番外編僕の一番「もうっ、百ってばちゃんとパンツ穿きなさーい!!」 「キャハハ!」 尾形家は本日も日課となる入浴後の大運動会が繰り広げられていた。今日は百之助が息子を風呂に入れる日だったので、体を拭くのは私が担当だ。何故か私が担当した時は大人しくパンツを穿いてくれない。素っ裸でリビングを走り回る百を漸く捕まえた所で、風呂から上がった百之助が髪の毛を拭きながら上半身裸で百の名前を呼んだ。 「ママの言う事をちゃんと聞いてやれ。じゃないと俺が穿かせるぞ」 「……パパはぐちゃってするからヤダ」 「じゃあ、さっさとパンツ穿け」 これが父親の威厳というやつだろうか。柔らかい口調でありながらも、息子を言い聞かせる辺り凄いと思う。私は母親としてちゃんとしなきゃいけないと思ってるんだけど、どうしても百が可愛くて甘やかしてしまうところがあった。そんな彼を見習うように、私は百にパンツを穿かせるとその流れでパジャマを着せた。 それを見届けた彼は同じようにTシャツを着ると、お前も風呂入れよとひょいっと百を片腕で抱えると私を見下ろした。 「このまま、百の寝かしつけ任せちゃってもいいかな」 「あぁ、わかった」 「パパが絵本読むの?ダイジョーブ?」 我が息子ながら、百之助の棒読み絵本を心配している様子に私はクスクスと笑う。何笑ってんだと彼にデコピンされてしまったが、軽くだったので痛くない。読み聞かせに関しては私の方が気に入られているので、彼は息子に下手だと言われて以来、ある意味嫌がらせのように棒読み絵本で寝かしつけているらしい。 「百、今日はパパが面白い話し聞かせてくれるって」 「本当!?やったー!」 「おい、なんだそれ…」 「いいじゃない。絵本以外のお話も聞かせてあげたら?」 すると、百は「パパはママのどんなところが好きなの?」と言った。それに関しては彼の口から聞きたいと思った。私も目を輝かせて彼を見上げると、さっさと風呂に行けと言われる。絶対に私の前では言わないと頑なに口を閉じた彼を見て、渋々脱衣所に向うことにして、明日にでも百にこっそり聞いてみようとほくそ笑んだ。 お風呂から上がった私がリビングを覗くと、まだ彼は戻っていなかった。百を寝かしつけるのに手こずってるのかなぁと息子の部屋を覗けば、そこには同じ顔が二つ、規則正しい寝息を立てていた。ふっと笑って私はこのまま寝かせちゃってもいいかな、と一度部屋から出ると毛布を一枚持って部屋に戻り、百之助に肩から掛けた。 ――――――――――――― これはが風呂から上がる数分前の出来事―――― 面白い話をしてあげたら、というの発言には流石に参った。これといって面白い話の引き出しも無い俺は、百の質問に対する答えをどう伝えようか考えながら、ベッドに入った息子の胸元を優しく手でポンポンとしていた。 「僕はママ大好きだよ」 「…そうか。良かったな」 「でもね、パパも好き。ママの次に好き」 「そうかよ」 俺はあいつの次かよ。ククッと笑いながら漸くウトウトし始めた百を見て、あの答えを言うなら今だろうと思った。眠いのか目蓋を擦る仕草は、あと数秒すれば寝る合図。 「ママの事を一番大切に思ってる。百も同じぐらい大切だ。だから、俺はずっとママに恋をし続けてるんだ」 「……ん、僕も……ママが…す、き……。スゥ…」 今のところ、俺の恋敵は我が息子だな。幸せそうな寝顔を見せる百の髪の毛にそっと触れる。ふわっとした髪質はきっとアイツに似たんだろうな。顔は俺そっくりで笑っちまうが、性格は見事にそっくりな気がする。俺が言い聞かすように宥めた時だって、スンと静かになった表情は、そのままアイツだ。 二人目はまだ考えてないが、百も一人だと寂しいだろう。俺は幼い頃に孤独を味わった。同じ苦しみを我が子にまで味わわせる必要はない。アイツに救われて、一緒になって、百が産まれて、これ以上の幸せはないと思えるぐらいに、俺の心は満たされている。 百を眺めていた俺は一つ欠伸をすると、目蓋がゆっくりと落ちた。 |