24大型新人登場…?午後から始まった作業は、午前中と違った。作業と言うより、目の前に出された資料に目を通した上で、華沢さんを取引先のお客様に見立てて、その商品をアピールするものだった。 三つの中から一つを選ぶと、私は一生懸命商品のメリットデメリットを伝えて、無難な言葉を選んで締め括ると、華沢さんは「じゃあこれも説明して頂戴」と言う。いや待って、その中から選べって言ったのは嘘だったのですか。 完全に流れが三つとも商談する感じになっている。拒否は出来ないので、残り二つも目を通して私は一つ疑問に思った。最初の練習でその商品として不完全さを感じていた。 最初は分からないまま説明してみたけど、残り二つに改めて目を通した時、全体が繋がってしっくりきたのだ。 「あの、華沢さん。一つ質問していいですか?」 「どうぞ、何かしら?」 「この資料って、最初から三つなんですか?」 「……どういうこと?」 「いや、なんか……これって、実は三つで一つなんじゃないかなって思ったんです、けど……」 恐る恐る彼女を見てみると、目をパチパチさせて此方を見ていた。的外れなことを言ってしまったのかと思い、すすすすみません!出しゃばり過ぎました!と頭を下げると、クスクスと笑い声が聞こえた。下げていた顔をゆっくり上げると彼女は嬉しそうに「合格!」と言った。 「あ、えっと……合格って…?」 「そのままの意味よ?あなたは合格ってこと」 「………はあ、どうもありがとうございます?」 頭の上にクエスチョンマークを沢山並べている私に、華沢さんは「さて戻りましょうか」と立ち上がった。営業部から少し離れた未使用の会議室を使っての練習だったけど、不完全燃焼な気分で私も立ち上がり会議室を出る。彼女の後ろをついて行きオフィスに戻ると、早速鶴見部長に報告しにいった華沢さんを離れた所で見詰めていた。 なんだか二人が楽しそうに話していたので、まあ上手くいったのかなと少しだけ安堵する。 こっそり私のところにやってきた宇佐美さんが、ちゃんすっごい気に入られてんじゃんと言った。気に入られているかどうかは分からないけど、早くみんなと一緒に仕事が出来そうかもと、そんな期待はしていた。 「あの、尾形さんは何処に行ったんですか?」 姿の見えない彼を目で探していると、新人連れて商談に行ったと教えてくれた。野々村さんの時もそうだったけど、尾形さんって本当は面倒見が良いんじゃないかと思う。 「そんなに寂しい?」 「いえ、私の知らない尾形さんがここには居るんだなって思うと、ちょっと不思議な気分で…」 「まあ、尾形が働く姿なんて見たこと無かったもんねえ。ちゃんも頑張って食らいついていかなきゃね」 「はい、頑張ります」 宇佐美さんが自分のデスクに戻るのと入れ違いで華沢さんが私の所に戻って来る。早速だけど明日から営業事務の仕事から初めて貰うからと言われ、目を点にする私と同じように周りの先輩方もざわついていた。 野々村さんと宇佐美さんをチラッと見れば、何故か二人は親指を立ててグッとしている。 もしかして、とんでもないことになってる……? 初出勤の良いところは、誰よりも先に上がらせて貰えることだ。帰りの電車の中で揺られていると、LINEの通知が入る。見なくとも誰か分かるそれはやっぱり、と野々村という名前を見て苦笑した。 『お疲れ様!ちゃんが帰った後、オフィスが結構騒がしかったんだから!』 「……どういうことなの」 とりあえず「なんで」と返す。次に返ってきた彼女の返信を見て、どうやら営業部の先輩方に私は歓迎されている様子なのは理解出来た。明日からまた頑張るねと送った後は携帯を鞄に仕舞うと、久しぶりに頭を使う仕事したなあと小さく溜息を吐いた。 次の日、出勤すると営業部の人達が私におはようと嬉しそうに挨拶してくれる。少し上ずった声で挨拶を返すと自分の席に着いた。痛いくらいに刺さる視線は、明らかに期待する何かだと分かる。一体何を期待されてるんだと両手で顔を覆うと机に肘をついた。 「おい、どうした」 「あ……尾形さん、おはようございます」 「もしかして具合悪いのか?」 「いえ……そうじゃないんですけど…」 指の隙間からチラッと視線を出勤している先輩達に向けると、それに気づいた尾形さんは「あぁ…なるほどな」と言って私の肩をポンポンと叩いた。尾形さんを見上げて私は汗がだらっだらと全身を流れ始める。 え、なに。その諦めろって顔は何!? 「まあ俺から言えることは、何もない」 「職場の先輩として何か言って下さいよぉ…!」 「すまんな」 ついに尾形さんにも見放されてしまった私は、おはよーと明るい声で現れた野々村さんという最強の布陣が現れてカッと目を見開いた。 「え、なに、その顔怖いんだけど」 「営業事務の先輩として、色々と教えてね野々村さぁん…」 「え、なんで私なの?華沢さんは営業側だし、教えるなら宇佐美さんじゃないかしら。あと私まだ新人だし」 「あ、そっか。…いや、それでも野々村さんの方が私より先輩なんだから困ったら助けてね」 「まあ、出来ることなら助けてあげるけど、あんまり期待しないでよ?」 「うん、ありがと」 私たちが話していると、宇佐美さんも出勤してきたので挨拶する。今日から頑張ろうねぇと軽いノリで言ってくる宇佐美さんの声は、緊張していた私の鎮静剤になった。軽く言っちゃってるけど、きっと宇佐美さんも凄く優秀なんだろうなあ。 朝礼を終えると、華沢さんに私と宇佐美さんが呼ばれた。野々村さんの予想通り、私の営業事務としての先輩は宇佐美さんだと言われる。宇佐美さんに宜しくお願いしますと頭を下げて、早速仕事内容の説明をしてもらった。最初から難しい事はさせられないからと、簡単な資料作成から教えてもらった。 前の職場で請求書の作成はしたことがあったので、何となく思い出しながら宇佐美さんの説明通りに業務を進めていく。カタカタとキーボードを叩きながら、出来た請求書は印刷で出していいと言われ、印刷機の前で待つ。一応最初の出来を見てもらわないといけないので、出来た書類を宇佐美さんにチェックしてもらうと、へえ凄いじゃんと褒められた。 「作業ペースも思った以上に速いし、今のところミスもない。うん、じゃあそのまま残りの分も頼んでいいかな」 「分かりました。一応、確認しやすいように枚数を決めて宇佐美さんの机に置いておくので、チェックお願いします」 「オッケー。じゃあお願いね」 直ぐに自分の席に戻ると、隣から凄い視線を感じてそちらに向けると、野々村さんと目が合う。どうしたのと聞くと、ちゃんって何者なの?馬鹿じゃなかったの?と結構失礼なことを言われた。 「……多分、前の職場で似たようなことしてたからじゃないかな」 「そっかぁ。まあ即戦力として申し分ないぐらいだわ。午前中は頑張りましょうね」 「うん、頑張ろうね」 彼女にも一応認められたようで安心した私は、久しぶりの仕事にちょっとテンションも上がってキーボードを叩く指の爪が思い切り挟まり「ぎゃっ!」と声を上げて恥ずかしい思いをしたのだった。 |