私は今、とてつもなく後悔している。

 昨日、職場の同僚と飲みに行ったはいいが、途中から全く記憶が無い。月島さんが言うには、酔っぱらった私を尾形さんが送ってくれたって話しだけど、正直信じ難い。なぜなら、彼とは顔を合わせれば何かと喧嘩っぽくなるし、それが原因で別れたようなものだった。
 そう、私達は一度付き合った事があった。
 でも、そんなの半年も持たなかったし、今また寄りを戻す話が出たとしても私は無理だ。

「よお、ゲロ女」
「はいっ?!」

 いつの間に出社していたのか、聞き覚えのある声が背後から聞こえ振り向けば、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた尾形さんだ。ていうかゲロ女って何。酷い言い種だと私がきゃんきゃん子犬の様に吠えていると、昨日はまさか最中にゲロ吐くとはなぁという彼の一言に私の動きは止まった。

「……は?」
「もう一度言ってやろうか?最中にゲロ吐―――」
「ぎゃあああ!ストップストップ!尾形さんこっち来て!!」

 私は尾形さんの腕を引っ張って廊下に出ると、人気のない所まで連れ出す。この辺で良いだろうと足を止めて振り向くと、ねえ、と私は彼の顔を見上げた。

「……私、尾形さんとヤ、った…の?」
「あぁ、ヤった。お前が途中でゲロ吐いてやばかったけどな。そういうプレイかと思ったぜ」
「う、うそ」
「嘘じゃない。証拠だってあるぞ」

 そう言ってスマホをポケットから取り出し私に見せる。そこには尾形さんの隣で気持ち良さそうに眠る私の姿だ。しかも裸だってのは見て分かった。

「……最悪」
「何言ってんだ?お前が誘ってきたんじゃねえか。ま、おかげで俺の布団はゲロまみれで最悪だったけどな。クリーニング代請求したいぐらいだ」

 最後、私を送り届けたのも尾形さんだと言うので、何から何まで最悪だと私はその場で崩れ落ちるように両手を床に着いて項垂れた。これじゃ尾形さんに文句の一つも言えないじゃない。彼への謎の闘争心を燃やしていた私は、既に真っ白になって戦えないボクサーの気分だ。

「こ、このことって……」
「誰にも言ってない」
「よ、よかったぁ」
「言ってないが、とんでもねぇ痴女だって言い触らされたくなかったら今日から俺の言う事を聞くんだな」
「えっ」

 彼を見上げると、既に勝ち誇った顔で私を見下ろしている。

 お母さん、私はとんでもない男の下僕にまで成り下がったみたいです。


 既に尾形さんの下僕になるゲームは始まっているようで、部署に帰ってくるなり速攻で私にコーヒーと煙草を買ってくるように命令された。彼がいつも飲んでるコーヒーと吸ってる煙草は銘柄まで分かってしまうのが悔しい。
 まあ、無理難題な命令をされた訳じゃないから、私は渋々財布を持って近くのコンビニまで走った。

 買ったそれを尾形さんに渡すと、漸く自分の仕事を手に付けることが出来た。そういえば私が入社した頃、尾形さんが教育係で私は今みたいにおつかいさせられてたっけ。ちょっとだけ懐かしいかも、なんて悠長なことを考えていた私は、これから自分の身に降りかかることなど、まるで知る由も無かった。

 時刻は18時を過ぎていた。
 今日も一日頑張ったなぁとウーンと伸びをしながら帰り支度を始める。定時になれば尾形さんから解放されると思った私は、現在彼が部屋に居ないことを確認して荷物を鞄に入れるとまだ部署に残ってる同僚に挨拶して立ち去ろうとする。
 しかし、最悪なタイミングで戻ってきた尾形さんと扉の前で鉢合わせてしまった。

「よぉ、もう帰るのか」
「は、はい……それじゃ!」
「待てよ」
「ひっ?!」

 彼は私の左肩にポンッと手を乗せると、この後は用事無いよな?と営業スマイルで微笑んだ。顔を蒼白させながら、私は首を縦に振るしか選択肢はなかった。

(尾形さんの営業スマイルほど怖いものはない)