冷たくて、温かい

act.2 ため息まで白い




 約束のあと、私は速攻で自宅に戻った。
 急いでノートパソコンを開き、提出期限が来週までになっている課題を急いで終わらせると、あと一つ残っているレポートに手を付ける。まさかこんなことになるとは、数時間前までの私は予測出来ていただろうか。いや、出来るはずがない。三日前からペースを落としてやっていたのが仇となり、意外とやることが多かった。

「最悪だぁ…」

 最初からあんなこと言うんじゃなかったって後悔したところで、もう遅い。
 腹を括って今日は徹夜することにした。

 次の日、午後の講義に出席する為に急ぎ足で歩いていた。
 待ち合わせをしていた友達のあっちゃんと合流すると、あんた目の下に隈があるよと言われる。やっぱり気付くもんなんだなぁと昨日徹夜で課題やってたと言えば、まだ来週まで余裕あるでしょと友達は苦笑する。今回は普段の半分しか進めてなかったと伝えれば、珍しいと驚かれた。

っていつも要領いいじゃん。どうしたの?」
「あー、まあ。うん、怠けてただけ」

 誤魔化すように笑う。百ちゃんに会いたくて、課題進めるの後回しにしてたって言えるはずがない。

 百ちゃんが実家を出て、一人暮らしをするって知った時は、遠かったし会える距離じゃなかった。でも、最近になってまた実家から近いアパートに引っ越してきた。そりゃ会える距離なら会いたくなるよ。

「今日、初雪だって言ってたよ」
「え?そうなの?」
「朝の天気予報で言ってた。まあ、夜なんだけどね」
「へえ、結構早いね。嬉しいなあ」

 寒い環境が得意って訳じゃない。でも、私と百ちゃんの出会いが雪の降る日だった。小さかった私は、林檎みたいに頬っぺたを赤くして。雪の中に溶けるように、百ちゃんは雪の似合う人だって子供ながら思った。
 私がフフっと笑みを零していると、何笑ってんのと友達に突っ込まれる。

「子供の頃を思い出してた。雪の似合う人がいたなぁって」
「へえ、綺麗な人だったんだね」
「うん。とっても綺麗だった」

 きっと、友達は男性ではなく女性を想像してるんだろうなぁ。

「ねえ、午後の講義終わったら一緒に出掛けない?」

 私の誘いに、友達はいいよと一つ返事で頷いてくれた。
 今年のクリスマスは絶対に百ちゃんにプレゼント渡すって決めてるんだから。こっそり下見でもしておこう。心を弾ませながら、私の足取りはとても軽かった。


 プレゼントの下見を終えた私たちは、デートスポットで有名な公園のベンチで女二人、缶ジュースを飲みながら他愛のない話しをしながら足を休めていた。いっぱい歩いたなぁと、目の前を通り過ぎていくカップルに、私と百ちゃんを重ねてみる。うん、悪くない。なんて思いながら口元を緩ませていると、町田君ってのこと好きなんだって、とあっちゃんの爆弾発言に思わず飲んでいたジュースを口の端から零してしまった。

「え……えっ!?」
「ちょっと零れてるよ」

 鞄から取り出したハンカチで口元を拭いてもらいながら、私は驚きと、あの町田君?と混乱する。
 説明しよう、町田君はサッカーが上手くて大学でも有名な所謂イケメン男子だ。数多の女子たちが彼を狙っている。勿論、彼はフリーだ。

「なにそれ。町田君が私を?いやいや、ありえないって」
「アンタが居ない時に、いまさんいる?とか良く聞かれるし。私は有り得ない話しじゃないと思うよ」
「…へえ、そうなんだ」

 ていうか何で町田君が私の事を好きだって断言できるのか分からなかった。言質でも取ったの?と疑っている私に、だって町田君に直接言われたしと、これまたあっちゃんは爆弾発言をする。それ夢なんじゃないのと笑えば、私の言うことが信じられないんだ?と余裕顔のあっちゃん。

「……ジュース、買ってくる」

 居ても立っても居られなくなったので、平気な振りをしながらベンチから腰を上げると財布だけ持って公園の外にある自販機に向かった。お金を投入してさっきまで飲んでいたジュースをもう一度買うと、それを手にあっちゃんのところに戻る。ニヤニヤしたあっちゃんに迎えられて、結局また町田君の話しになっていた。

 彼に気が無いことや、今好きな人がいることを話してみれば、やっぱりかぁと言われる。え、とキョドる私に「たまにスマホ見てる顔がニヤけてた」と指摘するあっちゃん。

「ねえ、の好きな人ってどんな人?」
「んー……年上の人。ツーブロックで、髭がいつも綺麗に切り揃えてあるの。普段からあんまり笑わないんだけど、私だけに気を許してくれる時があって、」

 つらつらと百ちゃんの見た目から性格まで説明する。そして、自分が彼にとって妹のような存在だってことも話した。

 いつまで経っても埋まらない彼との距離を、はやくはやくって追い掛ける自分と、このまま今の幸せをずっと噛み締めていたいと思うもう一人の自分がいる。今が幸せだから、次の一歩を踏み出すことに躊躇してしまう。そんな風に考えていると、段々気持ちが落ちてきたので、もうこれ以上は何も考えない様にしようと下に向けていた顔を上げた。

「…あっ、あの人カッコイイね。でも隣にいるのって彼女なのかなぁ」

 あっちゃんの視線の先には、見覚えのある人。

「……百ちゃん」
「百ちゃん?誰?」

 隣で私に問い掛ける、あっちゃんの声が、遠い。

 隣に並ぶ女の人が、とても綺麗な人だった。
 いつかは、こうなるって分かってた。

 私の知らない場所で、百ちゃんも恋をしていたんだ。


 ――――ため息まで白い。