四龍探しを決めた三人は、イクスに頼まれてユンを旅に連れて行くことなった。ただ、出発するまでに一悶着あったのは言うまでもない。イクスはその事をユンに話してなかったのだ。たまたまイクスがヨナに話しているところをユンが聞いてしまい、俺はそんなこと聞いて無い、とユンが怒ってしまう。
 何とかイクスと仲直りをしたユンは、晴れて四人目の仲間となった。

「ユンのおかげで食事は保証されたね」
「は?俺の飯が不味いってか?」
「いや、だって……私が魚とか肉取って来なきゃ虫入れたりするし」
「私はもう慣れたわ。最初は上手く飲み込めなかったけど……」

 まだ長旅という程、月日は経っていないというのに、既に懐かしい思い出の様な感覚になる三人。ユンは聞きながら「まあ虫って栄養価高いし」と、食べれればいいんじゃないかという男前な回答をした。ユンが先頭になり地図を見ながら歩いていると、前方に人の気配を感じた。が男がこっちに来る、と言えばその姿を見たユンが「あぁ、いつもの商売人だよ」と答える。国境付近まで行くのに、ヨナが此処にいたことがバレると面倒だろうと、ユンが持ってきていた大きい布袋をヨナに手渡した。

「ユン、これ何?」
「そんじゃ姫様、これに入って下さい」
「へ?」

 すみません主様、そう言いはヨナの頭から大きな袋を被せると、笠をハクに被らせヨナの入った袋を肩から担がせた。これで、どこからどう見ても商売人だ。

「ちょ、ちょっとこれはどういう事…っ!?」
「主様、少しの間辛抱を。貴女は少々目立ちすぎますから」
「いや、お前も目立つから木の上を伝って移動しろよ」

 え?私も?とが不思議そうなものでも見るようにハクを見上げると、ほらさっさとしろと言われ渋々森の中から彼らの同行を見守ることにした。
 前方から来ていた商売人とユンが物々交換をすると、後ろに控えていたハクに「連れがいるなんて珍しいな」と物珍しそうな視線を向ける。商売仲間ですよ、と答えたハクは担いでる荷物は衣類だと言い少し乱雑に扱って見せる。あとでヨナの代わりにハクを殴っておこうとニッコリ笑い握りこぶしを作ると、彼らが挨拶を交わして別れたのを見ては森から姿を現した。

「ハク、主様になんて乱暴な扱いをしてるの」

 袋からヨナを出してやると、彼女もご立腹なようでハクを追い掛け回した。この二人っていつもこうなの?との横で呆れているユンにフォローする気もおきない。ユンの持っていた地図を見て、目的地まで高華国と火の部族、そして戒帝国も横切らなくてはならない。道中は気を付けて歩かなければ、既に三人はお尋ね者となっている。ユンもそれを承知の上で一緒に旅をしてくれているが、結果的に彼も巻き込んでいるのだ。

「霧深き山の上、か……」
「情報があるだけ、まだマシってやつだね。イクスのやつは他の三匹はどうしてるか分からないって言ってたし」

 ユンとが話していると、追いかけっこが終了したらしいヨナがポツリと呟いた。

「また……襲ってくるかな。兵士達」

 襲って来ない、とは言い切れない。そうハッキリとが答えると、ヨナは剣術を覚えなきゃと言った。え、と彼女の言葉にが気を取られていると、ハク教えてくれるって言ったよね?道すがらでもいいから教えて、とヨナはハクに同意を求める。そんなこと言った覚えのないハクは、をチラッと見る。勿論、もハクがそんなことを言ったのかと思い込んでいるので、彼に対する視線は冷ややかなモノだった。

「……ねえハク、そんなこと主様に言ったの?え?」
「いやいや!一言も言ってねェし……!姫さんが勝手に言い出したんだっつーの!」

 ヨナを一瞥したは、どうして武器を持ちたいと言ったのですかと問う。彼女は護身用に覚えたいと答えた。しかし、イル陛下は彼女に武器を触らせなかった。その意味を、彼女はまだ知らない。すると、ハクの目の色が変わりスゥと息を吐くとヨナを見下ろした。

