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似た者同士

 これなんてどうですかねえ。

 そう言って窓ガラスに何枚も貼り出された賃貸物件の中から一つを選ぶ。私の指差した間取りを見ると、尾形さんは良いんじゃないのかと言った。あんまり興味無さそうな返事に、多分違うなと思った私は、他の物件も眺める。
 笑うようになったと言っても、元の表情が薄い彼のことは、大体声色で機嫌が分かるようになってきた。

「ウーン……いっぱいあるので迷いますねえ」
「俺は別にアパートじゃなくてもいいんだが……」
「尾形さんは貯金も有りそうなので、少し贅沢してもいいと思いますよ。あ、このアパート安い!なのにトイレと風呂が別々だ!」

 もっと安いのあるじゃんと新居探しにワクワクしながら、少し身を屈めて下の方までチラシを見る。私の隣で頭髪を撫でて興味無さそうに視線を他の場所へ向ける彼に溜息が漏れた。退去日も今年の夏だっていうのに彼は本当にマイペースだ。
 以前は尾形さんの部屋に置く家具を買い替えたけど、全て搬送するのに日程をずらしてもらったのはつい最近のこと。

「尾形さんってなんで今のアパートを選んだんですか?」

 ふと疑問に思っていた。彼の給料を考えれば今住んでいるアパートは安いくらいなのに。もともと彼には拘りとかないのかなぁと考えてみるが、家具が不釣り合いな高級品ばかりだった。

「お前が越してくる少し前に引っ越しは考えていたが、気付いたらそのまま住み続けてた」
「…ふっ、何それ。尾形さんって本当面白い人ですよね」
「広い部屋より、狭い部屋の方が好きなのかもしれんな」
「何となく分かる気がします。無駄に広いのはちょっと……まあ、憧れはしますけど一人で住むってなると寂しいですね」

 尾形さんは顎髭を左手で撫でながら少し考えると、口を開く。

「……じゃあ、一緒に住むか」

 持っていた鞄が足元にドサっと音を立てて落ちた。

 屈んだまま顔だけ尾形さんに向けると、彼は至って普通の表情をしている。安定して何を考えているのか分からない。私と尾形さんが一緒に住むってことだよね…?彼は言葉の意味を分かってそんなこと言ってるのだろうか。
 もしかしてシェアハウス的な意味なのかな……。でも異性同士でそれは色々とマズイんじゃと考えていると、彼は私の鞄を拾い上げるとホラと差し出す。ハッとして受け取ると、わなわなする口を何とか動かした。

「あの、それって、プライベートな空間を…共有しちゃうことになりますよ?尾形さんのストレスになると思いますけど………」
「そういった事は気にしない。家具もが部屋で過ごしやすいように新調しただろ」
「確かにそうですけど、それは私が部屋に入っても気にならないようにしてくれただけじゃないですかっ」

 私が中々頷こうとしないので、彼は俺と一緒に住むのは嫌なのかと言ってきた。その聞き方卑怯じゃないですか。うっと言葉を詰まらせる私を、尾形さんはジッと見詰めると頭髪を撫で上げて小さく息を吐いた。

「別に今すぐ決めなくていいから、引っ越しまでには返事だけは聞かせてくれ」
「わ、わかりました…」

 熱の集まる顔を見られたくなくて、さっと背を向ける。
 最近の尾形さんは何を考えているのか分からない。もともと分からないんだけど、更に底の見えない感じになっている。仕事中に頭をわしゃわしゃ撫でてくるし、外食も連れてってくれるし……あれ、なんか餌付けされてる気が……しなくもない。

 キュルルル。

「おい、お前の胃に飼ってるやつが鳴いてるぜ?」
「すみません…!」

 こんな時でも食欲は衰えることを知らない。恋愛したら相手の事を考えすぎて食事も手につかないってよく聞くんだけど、それって本当は嘘なんじゃないの……。

「あそこのファミレス入ってもいいですか…」

 私の指差すファミレスを見て、彼はそちらへ向かって歩き出した。返事は無かったがOKだという合図だ。
 入店して窓際の席を確保すると、早速メニューを開いて食べるものを選んでいると、尾形さんはホットコーヒーも一緒に注文してくれと言う。まあ食べるのは私だけだし、彼は飲み物だけでいいのだろう。食べるものを決めると店員を呼んで注文した。若い女性店員が注文を取った後、チラッと尾形さんを見て頬を染めていたのを私は見逃さなかった。

「尾形さん、また女の子を一人虜にしちゃいましたね」
「何がだ?」
「気付いてないんですか?尾形さんって結構会社でも外出先でも女性の視線を集めてるんですよ」
「……気にしたこと無いな」
「じゃあ尾形さんって周りからの好意に、意外と鈍感なのかもしれないですね」

 フフと笑って、そんな彼も可愛いなあと思っていると、尾形さんは私を見てお前も似たようなもんだなと言われた。私も周りの好意に気付かないタイプなのかもしれないってことかな。だけど尾形さんみたいに誰かから視線を感じることは無いし、あるとするなら尾形さんと良く目が―――――――
 気付いて私は一人で慌てて顔を伏せた。いや、まって…尾形さんとよく目が合うって何!?

