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嫉妬と同情に似たなにか

 ついに始まった外回りの仕事も、何とか華沢さんの力を借りて問題なく進められるようになった。既に契約済みの取引先にも挨拶に行き、挨拶を済ませると時間は丁度12時過ぎだった。どこかでランチをしようと華沢さん行きつけの洋食屋に入ると、私はいつも通りパスタとピザとピラフの三種の神器を注文する。それを見ていた彼女は、フと笑うと噂通りねと笑っていた。

「噂通りって……あ、私の大食いですか?」
「うん。尾形君から聞いてたから。すげえ食べるから気をつけろよってね」
「ひえ……お恥ずかしい限りです」

 彼女のする尾形さんのモノマネは結構似ていて、ちょっと笑ってしまったが言われた内容は流石に恥ずかしかった。なんでそんなこと言ってしまうんだと、ここに居ない尾形さんに心の中で覚えてろよと思いながら、届いたピザを食べ始める。良い食べっぷりねと大口で食べる私を見て彼女はクスクスと笑う。
 彼女の食べているサンドイッチを見て、あまりの小食さに私は本気で心配になっていしまった。

「あの……それで足りるんですか?」
「私、あんまり食べれないからいつもお昼はこれぐらいよ。とは言っても、今までの生活でそうなっちゃったから仕方ないんだけどね」

 苦笑しながら可愛らしいお口で食べる華沢さんは、外回りでどうしてもお昼を食べる時間が最初の頃は無かったと教えてくれた。尾形さんも大食いではないが、きっと同じような感じだったんだろうと安易に想像が出来た。

「あの……華沢さんは尾形さんと同期なんですよね」
「ええ、そうよ」
「新人時代って、どんな感じだったんですか?」
「それは尾形君の事かしら?」
「……はい」

 そうねえと、彼女は懐かしむように微笑むとコーヒーを飲みながら語ってくれた。

「最初の頃はすっごく不愛想なくせに、外回りの仕事で契約取って来る時は超嘘っぱちな笑顔なの。今の彼からは想像出来ないかもしれないけど、一癖も二癖もあったし空気読めないから、直ぐに私と口喧嘩になってたし……懐かしいなあ」

 私の知らない尾形さんを、彼女は知っている。
 彼の事を知りたいと思った私は、彼女の話に耳を傾け、次第に苦しくなる気持ちを耐えながらグラスを持つ手にきゅっと力を込めた。

「でも彼ってば顔は良いじゃない?だから女の子からすっごくモテるのよ。私からしたら、なんでこんな不愛想が良いんだって思ったけど……いつの間にか私も彼に惹かれてた」
「そうなんですね……」
「だから、本社で再会した時に彼氏と別れたって言って彼を飲みに誘ったの」

 どうなったと思う?と彼女が苦笑しながら私を見詰めてきたので、分かりませんと少しだけ声を小さくして返事をした。彼女は言葉にしなかったが、彼とそれなりの関係になっていたんだと言っているように聞こえた。

「じゃあ、あいつらも誘うかって言って、さん達を見てたのよ」
「…え?」
「空気読めないのは相変わらずなんだなって思ったけど、彼が私に一線を引こうとした言葉だって直ぐに気付いた。私には見せてくれなかった表情を、今の彼はしてたの」

 すると、彼女の目から涙が零れ落ちた。

 彼女が心のどこかでまだ尾形さんを見ていることは分かる。こんな風に涙を流すのは、まだその想いが思い出に変えられないからだ。
 そっとハンカチを彼女に渡すと、ありがとうと言って受け取り涙を拭う。掛ける言葉が見つからないのは、彼女に対する嫉妬なのか、それとも自分も彼女同様に想いを寄せているから同情したのか。

