冷たくて、温かいact.3 この熱は消えぬまま百ちゃんには彼女がいた。どうして今まで教えてくれなかったんだろう。 私が聞かなかっただけで、聞けば答えてくれてたのかな。 何十年と続いた片想いに、終止符が打たれた。 「――、聞いてる?」 「……あっ、えっと…、ごめん、何だっけ?」 大学の食堂で昼食に舌鼓をしていると、町田君が心配そうな表情で私の顔を覗き込む。どうしてか私は町田君と同じテーブルでご飯を食べてる。あの日以来、ずっと考え事をするように物事を平面に捉えていた。 「実は遊園地のチケットが一枚余っててさ。よかったら一緒にどうかな?」 「ごめん。今度、友達と遊園地行く約束しちゃってる」 「そっか、残念だなぁ」 眉をハの字にして笑う町田君に、私はしてもいない約束で嘘を吐いた。 昨日はあっちゃんの前で大泣きをしてしまった。泣き腫らした目は元通りになってるけど、昨日の今日で気持ちはまだ落ち着かない。あっちゃんがカッコイイって言ってくれた人が私の好きな人だったことを告白すると、さっさと次の恋しちゃいなよ、と励ましてくれた。 多分、町田君が私にこうやってデートのお誘いをしてくれるのは、あっちゃんが彼に何か言ったからだと思う。でも、ごめん。あっちゃんと町田君には悪いけど、私は未だに未練たらたらなのです。 「じゃあ、今日の帰りに最近オープンしたカフェに行かない?」 「うん、そうだね。それなら大丈夫」 私は何とか取り繕った笑顔で、町田君の誘いを受け入れた。 講義も終えて、町田君の言っていたカフェに足を踏み入れると、結構な賑わいだった。まだオープンし立てだから、お客さんが多いのも納得できる。案内された席に座り、大人ぶってブラックコーヒーを頼んだ。町田君にさんって大人だねって褒められ、私はそうかなと苦笑した。 コーヒーを飲みながら、最近あった面白い出来事を町田君が話してくれるので、それに耳を傾けながら「そうなんだね」なんて在り来たりな返事を繰り返す。百ちゃんへの恋心が早く消えてしまわないかなって、そんなことを考えながら。 カフェを出てからは、特に何かをするわけでもなく近くを散策するように歩いた。たまに町田君の肩や指先が私の手に触れる。気付いてない振りして、私はたまに距離を空けながら彼の横に並ぶ。 もう、いっそのこと町田君を好きになれたらいいのに。 「お前、なにやってんだ?」 えっ。下を向いたままで、しっかり前を向いてなかった私の耳に聞き慣れた声が鼓膜を揺らす。 「……百ちゃん」 「えーっと、さんの知り合い?」 百ちゃんは教師らしい身形で、フードにファーのついたジャケットを羽織っていた。町田君の問い掛けに、私は何も答えられなかった。百ちゃんの射貫くような視線から、逸らすことが出来ない。 「帰るぞ」 そう言って百ちゃんは私の腕を引っ掴むと、ぐいぐい引っ張りながら私を町田君から引き離した。そのまま早歩きで私を連れて行こうとするので、私は振り返り町田君を見る。状況を理解出来ない彼は、その場に置いていかれるように、ぽつんと立っていて、徐々に彼の姿が小さくなり、気付けば見えなくなっていた。 ぎゅっと掴まれた腕が痛くて、堪えながら「ひゃ、くちゃん」と名前を呼ぶ。程なくして百ちゃんから解放され、私は強く握られて熱を持ったそこを反対の手で擦った。 「ね、ねえ……急にどうしたの?」 「あの男は、お前の何なんだ」 「……同じ大学の人」 「言い方を変える。アイツはどういう関係なんだ」 なん、で……。なんで百ちゃんに言わなきゃいけないの。 百ちゃんの言葉ひとつで、浮かれて、喜んで、笑って、泣いて。 こんな時だけ、私を自分の彼女みたいに扱うの、ずるいよ。 「ねえ、私は百ちゃんにとってなに?」 未だ、この熱は消えないまま。 |