冷たくて、温かい

act.6 寒いのは冬のせい




 結局、イルミネーションを見に行って、それだけで終わった。

 あの日、私は告白することが出来なかった。
 ……違う、そうじゃない。

 出来なかったんじゃない。しなかっただけ。


 百ちゃんが、これ以上、心に触れないでって、そう訴えていた。
 するりと滑り落ちた手が、私の頭を撫でると、口元に笑みを作って、

 "やっぱり、お前はいつまで経っても子供みたいだな"

 そう言って私の足元に一本の長い線を引いた。これ以上、入って来るなって。

 だから、私は百ちゃんの妹だからって必死に笑顔作ってその場をやり過ごした。


 大学卒業間近、就活で内定をもらっていた私は、残りの春休みを満喫するようにダラダラと過ごしていた。あの日から、もう二年も経ったのかと未だ昨日の事のように笑う。早めの春休みだけど、まだ外は雪が降ったり冬真っ最中だ。
 卒業旅行をしようと、あっちゃんから連絡を貰ってから、今でも彼女とは一緒に遊んだりしてる。さっきもあっちゃんと電話しながら思い出話に花を咲かせて懐かしいねえ、なんて笑い合っていた。

 お母さんに呼ばれてリビングに行けば、さっき百之助君に会ったわよと言う。未だに私と百ちゃんが仲良くしてると思っている母には悪いが、あれからずっと百ちゃんとは連絡も取ってないし、顔も併せてない。

「で、今日は百之助君が我が家の晩御飯を食べにくるわよ」
「……はい?」

 何がどうなってそうなるの。私が眉間に皺を寄せていると、なによ嬉しそうな顔しなさいよと張り切りながらキッチンに向かう母は笑った。確かに昔は百ちゃん百ちゃん言って私が追い掛け回してたけど、今はもう大人なんだし。ご飯食べたらさっさと自分の部屋に逃げ込むことを考えながら、母に言われた時間まで二時間ある。

 さて、これからどうやって過ごそう。

 テレビを見たり、雑誌を眺めたり、時間潰しをしてみる。うーん、落ち着かない。時間が刻一刻と過ぎていく中、私は自分の部屋に戻って化粧ポーチを取り出す。ほ、ほら…あんまりみすぼらしい顔は良くないから、少しだけ化粧するだけだし。別に百ちゃんに可愛いねって言って貰いたいから、するんじゃない。
 誰に言い聞かせてるのか、私はぶつぶつ言いながらマスカラを手に取った。


 母の言った時間通りに百ちゃんが我が家にやって来た。
 リビングにいた私は、百ちゃんと顔を合わせると、ひさしぶりと小さく呟く。百ちゃんも「あぁ、そうだな」と短く答えた。
 出張でいない父も会いたがっていたことを母が伝えると、百ちゃんは社交辞令みたいな笑顔で笑っていた。

 百ちゃんは私の隣に座ると、母は向かいに座った。
 今日の晩御飯は鍋だったので、三人で仲良くつつく。…と言っても、楽しそうに会話をしてるのは私の母と百ちゃんぐらいで、その二人の会話を聞きながら自分は相槌を打つだけだった。

 食事を終えると、私は直ぐに自分の部屋に逃げ込んだ。部屋に鍵が無いことが悔やまれるけど、こればっかりは仕方がない。階段を上がるときも、母の楽しそうな声が聞こえたからまだ話し込んでるだろうと、窓をちょっとだけ開けて空を眺めた。

「寒いのは冬のせい」

 そう、きっと冬のせいだ。

 ぽっかりと空いたままの心の穴を未だに埋めれない。

 友達といっぱい遊んだり、町田君とデートしてみたり、色んな思い出を作った。
 どれも素敵で、あの時の悲しみがゆっくりと薄れていった。

 でもね、どれも百ちゃんの思い出と塗り替えれないの。

「好き…ずっと、百ちゃんが、好きだった」

 何度も、何度も。想いを口に出しては告げられなかった言葉たち。

「いつから?」
「えっ」

 いつの間にか、私の部屋のドアが開いてて、部屋の壁に凭れるように立っていた百ちゃんは、髪の毛を撫で付けるように掻き上げた。

「……私が、高校生の時。家出した私を百ちゃんが探してくれた、あの時からずっと、」

 好きだった。
 最後は言葉を飲み込んだ。

「ふーん」

 さも興味無さそうに返事をする百ちゃんは、やっぱり大人だった。

 足元にも及ばないぐらい、背伸びしても届かないぐらい、百ちゃんはずっと大人だ。

「ごめん。部屋から出てって…っ」

 視線を反らして私は窓の外を眺める。

 もう、これ以上わたしに触れないで。私の心を、掻き乱さないで。

「なんで?」

 ぎゅっと後ろから、温かいものに包まれる。それは私を包む百ちゃんの腕だった。
 最初は振り解こうとしたけど、すぐにやめた。

「ずるいよ…っ、百ちゃんはズルい。気も無いくせに」
「………」
「……ねえ、」
「………、」
「…なにか、言ってよっ」
「好きだ」
「っ、」

 百ちゃんは私を反転させて向い合せると、噛み付くようなキスをした。