白龍の里を旅立って数時間、いじめっ子のようにハクがキジャを揶揄い、キジャもハクに言い返す。そんな二人の姿は何度目だろうかと、そろそろ頭が痛くなってきたは木に寄り掛かり休んでいるヨナの隣で苦笑した。懐かしくも、昔のとハクの姿に重なって見えたのだ。
彼のいじめっ子のような悪趣味な性格には慣れてしまったが、こうやって見てると当時のムンドクはさぞ頭を痛めていたのだろうと、遠く風牙の都に住む彼に心の中でごめんなさいと謝った。
「ほら、二人共そこまで。キジャもハクの相手しなくていいから、ハクも新人いびりしないの」
「へいへい」
「……はい、すみません」
二人の返事を聞いて、丁度やってきたユンと合流するとまた五人の旅路は始まった。キジャに一番近い四龍は誰で、どこに居るか尋ねると「青龍」「あっちだ」と大雑把な回答を頂いた。
少しでも情報があるのなら、それに越したことは無いとキジャの後ろを歩いていると、前方に小さな断崖があることにが気付く。後ろに振り向いたまま歩くキジャに注意喚起を促しておこうと口を開くが、その前に彼が崖から足を滑らし転落する方が先だったらしい。
やっぱりか、とはキジャの滑り落ちた場所を覗き込むと、そこには沢山の足が生えた虫が湧いており、彼は悲鳴を上げるのだった。助けてもらったキジャは先程の虫たちが相当嫌だったらしく、未だに思い出しては体を震わせている。もう付いてないし払ったから、とが苦笑しているとハクが横からキジャをまた揶揄い始めた。さっき言ったばかりなのに、と二人の様子を窺っていただったが、別の気配を察知し直ぐに二人の会話を止めた。
「二人はあとでお仕置きね。ここで遊んでる間に囲まれた」
「申し訳ございません…」
「ま、そんなこたぁ後で考えるとして、今は敵を倒すのみ」
ヨナとユンに茂みに隠れるように指示すると、ヨナは弓を使っていいか問う。勿論、もハクも駄目だと言い大人しくしているように二人を茂みへ隠れさせた。
ハク、、キジャを囲うように茂みから姿を現した男たちは三人を見ると、こんなところに獲物がいるぞと笑った。なんだ山賊かとハクが溜息を吐くと、はあまり暴れすぎないでよねと言った。ハクはその言葉が自分に向けられたものだと分かると、へいへいと返事をする。男はキジャに刃物を近付けると身形の良さと端正な顔立ちを見て売れそうだと言った。
別の男もの金色の瞳を見て、ククッと薄気味悪い笑みを浮かべると近付き顎を掴んだ。
「へえ、アンタも珍しい目をしているな。おまけに美人ときた、こりゃ高値で売れそうだぜ」
に触れる男を、ハクはその手を退けろと腕を掴みぐっと力を込めた。痛がる男に対して冷たい視線を向けると、腕の骨が折れる小気味良い音が鳴った。うわ痛そうと言いながらも、そんなことひと欠片も思っていないが別の男を弓で射殺すと、それが引き金となり戦闘が開始する。
キジャは白龍である龍の手を使い敵を切り刻み、ハクは大刀で薙ぎ払う、は後方支援をするように矢で敵を威嚇した。
そんな中、の放った矢とは違う別の矢がハクを後ろから狙っていた音の手へ当たると、その男は逃げていく。茂みの方でヨナとユンの喜ぶ声が聞こえる辺り、あの二人がやったのだろうと苦笑する。弓は使わないって約束したのに、と。
人質に取られそうになったヨナを助けた後は、またいつもの様にハクとキジャの見栄の張り合いが始まってしまった。あーあーまた始まったよ、とが二人を見ているとハクの顔が少し青白いことに気付く。まさかと思い彼の腕に手を差し伸べた時だった。
「ハク…っ!?」
突然目の前で倒れたハクに、ヨナは驚いて心配そうに彼の顔を覗いた。
彼の胸元にあるまだ治りきっていない、大きな傷口が開いてしまったのだろう。ユンがハクの襟元を捲ると包帯に滲む血が広がっていた。
