34月島主任初めて月島主任と顔を合わせた時の第一印象は、超不愛想だった。「待ち侘びたよ月島主任。見舞いの時に伝えた事を覚えているだろうか」 「大変ご迷惑をお掛けしました。これからまた精進いたします。―――の件は覚えてますので、今から引き継ぎをしてきます」 挨拶を終えて直ぐに月島主任は私を連れて別室に移動した。初対面だったので改めて自己紹介をしてみたものの、静かに「…よろしく」と返される。 月島さんはファイルから何枚か紙を取り出すと、一番最初に見ているのは私の履歴書だった。その次に別の用紙を見ながら私に視線を何度か向けるので、少しずつ緊張感が高まっていく。 「キミの仕事ぶりは鶴見部長から聞いていたが、入社してまだ間もないのに、ここまでやっていたのか。あの方も喜ぶわけだ」 「……前の会社でも似たようなことしてたので、最初は見様見真似でしたがコツを掴んでからはスムーズに作業ペースを上げれるようになりました」 「じゃあ問題なく引き継げそうだな」 「あ、いや……はい」 「どうした?」 「…どうして私を指名したのかなって疑問に思ってて」 「キミの能力が買われたからじゃないか?」 私よりもっと素晴らしい先輩達が居るはずなのに。 気持ちをしっかり持って、さっそく始まった引継ぎ説明に耳を傾けた。業務内容は今やっている営業事務が主体となり、外回りは鶴見部長の取引先との会合のみ付き添いで問題ないと言われた。スケジュール管理も別の人がやるらしく、私はそれを聞いて緊張で上がっていた肩が下がる。 「ちなみに俺の異動はまだ部下たちに未報告になっているんだ。口外だけはしないように」 「はい、わかりました。私が今やってる業務はそのまま続行して良かったんですよね?」 「ああ。俺の分まで引き継ぐことになるが、やれそうか……?」 「……なんとかなると思います。ペース配分は管理出来るので、期限ギリギリという事は今のところ無いですね。まだ新人なので抱えてる仕事量は他の人より少ない筈ですから」 「そうか。それを聞いて安心した」 話が終わると、私たちは営業部に戻る。 今日一日は月島さんの隣の席をお借り出来ることになった。……と言っても華沢さんの席なんだけど。私の斜め前に尾形さんが居て、思わず其方に視線を向けると目が合ってしまった。 「なんでがそこに座ってるんだ…?」 「俺の仕事を少しずつさんに預けることになってるんだ」 「……は??」 「……え、えへっ」 完全に尾形さんが不機嫌になってしまったので、空気を和ませる為にペコちゃんみたいなポーズを取ってみたけど無言の圧を掛けられた。 「こいつ他の奴らの仕事も任されたりして、結構カツカツだと思うぞ」 「そうなのか?」 「大丈夫です!今後は月島主任から引き継いだ業務だけやりますんで!」 「お前のその言い方は大体信用ならん」 「うっ……」 確かに引き受けるなって言われておきながら、未だに頼まれればやってる。尾形さんにバレないようにコッソリやってたんだけど、やっぱり彼にはお見通しだったらしい。 「……俺から鶴見部長に言って別の人に頼むか」 「で、でも…っ」 「月島、俺にもお前の仕事を寄越せ。別に誰がやっても同じなら俺でもいいだろ」 「そりゃ構わんが、一応鶴見部長にそのことは通しておくぞ」 「問題ない。こいつがぶっ倒れたら俺の仕事が余計に増える」 私の為に仕事を肩代わりしてくれようとする尾形さんに、いいんですか?と恐る恐る聞き返す。すると、彼の大きな手が私の頭を掴むとわしゃわしゃと髪の毛を乱した。 「ちょ、ちょっと何するんですかっ」 「お前は気にするな」 そんな私たちを見ていた月島さんは、珍しいものでも見たという顔で切れ長の目を大きく開くと、尾形さんに「お前変わったな」と言った。何も変わっちゃいないと言う彼に、月島さんは表情が柔らかくなったと指摘する。まあ、確かに初めて会った時より笑ってくれるようになった。私もウンウンと頷いていると、今度は尾形さんがきょとんとしてしまう。 「他人に言われなきゃ自分の事なんて分かんないもんですよ」 「まあ、俺も昔に比べれば、友人から落ち着いたと言われるしな」 月島さんの言葉に、私がええっ?と反応をする。すると尾形さんは「月島は昔の女のことで一度警察沙汰になってる」と言った。言ってることは理解出来るのに、全く意味が分からない。今の彼から想像も付かない内容なだけに。 「尾形、それ以上は言うな。プライベートなことだぞ」 「ははぁ」 上司であるはずの月島さんに対してこんな態度が出来るのは、仕事の付き合いが長いからなのだろう。引継ぎの半分を肩代わりしてくれる尾形さんに感謝して、月島さんが今までファイリングしていた資料や、顧客・取引先企業データの入ったUSBを受け取る。途中、月島さんは鶴見部長に呼ばれて少し話した後戻ってきて、今から外回りに行ってくると荷物を纏め始めた。 「あの、私はまだ付いて行かなくて大丈夫ですよね?」 「ああ、今日は引継ぎだけだからな。まずは事務処理が完了してから、最後に外回りの引継ぎをする。悪いがどう振り分けるか二人で話し合ってくれ」 「分かりました、お疲れ様です!」 「あぁ、わかった」 早口で言って鶴見部長とオフィスを出て行く月島さんを見送った。 「行っちゃいましたね」 「ああ。戻って来るまでにデータ確認して担当する企業と顧客を選ぶぞ」 「は、はい!じゃあ尾形さんの隣に行きますね!」 尾形さんの隣が月島さんの席なので、移動すると横からノーパソを覗き込んだ。開いたデータにずらりと並ぶ顧客量は半端じゃない。多分、私の今担当させてもらってる3倍はあるんじゃないだろうか……。一人で全部引き受けなくて良かった。 「……凄い量ですね」 「だから一人で引き継ぐなって言ったんだよ」 「仰る通りです…。あの、どう振り分けますか?」 「なるべく俺が男性客の対応をする。お前は女性客に絞ってやればいい」 「…成程、それはいい考えですね。異性間だと何かしらのトラブルが付きそうですし」 現代の日本は、男女平等と謳われながらも完全にそうなったわけじゃない。今でも男尊女卑の風習が根強く残っていることもある。それは集団ではなく、個人の問題でもあるのだけど人間社会で良くあることだった。 特に私みたいな若者は、同世代や少し上の世代ならまだしも、それ以上となれば嘗められる可能性は多いにある。 「……そうなると、こんな感じだろうな」 「ですねえ。でも尾形さんの方が少し多い気がしますけど大丈夫ですか?」 「俺はいい。お前より仕事は出来る」 「うっ……確かにそうですね」 ちょっと気遣えばこうだ。尾形さんも私に頑張り過ぎだと言える立場ではない。 今後は祝いの席や会合がある度に色んな企業に顔を出して、なんとか会社の顔として自分を覚えてもらわなきゃいけない。慣れるまでは月島さんが付き添ってくれそうだけど、無理な場合は華沢さんとか……? まあ、来月からの話しになってくるだろうし、今は事務処理のことだけ考えよう。 「今後の為にも、美味しいものいっぱい食べとかなきゃ……」 「お前いっつもそれだな」 だって食べてる時が一番幸せなんだもん。 |