朝っぱらからピンポンダッシュでもされているのかと思うぐらいのインターフォン連打に、俺は苛立ちながら寝起きの不機嫌丸出しで、荒々しく玄関のドアを開けた。まさか玄関が勢いよく開くと予測出来てなかったそいつは、ゴンッと思い切り頭をぶつけて蹲っている。
 絶対に謝ってやんねーぞと俺はそいつを見下ろしてると、不意打ちだよ!と目に涙を浮かべて悔しそうに俺を見上げた。

「朝からうっせーよ」
「百之助!ちょっと聞いてよ!」
「あーあー、うるさい。さっさと帰れ」
「やだ!話聞いてくれるまで帰らない!」
「またかよ……」

 家主の許可なくズカズカと部屋に入るコイツは、俺の幼馴染みのだ。どうせまた「彼氏に振られた!キィ!」とか言ってくるんだろうなあと思っていると、は俺の考えていた事を一言一句間違えずに口にした。
 つーか勤め先違う癖に、なんで俺の休日知ってんだよ。おかげで出勤時間に起きちまったじゃねーか……。ソファーにだらっと深く腰掛ける俺に、ちょっと聞いてるの?とはギャンギャン犬みたいに喚く。ホント、何で俺ってこんな面倒な女と幼馴染みやってんだろうなぁ。

 そんで、なんでこんな女のこと、俺は好きになっちまったんだろうな。

「で、今回の別れた理由は?」
「なんで私が振られたこと前提なの!?」
「違わねえだろ」
「………まあ、うん」

 さっさと俺にしとけっての。まあ、言ってやんねぇけどな。

「また俺に愚痴言いに来たんじゃねぇのか?」
「……私の友達を好きになっちゃったんだって。絶対こうなると思った」
「じゃあ、分かっててなんで会わせたんだよ」
「えみちゃん可愛いから自慢したかったのぉぉぉ」

 自慢ってなんだよそれ。お前の友達のえみってやつ、そんなに可愛かったか?

「まあ、お前の目が節穴だったって事だな。あと友達自慢は俺だけにしとけ」
「百之助反応薄いから楽しくない」
「はぁ?」
「ふーん、へぇ、って。それしか反応しないんだもん」

 興味のない女にお世辞でも可愛いデスネって言える程、俺は出来た人間じゃない。

 愚痴はそれだけなのか、俺んちのキッチンで勝手にコーヒーを淹れ始めるに、俺もくれって言うとアイツは黙ってカップを棚から取り出した。胸は可哀想なサイズだが、腰から尻に掛けてのラインは最高だと思う。
 朝からそんな目でを見ていると、俺の息子が反応し始めたので「やべぇ」と呟くと気合で鎮める。

「はい、出来たよ」
「ん、さんきゅ」

 淹れて貰ったコーヒーを飲みながら、何となくテレビを点けてみる。朝のニュースで天気予報は午後から降水確率80パーセントだった。俺んち傘が一本しかないから、さっさとを帰さねえと出勤日が雨の場合に困る。

「それ飲んだら帰れ」
「…そうだね。午後から雨って言ってたし」
「ま、元気出せ。またいい男、見付けてこいよ」

 テレビに向けていた視線をそのままに、いつも通りを慰めたつもりだった。
 でも、あいつは黙ったまま何も言わない。
 いつもなら、うん!て元気よく返事するくせに。

 黙ったままキッチンに向かったは、カップを流しで洗うと鞄を手に取り部屋を出て行こうとする。不思議に思った俺は、まさか泣いてんじゃねえかって咄嗟にの腕を引っ掴んで、こっちに振り向かせた。

「……なに?」
「あ、いや……別に、」

 なんだよ、泣いてねぇじゃねーか。
 はぁ、と小さな溜息を吐いて気を付けて帰れよと掴んでいた腕を離す。は俺を見て、いつになったら引き留めてくれるの、と呟いた。言ってる意味が分からなくて、俺はただコイツの顔を見詰めた。

「ホントは、私の事好きなんでしょ!?」
「………ンだよ、急に」
「私に彼氏がいるって話しは全部嘘だよ」
「…は?」
「私のこと引き留めてくれるのかなって、いつも試してたの」

 こいつに恋心ありますなんて態度を取ったつもりは無い。綺麗に隠していたはずだ。まさか俺に鎌をかけてるんじゃないだろうな。

「ねえ、百之助」
「…んだよ」
「帰りたくない」
「…っ」
「ねえ、引き留めてよ」

 もう限界だった。んな求めるような目で見詰めてくるに、俺は噛み付くようなキスをした。何度も角度を変えて、苦しいと眉を引くつかせるまで。俺の唇はの頬から、顎、そして首筋まで這っていくと、そっと顔を離した。

 玄関のドアに両手をついて、彼女を挟み込むと不安げに覗き込むその瞳を見下ろした。


「さっさと俺の女になれよ」


 すると、彼女は綺麗な紅を引いた唇で、三日月のような笑みを浮かべた。



(まるで最初から、こうなることを知っているようだった)