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プチ作戦会議…?

 結局食事どころでは無くなった私と尾形さんは、アパートに真っすぐ帰ると状況整理をするように私の部屋でマンツーマン会議が始まった。

 初めて入店した喫茶店のマスターが土方グループの取締役社長で、尾形さんは会合や合同企画会議で何度も土方さんと顔を合わせた事のある関係だった。私は初めて社長の顔を見たので、今までテレビで出ていた社長らしき人は影武者だったのかと混乱する。

「……また顔出しますねって言っちゃった…どうしましょう尾形さん!?」
「行かなきゃいいだろ」
「そうだけど…そうなんだけどコーヒーめっちゃ美味しかったんですよ!」
「一瞬で味覚を懐柔されてんじゃねーか」
「すみません」

 まだサンドイッチもナポリタンも食べてないのに、初来店で終了とか悲し過ぎる。私がピアスなんて落としてなきゃ、知らないまま通って全メニュー制覇出来たかもしれないのに。

「涎出てんぞ」
「……じゅるっ。すみません」
「ハァ……まあ、いい。あの爺さんに会わなきゃいいだけだ」

 私には土方さんがどんな人なのか分かんないけど、マスターの時の彼は本当に優しい目をしていた。だから尾形さんの言う「頭の切れる策士ジジイ」って言葉が想像出来ない。

「鶴見部長も土方さんにお前は会わせることはしないだろ」
「えっと、それは何故ですか?」
「お前の能力を買われたら、絶対に引き抜かれるぞ。実際に何人か持ってかれたんだ」
「そうだったんですね……。でも私が引き抜かれるとか想像できないです」
「あの企業は俺たちの居る会社より給料が相当良いからな」
「え!?私たちの会社よりも!?」

 今でも十分貰ってるお賃金が、もっと上がるとか……。

「おい、目が泳いでんぞ」
「あ、いえ。何でもないです……」
「……お前、まさか変なこと考えてないだろうな」
「違います!絶対に違いますから!」

 必死で否定すると、尾形さんの完全に据わった目に少し尻込みする。
 確かにお給料がいっぱい貰えるのは嬉しいけど、私は尾形さん達のいる今の会社が一番好きだし、何より仕事に遣り甲斐を感じているから絶対にクビになるまで働くって決めている。

 今更辞められないし、辞めるつもりもない。

「みんなと離れたくないです。今の職場が好きなんです」
「……俺も、お前と一緒に働けて毎日が楽しい」
「ありがとうございます。私もですよ、尾形さん」

 にししっと笑ってコーヒーのおかわり作りますねと立ち上がる。でも、尾形さんの指先が私の服の裾を摘まむと、腹減ったと言った。まるでお腹を空かせた子供みたいに見えて、クスクス笑いながら渡しそびれていたオカズ入りタッパーを袋から取り出すと、じゃあ一緒に晩御飯食べましょうかと準備を始めた。
 お茶碗にご飯を注いでいると、尾形さんも一緒に箸を並べたりと手伝ってくれた。食器棚の皿の配置も覚えていた彼は、取り皿もそこから取り出すと運ぶ。

「なんか私の部屋が尾形さんの第二の部屋って感じになってますねー」
「まあ、の部屋で食べるか飲むかしてるからな。あとは外食するかのどっちかだろ」
「確かにそうかも。私も尾形さんの部屋だとコーヒー頂いてますけど、部屋数も構造も同じなので勝手が出来ちゃいますよ」
「トイレと洗面台の場所は、どっちの部屋に行っても間取りが一緒だから困らねえな」

 そういえば優子ちゃんが尾形さんは気を許した人しか部屋に入れないって言ってたけど、あれって本当なのかな。ご飯を食べながら尾形さんをチラッと見る。なんとなく気になって軽く咳払いをした後、そのことについて聞いてみた。すると確かに誰も入れたことがなかったと、本人も今知ったように少し驚いている。

「あの……私、入っちゃいましたけど良かったんですか?」
「なんでだ?」
「いや、なんか……いつか尾形さんの家具を、私が思い切り転んで壊しそうな気がするので」
「壊すつもりなのか」
「こ、壊しませんよ!壊したら弁償じゃないですかっ。それに尾形さんの部屋の家具って見るからに高そうですもん……!」

 普通じゃお目に掛かれないような海外ブランドがちらほらあったので、正直彼の部屋に上がるのは緊張する。「精々玄関止まりですね」と口を尖らせていると、じゃあ捨てるかと彼の口からあり得ない言葉が飛び出した。流石に私も目を丸くして何言ってるんですか!?と机をバンッと叩いてしまう。

「気になるなら、お前が気にならないようにするだけだ」
「いや、そうじゃなくて!捨てるぐらいなら私にください!大切に使いますんで!」
「………別に構わんが」

 速攻で交渉成立した。
 じゃあ新しい家具はお前が選べと言うので、今度お店を回りましょうと提案した。尾形さんって言うことがあまりにも無茶苦茶な時があって、その度に私の心臓がひやりとさせられる。

「じゃあ、尾形さんの今の家具と似た色合いと質感のモノを選びますね。でも……本当にいいんですか?別に私に合わせなくてもいいのに」
「どうせお前しか部屋に入れる気はない。だから好きにしていい」
「……っ!」

 いやいや待って。なにそれ超恥ずかしい……。
 尾形さんにひやりとさせられる瞬間のもう一つはこういう所だ。

 こんっな恥ずかしいことをサラッと言っちゃうんだからさあ……モテるはずですよ何なの尾形さん好きです……。

「これ食っていいのか――――おい、何赤くなってんだ?」
「食べてください!どんどん食べちゃって!顔が赤いのは、最近暖かくなってきたからだと思います!」
「……あ、あぁ」

 急いでご飯を口に掛け込むと、お味噌汁でそれを流し込んだ。
 ゼェハァ肩で息をする私にもう少し落ち着いて食えよと言う彼の口元は、ほんのり笑っていた。

「尾形さん、おかわりありますからね。残りの白米が三合ほど」
「お前じゃねえんだから、そんなに食わねーよ」

 そして彼にまた笑われた。