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キャットファイト…?

 新人歓迎会なるものが始まり、居酒屋を貸し切って始まった宴は大盛り上がりだった。

 尾形さんは追加の商談が入ってしまい、遅れて参加することになりまだ来ていない。まだ見たことの無い人も居たので、ねえあの人誰?と参加して直ぐに隣で飲んでいた野々村さんに声を掛ける。

 野々村さん曰く、ちゃっかり他の課も混ざって飲みたい人が参加してるだけだと教えてくれる。確かに知らない人も居る……。
 大いに盛り上がる中、まだ来ない尾形さんを待つようにカウンターで一人飲んでいると、もう誰なんだよお前と言いたくなるぐらい知らない人達が隣に座って話し掛けてきた。

「飲んでる?さん」
「あ、はい。オレンジジュース美味しいです」
「オレンジジュースって……おこちゃまじゃないんだからさ。ほら生ビール」

 ジョッキを手渡され、飲んで飲んでと既に出来上がった顔で言ってくる先輩達に煽られて、それを口につけた。本当はあんまり飲みたくなかったんだけど、こうも言われちゃ飲まざるを得ない。
 野々村さんは他の男性社員に捕まっていて、まだ戻ってくる気配はないし、宇佐美さんまでその中に混ざってる。一人ぼっちで飲んでたらこうやって他の先輩達が構ってくれたので有難いけど……。ただ、誰かわからん先輩が私の肩に手を回してくるので、ここまで絡んでこられるとアハハと愛想笑いするしかないし、いい気分はしない。

さんが営業部に入ってくれて良かったよー」
「いえ……私なんかまだまだですよ」
「仕事も出来るし、いつも明るいし、何より可愛い!」
「は、はあ…」
「…で、彼氏居んの?」

 段々この状況が面倒臭くなってきた私は、居ませんよと笑いながら肩に回された手を払い除ける。誰か助けてくれと願いながら鶴見部長を見たけど、他の部署の部長だか課長と盛り上がっていた。
 耐えろ私、耐えるんだ…!

「出た出た、ああやって良い顔してれば構ってもらえると思ってる女」
「きゃはは、聞こえちゃうよー」

 同じカウンター横から聞こえたその声に、私は一瞥すると、誰だか分かんない女子二人組がいた。すみません、ハッキリと聞こえてます。
 既に酔っぱらっている先輩たちはアルコールのせいで耳が遠くなっているのか、まったく聞こえていないご様子。一体どこの部署の子たちなんだともう一度チラッと顔を見てみるが、絶対に営業部の社員じゃない。
 この新人歓迎会って絶対に入社祝うための会じゃないよね、知ってたけど。

「どうしたの?さん、眉間に皺寄ってるよ」
「最初からこんな顔でしたけど」
「そ、そう?じゃ、じゃあ俺たちはあっちで飲んでるから…」

 私が凄い剣幕してたんだろうなと、逃げていく先輩達を見てそう思った。これも同性、そして新人としての洗礼なのかと思うぐらい彼女たちは私に聞こえるように何か言っていた。会話の端々に尾形さんの名前が出てくるので、なんだよ尾形さんファンかよと心の中で悪態を吐く。

「ホントうざい」
「会社から消えろ」

 ごめん、野々村さん、宇佐美さん。そして良く思ってくれている先輩達。
 心の中で皆に謝罪して、私はカウンターの椅子から立ち上がった。

「あの、何か私に言いたいことがあるん――――」
「アンタたちさっきからネチネチとうざいのよ」

 私の言葉を遮るように、野々村さんはそう言い捨てると持っていたグラスをカウンターにダンッと置いた。ひっ!とんでもないカードを召喚した気分だ…!