「少し張り切り過ぎたみたいですね。大丈夫ですよ主様、馬鹿は死なないって言いますし」
「それを言うなら馬鹿は風邪を引いても気付かない、だろ」
既にツッコミ役となっているユンはにそう言うと、この大男をどうやって運ぼうかと悩む。
「こんなボロボロの体で……まるで化け物ね」
「信じられん、この男……化け物か?」
「アンタらに言われたくないと思うよ」
ジトーッとした目を二人に向けてユンはそう口にするのだった。
◇
日が傾いて来たので寝る場所を探そうと言うユンに対して、が先を歩いて場所を探してくると答えた。キジャにハクを運ばせて、残りの三人はの走って行った方角へ向かって歩き始める。
キジャは隣を歩くヨナに、いつと出会ったのか尋ねた。
「私が出会ったのは、まだ十歳も満たない時だったわ。真冬の季節に緋龍城にムンドクと来たの。あ、ムンドクっていうのは風の部族長でハクのお爺ちゃんよ」
「姫がまだ幼い頃にお会いになったのですね。ですが私の知る白狼一族と少し違いますね」
キジャは幼い頃から建国神話に出て来る四龍のこと、そして白狼一族のことを語り聞かされていた。彼の中で知る白狼一族とは、古来よりある姿だ。緋龍王の死後、離れ離れになってしまった四龍と同じく、獣神白狼も城を出て住処を転々とし一箇所に留まらず暮らしていたという。
「私はが獣神だってこと、つい最近知ったの。その頃の私はあまりにも外の世界に無知だったから、そんな頼りない姫の私を護る為に身分を隠してんだと思う」
「姫、それは違いますよ。四龍もそうですが、特別な血を継ぐ一族は存在を公にせず隠すもの。でなければ、その力を利用しようと企む者に狙われてしまうのです」
「そうなの……?」
ええ、そうですよ。とキジャが微笑むと、ヨナは安心したように顔を綻ばせ先を歩くユンを追って駆け出した。丁度戻ってきたがもう少し歩いたところに良さそうな場所を見付けたと報告し、四人とキジャの肩に担がれるハクは先を急ぐことにした。
夕食を食べるヨナとの隣で、キジャはゲテモノでも見るかのように箸で素材を掴むと嫌そうな顔をした。これは山菜と言って食べれる草だとが簡潔に説明してやると、こんなものをいつも食べているのかと言うので、横で聞いていたユンが「虫を入れなかっただけ有難く思いな」と突っ込んだ。
「虫!?其方、虫を食すのか…!?」
「虫は栄養あんの!」
「姫様は平気なのですか!?この様な食事…!」
有り得ないものでも見ているキジャがヨナに尋ねると、虫はまだ食べれないけどだいぶ慣れたわ、と明るい口調で答えた。そしてこうも続けた。
「だって私……嫌がってる暇なんて無かったし」
まるで地獄を見て来たかのような表情をするヨナに、も返す言葉が無かった。風牙の都にいた頃、ハクもそうだがも食べられるなら何でもいいし、火を通せば食べられると思っている性分ゆえに、ユンが現れるまで食事は悲惨なモノが多かった。食べなければ生きていけないと悟ったヨナは少しずつ食べられるようになり、今ではユンのお蔭で美味しく食べられると苦笑した。
「でも、ユンが来てから、かなり食事が美味しくなったんだから」
ユンの耳がピクリと動くと、フフフと喜びを隠しているようで隠しきれていない表情なる。過酷な旅をしていたのだろうと涙を流すキジャに、ヨナは不思議そうな顔をしていた。そんな三人を他所に、主様ごめんなさいとはその場でへ込んでいた。
「俺の飯がなんだって?」
木に寄り掛かる様に眠っていたハクが目を覚ますと、四人の会話に聞き捨てならねえと起きて早々口を挟んだ。それを躱すようにヨナがハクの食事を食べさせてあげようと匙を口元に持っていくと、キジャが雑用は自分がやると言いヨナからハクの食事を奪った。ハクとキジャがまた言い争っていると、ユンが一つ咳払いをして「間を取ってが食べさせてやれば?」と提案したことにより争いは即終了となった。
