朝、目が覚めると私は尾形さんの腕に包まれながら寝ていた。身動きが取れず、胸の辺りに埋まっていた自分の顔を上げると、尾形さんが気持ち良さそうに寝ている。

 昨日、私は彼とまた寝てしまった。でも、あれは不可抗力だ。いつの間にか薬を盛られて、あんな…私…。思い出すだけで羞恥心に苛まれそうだった。悔しいけど彼に何度もイかされて、頭がパニックになってたとはいえ気持ち良過ぎて癖になっていた。
 なんでこんなにも体は正直なんだと小さな脳味噌でうだうだ考えていると、ん、と尾形さんの漏らす声に私の体は小さく反応した。

「……ん、起きてたのか」
「…シャワー浴びたいから離して」
「俺が昨日入れた」
「…えっ?!」
「気絶してたお前を浴槽まで抱えていくの大変だった」

 言葉が出てこなかった。
 丁寧にお風呂まで入れて貰ってたなんて、何から何まで尾形さんにお世話になってる。

 そもそも昨日の事を許した訳じゃない。危険日じゃないから大丈夫だと思う、けど……色んな不安が胸の奥をぎゅうと締め付けてきた。考えるだけで息苦しくなる。

「帰る」
「はっ?」
「私が尾形さんと朝まで過ごす必要なんて、これっぽっちもないでしょ」
「帰るな」
「なんで一々命令口調な――――」

 ゆっくりと尾形さんから目前まで突き出された、スマホに撮られた写真に言葉を失う。まただ、また私を脅すのか。事後の写真なのか、うつ伏せで意識を失ってる私の股から太腿にかけて、白い液体が伝うように流れている。つまり、それは彼の精子だ。

「ははぁ、脚広げておねだりするんだぜ?まるで雌犬だな」
「や、めてよ…っ」

 もう、泣きたくなった。こいつ最低だ、クズだ。そんな男とセックスして気持ちいいなんて思ってしまった自分は、もっとクズだ。
 無常にも今日も仕事で、尾形さんと顔を合わせなきゃいけない。気持ちを切り替えてやってくしかないと、私は本当に出勤時間迫ってるからと彼にスマホの時計を見せた。漸く解放してもらえた体は、夜の激しさを物語るようにずっしりと重たい。腰痛い……、うぅ。


***


 昼食を摂る私の前に現れたのは月島さんだった。いつも通りの不愛想な表情は慣れたが、無言で私の目の前に座るのやめて欲しいんだけど…。彼の持っていたトレーには唐揚げ定食が乗っていて、香ばしい匂いが私の嗅覚を刺激した。

「……なんだ?欲しいのか?」
「あっ、いや……お気になさらず」
「そうか」

 危ない危ない。口の端から垂れていた涎を手の甲で拭うと、今日は仲の良い鯉登さんは一緒じゃないんですねと適当に話を振ってみた。美味しそうに唐揚げを頬張りながら、鯉登は本社に用事があるらしく今日は居ないと教えてくれる。なるほど、通りで今日の女性社員たちは大人しいのか。

「お前も鯉登が好きなのか?」
「なっ、んで…そうなるんですか!」
「いや、あの人の事を聞いてきたんでな。気があるのかと思った」

 確かに鯉登さんはイケメンで部下思いで、周りの人達に好かれている。勿論、女性人気はすごい。私が鯉登さんのことを何とも思ってなくても、鯉登さんの所在を知りたがる女子達は沢山いる。なんか冷や汗かいてきた、さっさと食べて逃げよう。

 最後の一口を食べ終えると、ご馳走様でしたとトレーを持って立ち上がる。結局、月島さんが私と相席する必要があったのか分からなかったが、まあ鯉登さんが居ないんじゃ話し相手も探しちゃうか、と私を選んでもらえたことを光栄に思った。

 お腹も満たされ幸せな気分で部署に戻ると、視界に入ったものに対してげぇっと声を漏らしてしまった。何故なら尾形さんの周りに顔やスタイルに自信のある女性社員たちが群がっているからだ。いや、仮にも尾形さんとデスクが近いんだから勘弁してくれよ、と財布を手に持ったままもう一度部署を出ようとした。……が、まあ見事に尾形さんにロックオンされた。

「遅かったな。丁度いい、この資料作ってくれ」
「……はあ、分かりました」

 逃げたら余計に怪しまれるし、渋々ファイルを受け取ると席に座った。案の定、女の子たちの視線が痛いほど刺さる。私に興味津々な者、嫉妬心丸出しな者、なんかもうカオスだ。
 たぶん、私と尾形さんが別れた事を知った女の子たちが、ここぞとばかりに猛アタックしてるっぽい。なんだかんだ言って尾形さんは顔はいい。認めたくないけど実際モテている。ただ、性格は本当に意地悪で我儘だし、自分でも何でこの人のこと好きになってしまったのか良く分からない。きっと過去の自分はどうかしてたんだと思う。

 カタッと音がしたので視線だけそちらに向けると、尾形さんが財布と煙草を持って立ち上がった。群がっていた女の子たちが、どこ行くんですかぁ?と猫撫で声を出しながら問うので、尾形さんは面倒くさそうに、別にどこだっていいだろ、と素っ気なく返事をした。その表情は、本当に面倒くさいと言ってる時の顔で、これ以上突っつかない方が身の為だと彼女たちに心の中で忠告してあげた。

 尾形さんの腕を掴んだ女の子が、待ってくださいよぉ、と言っている。しかしそれを拒むように彼は掴まれた手を払い除けた。いい加減にしろ、と尾形さんの凄むような表情を見て女の子たちは流石にやばいと思ったのか散り散りに持ち場に戻って行った。

「女除けの指輪でもしとけば?」

 嫌味のように突いて出た言葉に、私は自分でもしまったと思った。

「それもそうだな」

 私は尾形さんの、その一言に驚かされ目を丸くして凝視した。
 お前にしては良い案だとニヤニヤと何か企んだ含み笑いをする彼に、うわぁと引いた目で見てしまう。すると尾形さんは私の隣の席が空席なのを良い事に、ドカッと腰を掛けると「お前今日暇だよな」と、さも当然のような感じでにっこりと笑う。嫌な予感しかしない。

 尾形さんは如何にも張りぼてな笑顔を此方に向けて、後でな、とまた腰を上げるとオフィスを出て行った。