「なによアンタ。関係ないんだし引っ込んでてよ」
「どこの部署か知らないけど、文句だけ言いに来たならご退場願えますか?居るだけで空気乱してるとお気づきじゃないようなので」
「野々村さん、私は大丈夫だから」
「あんたは少し黙ってて!」
「ハ、ハイ…!」

 なんで私まで彼女に怒られてるんだ。
 女同士の壮絶な言い争いに、バトルスタートを宣言する銅鑼が私の心の中で鳴った。

ちゃん、こっち」
「宇佐美さん…!ど、どうしましょうこれ…っ」

 ちょんちょんと肩を突かれて、私を非難させるように宇佐美さんが何歩か後方に下がらせる。助けを求めるように彼を見るが、何故かそれを最後まで見届けるような空気を出していた。いやいや止めて下さいよ。

「野々村って本当にちゃんが好きなんだねえ」
「言ってる場合じゃないですよ。これ止めないと……しかも周りが気付き始めてるし」

 野々村さんVS他部署の女子の戦いを何だなんだと野次馬が集まるように視線が注がれ始める。しかも誰もそれを止めない。ぎゃあぎゃあ言い合うそれは、段々とヒートアップしていくと他部署女子の一人がついに野々村さんに手を上げてしまった。流石にこればっかりは営業部の先輩が止めに入ってたけど、何故か顔をビンタされた野々村さんはニヤリと笑った。
 野々村さん……ドMなの?

「私に手を出したってことは分かってるんでしょうね。どんな処分が下されるのか楽しみだわ!」
「この女…っ!さっさと会社辞めろ女狐!」
「コワーイ。狸が何か言ってるわ」

 勝敗は決まったのか、他部署女子の二人は鞄を掴んで店から出て行った。シーンとなった店内で、私はハッとなり店の外に出ると「お勘定忘れてますよーー!!」と叫んだ途端、どっと店内が湧いた。え、なにと戻った私にこんな時までお勘定とかどうかしてると野々村さんに笑われてしまい、周りの人達も同じように笑っていた。
 変なこと言ったのかな……。

「あら、盛り上がってるわね」
「華沢さんお疲れ様です。あと尾形さんも」

 途中参加の二人が現れると会場がまた盛り上がり始めた。
 華沢さんの後ろから顔を覗かせた尾形さんにも会釈をし、あの辺空いてますよと指差して教えると、ありがとうと良い匂いをさせて華沢さんは他の社員にお疲れーと言いながら行ってしまった。

 尾形さんも其方に行くのかと思っていたけど、何故か私の隣に立ったままで、カウンターに視線を移すと座りませんかと聞いてみた。
 二人でカウンターに座って、とりあえず水を一杯飲み始めた尾形さんに、再度お疲れ様ですと言えば後ろの座敷で野々村さんが宇佐美さんに、先程ぶたれた頬に消毒をされている姿を見て何かあったのかと言った。

「まあ、色々と…。野々村さんがめっちゃ男前でかっこよかったです」
「……はあ、よく分らんが色々あったんだな」
「そうですね。ちょっと疲れましたけど、彼女が友達で良かったって思いました」
「そうか」

 何か飲みますかとメニューをさっと目の前に出して聞くと、お前と同じで良いと言われたのでオレンジジュースを頼むと流石にそれはないだろと止められた。結局ウーロン茶を飲む尾形さんの隣でオレンジジュースを飲む私は、周りを見て個性の強い人が多い部署だと思った。
 尾形さんも個性の塊なんだけど、野々村さんも宇佐美さんも、あと鶴見部長はヤバイ。最近になって聞いた話だと、階段で足を滑らせて尾てい骨にヒビの入ったまだ会った事のない月島主任については話題となった。生真面目で仕事もストイックに熟しているという鶴見部長の片腕である月島さんも相当ヤバイ人なんだろうと思う。

「私、大丈夫なんですかね……」
「どうした。悩みがあるなら聞くぞ」
「周りの個性が強すぎてどうしたら…!」
「お前が言うな」
「えぇっ?」

 呆れている尾形さんの横顔を見て、なんだよウーロン茶飲む横顔もイケメンかよと思うのだった。