「お待たせ致しました。ご注文のパフェとフライドポテト、ホットコーヒーでございます」

 注文した商品が届いて、私はそれを受け取ると直ぐにパフェを口に運んだ。火事になりそうな顔を鎮火しなくちゃ…!

「美味いか?」
「美味しいですよ!やっぱチョコバナナパフェは最高ですね!」
「そうか。良かったな」
「えへへ、幸せです」

 尾形さんはコーヒーを飲みながら、頬杖をつくと私の食べっぷりを眺めていた。あんまり見られるのは恥ずかしいんだけど、パフェのアイスが溶けちゃわないように手を止めることはしなかった。

「それ、一口くれ」
「あ、はい。どうぞ」

 私は新しいスプーンを手に取って差し出す。尾形さんは受け取って、アイスを掬うのかと思えばそっとテーブルに置いた。食べないのかなとテーブルのスプーンから視線を上に向ける。
 すると、そこには口を開けて「ん」と待つ彼の姿があった。

「……えっと、そのお口は一体」
「それで食わせてくれ」
「……ええっ!?」
「さっさとしないと溶けるぞ」
「は、はい…!どうぞ!」

 一掬いしたアイスを尾形さんの口元に持っていくと、それをぱくっと食べられた。舌舐めずりをして「甘いな」と呟いたあと、満足したのか彼は乗り出していた体を戻す。
 どうしてこうなったんだと私の手は宙に浮いたままで、スプーンをきゅっと握り直すと残りのパフェを食べた。

 やっぱり尾形さんは良く分からない…!



―――――――――――――――――――



 ファミレスに入ってから、男性客の視線はに向いてた。

 入店して直ぐに気付いた尾形は、チッと彼女に聞こえないように舌打ちをすると席に着く。目の前でメニューを眺めながらニコニコしている彼女を見て、あぁコイツ本当に気付いてないんだなと、視線を店内に向けた。尾形と目の合った男性客は直ぐに視線を逸らしたのだが、それでもチラチラと彼女を見る視線は無くならない。

「俺はホットコーヒーでいい。一緒に頼んでくれ」
「はーい。じゃあ私はパフェとポテト食べちゃお。すみませーん!」

 店員を呼ぶと注文するに、早くあいつらの視線に気付けと尾形はジッと彼女を見た。注文を終えて、彼女がスッと視線を尾形に向けると、ニヤニヤしている。


「尾形さん、また女の子を一人虜にしちゃいましたね」

 彼女の言っている意味が分からなくて、何言ってんだと思っていると「尾形さんは鈍感ですね」と静かに笑いながら指摘する。お前も似たようなもんだろと返せば、彼女はキョトンとした表情になって、何か考える仕草を見せた後は勝手に顔を赤くして下を向いてしまった。の百面相は見慣れたものだが、それでもコロコロ変わる表情は尾形にとって新鮮だった。

 店員が食べ物を運んでくると、彼女は早速パフェを食べ始める。相変わらず良い食いっぷりを披露するを見て、フと弓形に口元に笑みが浮かんだ。

「美味いか?」

 幸せそうな顔をして美味しいと答える彼女に、尾形はふと思った。何となくテレビを点けて流していたドラマで、彼女が彼氏にパフェを一口食べさせるシーンがあったことを思い出すと、尾形はその真似事でもしてみるかと一度姿勢を正す。

「それ、一口くれ」

 すると彼女はいいですよと返事をして、予備で置かれていた未使用のスプーンを尾形に差し出す。予定通りにいかないのは相手が彼女だからだろう。とりあえず受け取ると、それを自分の目の前に置いて、口を開けてみた。
 これで気づかないなら、相当鈍感なのかもしれない。

 「ん」と少し前傾姿勢で待っていると、本当に彼女は良く分かっていなかった。仕方なく食べさせてくれと言葉にすると、漸く理解したのか慌てふためく。茹蛸になっていく彼女の顔を見ながら、意外と脈ありかと心の中でほくそ笑むと、スプーンで一掬いしたアイスを目の前に差し出されたのでぱくりと食べた。

 甘いものは嫌いではないが好んで食べたりしないので、口いっぱいに広がったバニラとチョコの甘さに喉が渇くと、コーヒーでその甘味を流し込んだ。

 チラッと見た店内で、彼女に向けられた視線はもう無い。

 鈍感な彼女と鈍感な彼の、そんな日常。