「あんたに人が殺せるのか?」

 その言葉は、ヨナに重く圧し掛かった。戦場に居たからこそ言える言葉でもあった。生半可な気持ちで武器を持てば、誰一人守ることが出来ない。戦場では誰一人、情けは掛けてくれないのだ。情けを掛けられる人間は、ハクのように強い武人のみ。ハクだから出来ることだった。

「撃退といっても、都合よく相手が逃げるわけじゃない。殺す、もしくは再起不能にする。あんたに出来るか?」

 あの時、自分は何も出来なかったとヨナは語る。それは火の部族、カン・テジュンと対峙した時のこと。

「敵わなくても、殺せなくても、自分やハク、が逃げる隙を作るくらいはやりたい」

 ヨナはイクスに言われた言葉がずっと胸の中でつっかえていた。はヨナの為に生き、そしてヨナのために死ぬことを望んでいる、と。つまり、は自分を庇って死ぬことを望んでいるのではないかと思った。が死なずに済む方法は、自分も生きる為の手段を一つでも多く持っている事だった。

「私は主様の為に在るのです。だから死など怖くは―――」
「違う、そうじゃないの!貴女が怖く無くても、私が怖い…っ、貴女を失う事の方がもっと怖いもの」

 の両腕を掴み、縋るようにヨナは見詰めた。その瞳には、薄っすらと涙が浮かび、しかし今までの彼女とは違う強い意志のある瞳だった。

「護身用の剣術…、確かにそれは必要ですね。ハク、主様に弓を貸してやってくれ」
「あ、あぁ。どうぞ」

 ハクの弓を受け取ったヨナに、は真剣な眼差しを向けると口を開いた。

「今、イル陛下の命を私とハクは背くことになります。何故、イル陛下が武器を嫌い主様に触らせなかったのか……考えてみて下さい」

 切なくも美しく微笑むが、ヨナやハクの目には酷く焼き付いて離れなかった。





 それから一週間、ヨナは言われた通り弓の練習をしていた。飛んでいる鳥を射ることから始め、夜中は一人で木に向かって矢を当てる練習。最初こそ当てるどころか固い弦を引くことすら難しかった彼女も、努力の甲斐あって少しずつ様になってきた。弓に関しての右に出る者は居なかったとハクが話していた為、なるべくが教えて、出来ない時はハクが代役を務めている。

 夜中も弓の練習をしていることに気付いていたユンは、彼女の努力する姿を見て貴族や王族に対する見方が変わったのか、夕飯を作りながらちょっとは様になってきたんじゃないとヨナの前で口にした。彼の一言が嬉しかったヨナは、本当?と目を見開き喜ぶ。ユンも狩猟目的で弓を扱う事はあるが罠派だと言い、武器を持つ事や戦場での残酷さを語った。

 その言葉が忘れられないまま、次の日を迎えたヨナは道中に見掛けた子供の猪に向かって弓を構えた。

 弓を引くということは、命を奪い、奪われること。

 彼女の放った矢が、猪の体を掠めた。
 しかしそのまま逃げられてしまうと、血の付いた矢を拾い父であるイル陛下のことを思い出す。

「主様、惜しかったですね」
「無駄にケガさせた。かえって残酷ね」

 ヨナが猪を射るまでの全てを見ていた。彼女の表情はとても悲し気で、命を奪うことの残酷さを知ることになった。いくら可愛くても、子供であっても、敵である以上殺さなくてはならないこともある。
 すると、二人の後ろに立っていたハクがの隣に来ると、ヨナに向かって迷いがあるからでしょと言った。

「ユン、。先に行け」
「なんで」
「いいから」

 何か考えがあるのだろう、ハクの表情も真剣だった。これ以上、何を言っても駄目だろうとは先を歩き出す。ユンは早く来てよねと二人に言っての後ろを追った。