冷たくて、温かい

act.7 きみの温かさを知る




 百ちゃんの噛み付くようなキスに、私は頭が真っ白になった。

 彼の気持ちが、全然わからなかった。
 確かに好きだって聞こえた。

 じゃあ、今まで私を突き放してたのは、なに。

 噛み付くようなキスの後、私は腰を抜かしそうになって膝がガクッとなる。それを百ちゃんが腰に腕を回して支えると、今度は啄ばむようなキスをする。

「ひゃ、くちゃ…んっ」
「しゃべるな」

 鼓膜を揺らす百ちゃんの声は、私の知らない、男の百ちゃんだった。

 唇が離れると、ぼうっとした頭で百ちゃんを見詰めると、同じように百ちゃんも私を見ていた。

「……ハァ」

 突然、大きな溜息を百ちゃんがしたので、この状況でなんで、と私が不思議そうにしていると百ちゃんは目に掛かっていた髪を撫で上げ不満気な顔をした。

「やっぱり我慢すんのしんど」
「え?」
「お前が大学卒業するまで、手出さないようにしてた」
「……はい?」

 百ちゃんは一体何を言っているのか、今の状況ですら理解出来ない私に、到底思考回路を動かす力はなかった。

「実際、俺は教員だからな……学生のお前に手を出すのは気が引けてた」
「でも、私大学生だよ?成人だってしてるし」
「それでも、だ」
「…なに、それ」

 すとん、と私の中に色んなことが流れ落ちた。

 それじゃ、私達。そう言って百ちゃんを見ると「ま、今風に言うなら両片想いってやつだな」と百ちゃんはニヤッと笑った。今は結婚資金を貯めてるとか言ってたので、どんだけ先読みしてんのってツッコミそうになった。
 次第に可笑しくなってきて、私が堪え切れずにフッと笑えば百ちゃんもハハッと笑う。

「なーんだ…百ちゃんも私の事、好きだったんだね」
「まーな。お前の周りに群がる悪い虫は全部チェックしてた」
「え、こわっ」

 それじゃ娘の私を心配するお父さんの図じゃん。

 そして、ふと、思い出したのは私が失恋したと思った日のことだった。気になったので、あの女の人は誰だったのか聞くと、同僚で一緒に見回りをしていたと教えてくれた。私の勘違いだった事と、あの場で見ていたことを知られてしまったので、しまったと顔を下に向けたけど、ぐいっと顎を掴まれて上を向かされる。

「へえ、妬いてたのか」
「な、なによ……だって好きだったんだから仕方ないじゃん!」
「効果大ってわけだな」

 ニヤニヤしながら百ちゃんは上機嫌だった。

「やっぱり百ちゃんは意地悪」

 口を尖らせながら彼を見上げていると、ゆっくりと影が落ちて温かいキスが降ってきた。
 冷たくぽっかり空いた心の穴が、消えていった。




 月日が過ぎた今日も、私は百ちゃんのコタツで変わらない日常を繰り返すのだ。

 みかんの皮を剥いていると、向かいで同じようにコタツでぬくぬくしてる百ちゃんが口を開けた。ひょいっと彼の口に放り込めば、んまいと口をもぐもぐさせながら言った。私が剥いたみかんだからねぇと冗談めかしく言ってみると、そうだなと百ちゃんは微笑む。

 昔に比べて、百ちゃんの笑顔が増えた気がする。そしていつまでも慣れない彼の笑顔に、私は頬を赤く染めて、照れ隠しをするように別のみかんの皮も剥き始める。そんなに剥くと爪が黄色くなるぞって、百ちゃんがフッと薄く笑うので、別にいいもんねーと私も微笑んだ。


「んー?」
「好きだ」
「私は大好き」
「はっ、なんだそれ」

 私たちは、今日も愛を囁く。

「愛してる」
「私も、百ちゃんのこと――――」




 私は、ずっと、これからも、きみの温かさを知る。