番外編尾形家観察日記心配してたことが現実となってしまった。社畜のプロである百之助がとうとうぶっ倒れてしまったのだ。風邪ではなく貧血なるものだそうで、倒れた拍子に頭ぶつけてたん瘤を作って帰ってきた。頭に包帯を巻いて帰ってきた時は、驚いて変な声を上げてしまったけど、たん瘤だと教えて貰って少し落ち着くことは出来た。 鶴見部長に一週間の有休を貰えたと言っていたが、私は休日全部使って布団でゴロゴロしてて欲しいと心の中で心配する。 先にご飯を食べていた百が、パパどうしたの?イタイイタイ?と不思議そうにしていたので、百之助もそれを誤魔化すように「すっ転んだんだ」と息子の頭を撫でていた。 「あの…ご飯どうする?」 「ん、食べる。……そんな顔するな、ちょっと頭を打っただけだ。寝てりゃ治る」 俺の心配をする前にお前は自分の体を心配してろと言われているようで、これ以上は何も言わないでいようと思った。現在、私のお腹には二人目の子供がすくすくと育っている最中だ。今回は女の子だと言うので、産まれたら百之助さんが滅茶苦茶甘やかしそうだなぁと想像しただけで可笑しくて思わず苦笑する。 百の隣でご飯を食べる百之助さんを見ながら、ほんと親子だなぁと二人の顔がソックリで、口元に笑みを浮かべると頬杖を付きながら眺めた。 食事と入浴を終わらせて百を寝かしつけた後に寝室へ行くと、既にベッドで寝ている百之助さんが静かな寝息を立てていた。隣に潜り込んで、今日もお疲れ様でした、と彼の頭を優しく撫でると普段はセットされてる髪の毛がはらりと彼の額を前髪が隠す。 明日からゆっくりして貰えればいいんだけど、と私は彼の前髪をそっと掻き分けておでこにキスを落とすと彼の隣で目を閉じた。 ◇ 次の日、朝からバタバタしていた私は百を幼稚園に連れて行く為に、家の中を動き回っていた。妊娠中は軽い運動も必要なので、百を常に視界に入れながらキッチンでお弁当を作る。百之助はまだ寝てるから、幼稚園に送り届けて戻ってきた頃には起きてるだろうと予想して、朝食は作らないで出掛けることにした。 何とか時間内に百を幼稚園に送り届けると、私はゆっくりとした足取りでマンションに戻る。玄関を開けて、一応ただいまと声を掛けると「おかえり」と返事があった。リビングへ足を運べば百之助がソファーでコーヒーを飲みながら寛いでいた。おはよう、と挨拶をして朝食の有無を聞けばまだ食べてないと言う。 「トーストでいい?」 「あぁ、何でもいい。今日、買い物に行くか?」 「行くよ。あ、でもその前に百の迎えに行かないとだから」 「今日は俺も休みなんだ。車で全部済ませりゃいいだろ」 「え、でも……」 「俺の場合はいっぱい寝りゃ回復する。ただ家でジッとしてても暇だからな」 「…じゃあ、お言葉に甘えてお願いします」 「普段から甘えろ、まったく」 呆れながらも笑った百之助に、私も自然と口元が緩んだ。 昼食は久しぶりに百之助が作ってくれたので、私は有難く頂くことにした。私が簡単なモノを少しずつ教えてる事もあって、彼自身の炊事スキルは随分とレベルアップしたと思う。腹ごしらえをした後は、ソファーでゆっくり寛ぐ。隣に座っていた彼がそっと私のお腹の膨らみに触れて、お前はいつになったら産まれてくるんだ、と話し掛けていたので可笑しくなってつい笑ってしまった。急がなくても予定日は決まってるんだから、と百之助の頭をよしよしと撫でると気持ち良さそうに私の肩口に顔を埋めてきた。 甘え方がどうも猫っぽくて、くすぐったくなる。前世は猫だったんじゃないだろうかと心の中で私がそう思ってると、いい加減お前を抱きたいと耳元で言われたので私の顔は真っ赤になった。 「えっ、と……子供が産まれたら、ね?」 「そうだな」 二人目を妊娠する前のことだった。百が寝たと思って寝室で夫婦宜しくやってた所に、トイレに行きたいと百がやって来た時は本当に焦った。寝惚けて私たちが何をしていたのか分かっていなかった百は、百之助に連れられてトイレに行ったんだっけ。