冷たくて、温かい

act.1 初雪が降るまでに




「百ちゃん、もう直ぐで秋が終わっちゃうね」

 コタツでぬくぬくとしながら、多めに千切ったみかんを口いっぱいに頬張った。
 高校教師の百之助こと百ちゃんは、私の向かいに座って持ち帰っていた小テストに赤ペンで丸をしたりチェックマークを入れたり、忙しそうだった。

「へえ、今の高校生ってこんな問題やってるんだね」
「勝手に見るな。あとお前だって二年前まで高校生だったろ」
「もう二年だよ。月日の流れは早いものですなぁ」
「ババくせぇ」

 普段からこんな態度の百ちゃんだから、高校教師だって知った時の衝撃は凄かった。あんまり笑わないし、笑っても不気味な笑いって感じ。
 でも、こんなでも百ちゃんは女子生徒におモテになるようで、つい最近なんてプレゼントを貰っていた。それを見せびらかすように私の目につくところに置いていたので、ほんとヤな奴って思った。

 ……まあ、私も百ちゃんが好きなので、要するに嫉妬だ。

 一番近くにいるのに、大きな壁が目の前にそびえ立っている。
 手を伸ばせば届く距離。

 でも触れられない。

 高校生だった百ちゃんに小学生の私が、家がお隣の優しいお兄ちゃんって理由で、よく遊んでもらってた。今思えば、遊ばれてた、が正しい気がする。
 私が高校生の時に家出して、心配して探してくれたのが百ちゃんだった。私の事を「お前は俺にとって妹みたいなもんだ」って、ぎゅっとされた時は心臓が壊れるくらい、どうにかなりそうだった。その時、漸く百ちゃんに恋してたんだって気付いた。

「ねえ、百ちゃん」
「なんだ?」
「私の事、どう思ってる?」
「いもーと」
「……ハァ」
「なんだその溜息」

 溜息も出ちゃうよ。だって、今だに百ちゃんにとって私は妹なんだもん。ま、私はまだまだ子供だし。そう思われちゃっても仕方ないよね。はやく百ちゃんにとっての女性なれないかなあ。
 小テストの採点を終えたらしく、プリントをファイルに挟むと仕事用に鞄に入れて百ちゃんはキッチンに向かう。コーヒーを淹れる準備をしながら、お前は単位大丈夫なのかと心配された。まあ、休まず出席してるしレポート提出も期限内にやってるから問題ない。大丈夫だよー、と軽く答えれば、そうか、と短い返事をされる。

「初雪が降る前に、新しいマフラー買おうかなあ」
「じゃあ、俺のやる」

 そういって百ちゃんは寝室から、まだラッピングされたそれを私の前に置いた。

「……ねえ、これって」

 つい最近、このラッピングのやつ百ちゃんの部屋で見たなあって思って、コーヒーカップを片手に持って戻ってきた百ちゃんをジッと見た。

「ああ、生徒に貰ったやつ」
「もうっ、やっぱり!いつもそうやって揶揄う!!」

 百ちゃんからのプレゼントだと思って、期待してしまった私が馬鹿みたい。

 ふんっと拗ねて視線を反らすと、くつくつ笑う百ちゃんの声が小さく聞こえる。昔から百ちゃんは私を喜ばせた後に落とすのが得意だ。それをいつも面白がっている。まあ、相手にされてるって思えばこれも百ちゃんなりの愛情表現なんだろう。勿論、妹としての。

「今度、遊園地行きたい」
「俺にそんな暇はない」
「百ちゃんってそんなに容量悪いの?」
「……は?」

 私が嫌味っぽく言えば、その挑発に乗せられた百ちゃんが一瞬沈黙した後、黒い瞳をきゅっと細くして真顔になる。容量が良い人は時間の使い方が上手な人なんだってー、と聞こえる様にハッキリとした言葉で言ってやれば、ムッと下唇を噛んで百ちゃんは何か考える仕草を見せると、じゃあ来週だ、と言った。

「来週?え?」
「そうだ。来週、遊園地連れてってやる」
「それはちょっと……私もレポートの提出が」
「容量が良い人は何だったっけか」
「………さっきのは無かったことに、」
「来週楽しみだな」

 墓穴を掘ったのはわたしの方だった。