また余計なことを、とがユンを見ると彼は飄々とした態度で地図を広げてキジャに声を掛けると青龍の居場所について話し始めた。仕方がないとキジャの置いた器を手に持つと、ほら、とハクの口元に匙を寄せた。
「……ん」
「食べれそうか?」
「あぁ、食べれる。つーか、俺の飯はそんなに酷かったか?」
「それ以上言うな。私も心が痛む……」
彼の一言はブーメランのようにの頭に突き刺さるのだった。
夕食を終えた一行は、キジャに教えてもらった青龍の情報からユンが居場所を絞り込んだ。明日から本格的な青龍探しが始まるのでさっさと寝るとユンが言い、その言葉が号令となりヨナもハクも慣れたようにスッと目を閉じて眠りについた。野宿が初めてだったキジャは、まだ起きているを見て寝ないのですかと尋ねる。見張りがあるからと答え苦笑するの隣に、キジャもそっと腰を落とした。
「私は今まで里の中で育ったゆえ、野宿は初めてなのです」
ぐすん、と涙ぐむキジャを見ては思わず笑いを漏らすと、じゃあ私が隣で一緒に寝てあげるからと言った。それではまるで自分が赤子のようだとキジャは顔を赤くして恥ずかしそうにするが、明日から動き回るのに睡眠不足は良くないと彼を宥めた。
「ほら、私に寄り掛かっていいから。膝枕でもしてあげようか?」
「い、いえ!その様な事をしてもらうなど私には…!」
「そうだな、お前は駄目だ」
二人のものではない声が別のところから聞こえると、それがハクであることが分かった。まだ起きてたの?と苦笑するに、お前らが煩くて寝れねぇんだよと片目を開けてハクは答えると溜息を吐いた。既に横で寝息を立てているヨナたちを起こさないようにハクが起き上がると、を挟むような形で両サイドにハクとキジャが座った。
「…で、見張りってお前寝ないつもりか?」
「まあ、これぐらい慣れてるし。ハクはまだ怪我が治ってないんだから安静してなよ」
「俺の事は別にいいんだよ」
「よくない。だってあんまり暴れるなって言ったのにさー」
山賊と対峙した時、あまり暴れないようにとハクに念を押していた。山賊相手に力加減をしたところで、彼が暴れない保証など何処にも無いのだが、それでも声を掛けておく必要があった。彼の身に何かあれば、必ずヨナがハクを護ろうと身を乗り出してしまうだろう。そういった危険性を考慮してのことだったのだが――――……、
「様は気付いておられたのですね、ハクの怪我のことを」
「まぁね。傷が塞がってないのも血のニオイで分かるよ」
「と、いうことだハク。貴様はさっさと寝て我々に見張りを任せればよい」
キジャは優しいねえとが頭を撫でてやると、彼はフフンッと自慢げにハクを見やった。何となくその態度にイラッとしたハクだったが、ヨナたちが寝ている手前でキジャと言い合いをすれば起こしてしまうかもしれないと、ぐっと言い返したい気持ちを抑える。周りに気を遣うハクの姿を見て、は優しく手招きをした。言われるがままに身を寄せると、そっと彼女の揃えた人差し指と中指がハクの額に触れた。
「……なんだ?」
「ハクにちょっとしたおまじない、かな」
「変な呪いとかじゃねーだろうな」
「そんなわけないって」
おまじないと言っても、ハクが急に全快したり屈強な男になったりするわけではない。彼の額に呪印を施すと、スッと体の中に沁み込むように消えた。
「……これで俺はどうなるわけ?」
「私の言う事にハクが絶対服従するようになる」
「ハイ?」
それは傑作だと笑うキジャの頭にハクが拳骨を一発入れると、テメェどういうつもりだとに笑顔でキレながら詰め寄った。両手を顔の前でヒラヒラさせながら「冗談だってぇ」と苦笑するに、半信半疑の顔でハクはその場を収めてやろうとドカッと椅子替わりにしていた丸太に腰を据えるのだった。