47何度だって恋をする尾形さんがロシアに単身赴任で転勤してから約一年が過ぎた。 定期的にくるメールを楽しみに、いつも通り仕事を熟していると白石君から連絡が入る。飲みの誘いだったので、まあ行ってもいいかと場所を聞けば安定のキロちゃんちだった。本当にあの二人はセットというか……。 定時に仕事を終えることが出来た私は、一応尾形さんにメールで白石君とキロちゃんと飲んできます、と報告しておいた。向こうは今何時だろう。寝てるなら返信は来ないだろうと思っていたら、思った以上に返信が早く返ってきたので、えっ、と声を漏らした。 『絶対に行くな。何かあったらシャレにならん』 返信内容に、彼の心配症が窺えてフッと笑みが零れた。ここは彼の言う通りにしておこうと、白石君に断りのメールを送った後は大人しく家に帰った。以前から彼にはボヤっとしていることに何度か怒られたことはあったが、私ってそんなに危機感が無いだろうか……?スーパーのチラシを見ながら、キャベツ安いじゃんと赤ペンで丸していく。 「もう一年……待たなきゃいけないんだよなぁ」 カレンダーを見て彼のことを考えていると自宅のインターホンが鳴る。何だろうとカメラでチェックすると宅配業者だった。何も頼んでいないはずなのに、とエントランスの自動ドアを解錠すると中へ入れる。 直ぐに部屋のインターホンも鳴って、ハイハイと返事をしながら玄関を開けるとお荷物をお届けに参りました、と元気の良い挨拶をされた。 「えーっと、尾形百之助さん宛てなんですがお間違いないですか?」 「あ、はい。家主の名前です」 「ではココにサインお願いします」 言われた通り領収にサインをすると、あざーした!と元気よく去って行った。渡された小包を手に、部屋に戻ると机に置いて眺めた。尾形さん宛てになってたけど、何だろう…。差出人の名前は無い。持った感じ、重すぎず軽すぎず。んー……段々気になってきたぞ。まずは荷物が届いたことを報告してみることにした。 すると、先程と同じように彼の返信は早く、その荷物は私が開けても構わないと教えて貰えた。早速中身確認をすると、可愛らしいマトリョーシカが入っていたのだった。もしかしてロシアに居る尾形さんなりの私へのプレゼントなのかな。 「確かマトリョーシカって……やっぱり開いた」 ぱかっと半分に開けることの出来るそれは、中に同じものが入っている。 あと少しで最後かなー、とまた開けるとそこには小箱が入っていた。明らかにマトリョーシカとは違うそれに、私は何だろうとそっと手に取ると全体を隈なく見た。 「………開けるの怖いんだけど」 ドッキリ大成功みたいなやつだったら嫌だなぁと思いながら、私がそれをゆっくりと開けようとした時、今度はスマホが着信を知らせるようにメロディーを鳴らした。ふええっと変な声を上げてしまい、一度呼吸を整えた後に通話ボタンを押すと、上擦った声でもしもしと答えた。 『もう開けたか?』 「はい……あの、この小さな箱って何ですか?」 『ん、今から説明する。それ持って玄関開けてみろ』 「えぇ?玄関ですか?」 私は言われた通りにしようと椅子から腰を上げると玄関に向かった。ガチャっと扉を開けて直ぐに体は固まった。本当のドッキリ大成功はこっちだと言わんばかりの、彼のニヤニヤとした表情を見上げると、私は口をあんぐりを開けてしまう。 「よお」 まだロシアに居るはずの尾形さんが、目の前にいる。 「………えっ!?ロシアは!?」 「さっさと仕事終わらせてきた」 「…超人?」 「アホか。……で、何か言うことは?」 意地悪な笑みを向ける彼。本当に心臓に悪いことをしてくれる。 「…おかえりなさい」 「ただいま」 玄関前で立ち往生してても寒いだけなので、部屋に入ろうと言う私に彼は「ちょっと待て」と静止を掛ける。彼は私の持っていた小箱をひょいっと奪い取ると、箱を開いて反射するそれが私の視界に入る。それは明らかにダイヤの嵌った指輪。 「今からあの時の続きをしよう」 「あの時の続き……あ、」 戻った時にまた続きを話すと言った海のことを思い出すと、私はすぐに口を噤んだ。 「俺の人生を全部やるから、の人生を俺に全部くれ」 「…はい」 「俺と結婚して…下さい」 「…っ、はい。よろしくお願いします」 彼の緊張したような震える声は、初めて聞いたかもしれない。私の返事を聞いた尾形さんは、安心したように安堵の溜息を吐くと私の左の薬指に指輪を嵌めた。 「……フフッ、指輪がピッタリ。よくサイズが分かりましたね?」 「お前が寝てる間に調べさせてもらった」 「ちゃっかりしてる…」 いつの間にそんなことをしていたのかと、用意周到だった彼に完敗だ。 部屋に入って、私はソファーに座った彼の隣に腰かけると薬指に嵌めた指輪を部屋の灯りに照らして微笑む。 ずっと一緒に居たいとか、隣を一緒に歩みたいとか。今までに何度だって思ってた。本当にそれが現実になると思ってなくて、今でも彼と結婚できる実感がふわっとした感覚でしか感じられない。でも、嬉しい気持ちと彼に対する愛情、幸せだと思う感情は全て本物だ。 隣に座って幸せを噛み締める私を見詰める彼と目が合うと、お互いに照れ臭くなってフッと苦笑する。 「これから俺も仕事頑張らなきゃならんな…」 「私も同じですよ。もう私たちは一人の体じゃないんですから、一緒に頑張ればいいじゃないですか」 「…そうだな。あ、そういえば」 「はい?」 「いつになったらその敬語は抜けるんだ?」 「………えっ、あ、えっと…」 「もう対等な立場なんだ。会社以外では普通にしてほしい」 「が、頑張ります…!」 本当の意味で気持ちが繋がってから、初めての約束事が出来た気がした。確かにもう年上だからと遠慮して敬語になる必要は何一つない。彼の言う対等な立場という台詞に、じわじわと胸の奥が熱くなる。 めでたく私たちは結婚することが決まり、一週間後には婚姻届けを提出した後に祖母や鶴見部長、そして宇佐美さんや優子ちゃんに報告した。式の日取りも決めることとなり、全てが上手くいきすぎて、どこかで落とし穴があるんじゃないかって思ったりしたけど、今度は一人で頑張らなくてもいいんだ。二人で一緒に乗り越えていける。 これからも私は、尾形百之助に何度だって恋をする――――― |