「私ね、最初から頑張ってみようと思うの」

 後半から彼女の恋愛相談を受けているような気もするが、私はただ頑張ってくださいとしか言えなかった。恋はいつだって前途多難である。



 会社に戻ると直ぐに、宇佐美さんに書類をお願いされたので取り掛かった。先程泣いていた華沢さんはいつも通りの顔で同僚たちと楽しそうに話してる。まあ泣かれたままだと私が泣かせたみたいになっちゃうから、彼女の強さに感謝した。

「明日から俺出張だから、書類チェックは尾形に見てもらってもいい?」
「あ、はい。わかりました。何日ぐらいの予定なんですか?」
「一週間、大阪に行ってくる。尾形には引継ぎしてあるから安心していいよ」

 宇佐美さんはそう言うと、定時よりも早い時間に退社した。出張準備があるとか言って慌ててたけど、大変そうだなぁ。
 横の席にいる野々村さんをチラッと見ると、私と同じように宇佐美さんを見ていたが、何故か小さな溜息を漏らしていた。

「……どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
「え、何でもないって感じじゃなかったよ」

 明らかに態度のおかしい野々村さんが気になって、私じゃ相談できない?と本当に心配になって顔を覗き込んだ。

「……あとで話すから、仕事終わりに駅の喫茶店行こ」
「分かった。急いで仕事終わらせるね」
「私も頑張るわ」

 漸く話す気になってくれた彼女に、頑張ろうねと親指をグッと笑顔を向けると彼女も同じように笑っていた。


 仕事が終わって、一緒に駅の喫茶店でコーヒーを飲みながら世間話をしていた私たちは、野々村さんが先程の悩みを話す気になれるまで待った。話すこと30分、本題に入るように彼女は「あのね、」と頬を染め始める。え、なに、どうしたの。

「……どうしたの?」
「宇佐美さんって、彼女居たりするのかな…?」
「…は??」

 彼女の口から出てきたのは宇佐美さんの名前だった。しかもめっちゃ乙女の顔してる。尾形さんラブだった彼女が、今では宇佐美さんに惹かれている事を知って、私は驚きでしかなかった。いつの間にそんな風になってたのと聞けば、私も最近気付いたのよっと顔を真っ赤にして言う彼女はとても可愛かった。

「えーっと……おめでとう?」
「まだ付き合ってないんだから、その言葉は後に取っときなさいよ」
「はい、すみません」

 だから宇佐美さんが早めに帰っちゃった時、寂しそうな顔してたのかと理由も分かり私は少し嬉しくなった。尾形さんの時はあんなにムキになってた彼女が、宇佐美さんが好きだと言った時の表情はまるで初恋でもしたような女の子だ。

「…何ニヤニヤしてんのよ」
「ごめんって。でも、まさか野々村さんが宇佐美さんを好きになっちゃうなんて、想像もしてなかったから不思議な感じ」
「私だって戸惑ってるのよ?こんなはずじゃなかったのにって」

 以前、彼女が宇佐美さんが邪魔してくると愚痴っていたのを思い出して、もしかして宇佐美さんが野々村さんを好きでそんなことをしてたのかなぁと推測する。じゃあこの二人が引っ付くのも時間の問題じゃないかと、彼女の幸せを思うと笑みが零れた。

「私もちゃんと白状したんだから、ちゃんも何か教えなさいよ」
「えぇー……教えるって言っても、何もないんだけど」

 実際に私は彼女に隠すようなことはもう無い。
 だから適当に世間話をしてみると誤魔化してると怒られた。

「尾形さんとはどうなのよ。近況報告ぐらいしてくれてもいいんじゃない?」
「いつも通りだよ。まあ、仕事が始まってからは話す機会も徐々に減ってるけど、気持ちは変わってないかな」
「ならよかったわ。何かあったら絶対に相談してよ?ちゃんは一人で考え込む癖があるんだから」
「はいはい、わかりましたよ。お嬢様の仰せのままに」
「分かればいいのよ、ふふ」

 相変わらず野々村嬢は、押しが強い上に的確に私の性格を言い当てる。

 でも、自然と私も笑みが零れた。