今思えば、本当にお恥ずかしい話しだ。 「……また、百がトイレ行きたいって寝室に来たらどうする?」 「ハハッ、あれは傑作だったな」 「もう、本当に焦ったんだから…!百之助は普通にトイレ連れて行くし、戻ってきたら直ぐに続き始めちゃうし」 「そういえば次の日に、ママを泣かせてたって言い始めて何の事かと思ったが、俺らがヤってた時のことだったんだな」 「えっ!?百がそんなこと言ってたの!?」 「あぁ、言ってた。俺の足めっちゃ叩いてた」 「はぁ……」 初耳なんだけど、と新たな事実を教えて貰って私は項垂れた。声は抑えてたにしても、子供の百にとっては私が百之助にいじめられてる図に見えたし聞こえたんだろう。今度から子供は優子ちゃん達に預かってもらって、ラブホでも行くべきなのかもしれない…。 時計を見てそろそろ百の迎えだと立ち上がれば、百之助も同じように軽く着替えを済ませると車の鍵と財布を持って玄関に向かった。今日は休日だし髪の毛はセットしないんだぁ、と少し幼く見える彼の姿に笑みが零れた。 幼稚園に迎えに行くと足元に百が抱きついてきたので、直ぐに百之助がひょいっと息子を持ち上げた。 「おい百、ママが転んだらどうするんだ」 彼も私に過保護な所があるので大丈夫だからと苦笑していると、周りに居た先生たちも素敵な旦那さんですねと笑っていた。 帰りに買い物へ行き、スーパーで一週間分の献立を考えながら籠に食材を入れていると、お菓子コーナーに差し掛かった時に百が嬉しそうにそちらへ脚気ってった。最近は駄菓子が好きみたいで、買い物に行くと100円までと言って選ばせている。百の後ろに着いて歩く百之助を見て、息子は旦那に任せてしまおうと私は残りの食材を探しに店内を歩いた。 流石にもう決まっただろうとお菓子コーナーに戻ってくると、珍しく百が駄菓子ではなくグ〇コを2つ持っていた。なんでグ〇コ?と思っていると、百が私のズボンをきゅっと小さな手で握ると、これいもーとの、と片方を私に見せてきた。 「えへへ。これで、なかよくあそぶんだぁ」 嬉しそうに百が私を見上げるので、きっとこれは百之助が息子に何か言ってこうなったんだと察した。堪らなく百が愛おしくなって、頭を優しく撫でた後に「今日は一緒に寝よっか」と微笑む。 最近まで、百は産まれてくる妹の存在に感化されて「ぼく、おにーちゃんだから!」と一人で寝るようになった。たまに怖い夢見て泣きながら寝室に来ることはあったけど、それでも必死にお兄ちゃんになろうと成長してる。 「ママとねてもいいの?」 「うん、いいよ。お兄ちゃんの百にご褒美」 「やったぁ!」 私たちのやり取りを優しく見守ってくれていた百之助も、ママと寝るなら俺も漏れなく付いてくるぞ、と百を揶揄うように笑っていた。 夜、私と百之助の間に百を入れて久しぶりに並んでベッドで寝転がっていた。既に可愛い寝息を立てて夢の中へ落ちた百を眺めながら、百之助に視線を移すと「今日はお疲れ様でした」と色々助けてくれた事にお礼を言う。あのぐらい別にどうってことない、と彼はフッと笑っていたけど素敵な家族サービスだと私は嬉しかった。 スーパーで百がどうしてあんなことを言い出したのか気になったので聞いてみた。 すると、俺は大したことはしてない、と返事が返ってくる。でも、百があんなこと言うなんて、と私が不思議そうにしていると、妹と遊ぶ為にこれ集めたらどうだって言ったと明かしてくれた。 遊ぶって…、ああ、グ〇コのオマケか。小さな玩具だから、産まれたばかりの娘が口に入れたりしないか心配だけど、百を成長させるには充分な一言だったんだと思った。 「ふふ、やっぱり百之助は凄いなぁ」 「凄いのは百だ。俺は何もしちゃいない。そうやって決めたのもコイツだからな」 あなたも充分素晴らしい父親ですよ。そう心の中で呟いて、私はそっと目を閉じた。 これは、私の素敵な旦那様と息子の成長記録なのだ。 |