。

「何故あのような無茶を…!私がいるのだから武術なぞ必要ないのに」
「あぁ、俺がいるからな。姫さんは何もしなくていいんだ…」
「いや、ハクじゃなく私がいるから」

 そこはお互い譲らないと軽くハクとは張り合う。そしては表情を一変させると真剣な眼差しでヨナを見て言う。

「でもね、主様は己の無力さを許さない。父を殺され、城を逃れ、それでもこの世界で生き抜くために一人じゃなにも出来ない自分を恥じて、何をすべきかもがいている」
「白狼様は…様は御止めにならないのですか…?姫様に武器など―――」

 キジャの疑問に対し、今度はハクが戦わせたいわけじゃないと答えると、人間らしく足掻く姿を見ていたいと、ヨナを見て嬉しそうに不敵な笑みを見せた。



 太陽が山間から顔を出すと、今日も今日とて青龍探しが再開される。次は何処へ向かおうかとユンが地図を見ている横で、もそれを覗き込み、次に北の方を見た。

「ねえユン、まだ探してない所があると思うんだけどさ」
「え?どこ?」

 は地図上の国境を指差し、昨日考えていたことを口にする。

「ほら、国境のところ。一目の付かない場所を住処にするなら、私はここの岩山に住み着く」
「……つまり、青龍はそこに………ってアァァァ!?盲点だった!」

 突然叫んだユンに他の三人も彼を見ると、彼の言う盲点について説明される。人が住めない所だからこそ、青龍はそこに里を作った、と。

「青龍の里はあったんだ!国境ギリギリ、あの岩山にね!」

 そう言って国境の岩山を指差すユンに、それぞれが視線を向けると漸く青龍に会えると改めて身が引き締まる思いを感じた。







 目的の岩山へと足を踏み入れた一行は、目の前に聳え立つ岩の城を見上げる。キジャが建物の中に青龍の気配を感じると言うので、中へ入ってみることにした。中は一応、人が住んでいるのだろう気配と匂いを感じ取っていただったが、誰一人として姿を見せないその雰囲気を不審に思う。

 壁に垂らされている布の隙間から仮面をした子供や大人が顔を覗かせると、同じように暗闇になっていた場所からぞろぞろと里の者が姿を現した。仮面をする者としない者といった、統一性のないそれが薄暗い室内の気温を一気に下げる。歓迎する雰囲気を感じない中、民衆の後ろから出てきた老人が杖を付きながらたちの前へやって来た。

 するとキジャが声を上げて、ここに青龍を連れて来るよう言った。しかし、住人たちは顔を合わせると、青龍は此処に居ないと答える。キジャが次いで、この方がお待ちだと伝えよとヨナを住人達に見せた。しかし、彼らは場所を間違えられたのではないかと、青龍について何も知らないという風に言った。
 彼らから情報を引き出す為にも、これ以上此方の印象を悪くするのは良くないと思い、ここは一度引くようにキジャの脇を肘で軽く小突いた。

「ごめんなさい。私たちは人を探して旅していたのだけれど、此処では無かったみたい」
「……ッ」

 キジャは分かって貰えない会話に歯痒そうな顔をしていたが、ヨナの一言で何とかこの場を収めることは出来そうだと、も里の者に「長旅の疲れと、怪我人もいるから少しだけ休ませて欲しいのですが」と交渉する。相手も客人を無碍に出来ないのだろう、中へ通してもらえることになった。

 部屋に案内される途中、面について気になったヨナが案内をしてくれる老人に尋ねると、それは未婚の者があまり顔を晒さない為の仕来りだと教えてくれた。そういった風習や仕来りは各地に沢山あるが、外の世界をまだまだ知らないヨナにとっては驚きと新鮮そのものだった。

 ここの通路は迷路のように入り組んでいるので勝手に出歩かない様に言われた後、通された部屋で一息ついていた一行は、ここにいるであろう青龍探しをしようと話す。地図がないなら作ってやる、とユンは意気込んで神と筆を手に先頭を歩くが、何処を歩いても辿り着く先は行き止まりの壁だった。

「ハァ……ここも行き止まりかぁ。一体いつになったら出て来るのさ青龍!」
「キジャには青龍の気配が分かってるってことは、あっちも同じなんじゃない。だから気付いてないはずがない」
「そうなのです…!なのに青龍の奴は何故出て来ん!」

 漸く青龍に会えると思った矢先、いつまでも出て来る気配のない青龍を探し求めて更なる探索は中々骨が折れる。まだ人の気配は感じない。しかし、別の気配だけは感じていた。

「あまり出て来たくないないのかなぁ…、それなら青龍は諦めても―――」
「駄目です!諦めないで下さい!青龍は私と同じように長い間血を繋いできた。ならば待っているはずです、自分を必要としてくれる主を!貴女を!四龍は本来、その為だけに生まれ…それ以外、何も望みなど無くて……ッ」

 キジャの父親も同じように主を待ち続けたと、旅する中で教えてくれたことだった。だからこそ、仕える主が現れた今、自分は今ここに在るのだと誇れるのだろう。

「キジャ……、私は、緋龍王ではないわ」
「……はい」
「…緋龍王ではないけど、私は、貴方が欲しい」

 ヨナの言葉は十分すぎるぐらいキジャの心を射貫いていたらしい。キューンッとなっているキジャに対して、微笑ましく見ていると、気に食わなさそうに表情を歪めるハク。そしてそれを突っ込むユンだった。

「……ッ!?」
「どうしたの?ユン」
「此処、なんか嫌な感じ……」

 ユンも気付いたか、とは目つきを変えて神経を尖らせる。
 里の者たちの視線とは違う、別の視線。

「でっかい目で、俺らをジッと見てる…」
「確かに妙な気配だな」

 ユンが急いで紙と筆を鞄の中に入れると、住人に見付かったのかもしれないと急いで道を引き返す。それに続くようにハクもキジャも後ろをついて歩いた。も振り返り一歩踏み出した時、小動物のような鳴き声が聞こえた。ヨナも同じように聞こえていたのか、歩いていた足を止めて其方に振り返る。

「……主様も、何か聞こえましたか?」
「え、ええ。壁の向こうから聞こえた気がするわ」

 スタスタと歩いて行ってしまった三人は既に姿は無く、ヨナを一人置いて行くには危険だと感じたは彼女の後を付いて同じように行き止まりになっていた壁へと耳を澄ませた。
 壁に耳を付けて音の気配を辿ろうとするヨナだったが、ふわりとその壁がズレる感覚に思わず前のめりで倒れそうになる。すぐに彼女の腕を掴んだのおかげで転げずに済んだヨナは、お礼を言うと隠し通路となっている扉の中を覗いた。

「キュッ、キュキュッ」
「……リス?」
「そうですね…って主様ッ!」

 可愛らしいリスを追い掛けて中に入ってしまったヨナに驚き、あまりにも衝動的だと後れを取りながらも彼女を追い掛けた。