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前に進みたいから、あなたに

 帰りは東京に戻る佐一の車で一緒に帰った。
 後ろの席で段ボールに入った沢山の野菜が揺れる。また会社の人にお裾分けしないとなぁと苦笑していると、佐一にやっと笑えるようになったなと言われ、はい?と聞き返した。

「だって、俺と再会した時なんてぜーんぜん笑えてねえんだもん。口の端がめっちゃ引き攣ってた」
「……だって婆ちゃんに心配掛けたくなかったし」
「なーに言ってんだよ。婆ちゃん絶対に気付いてたぜ、ずっとお前の事見てきたんだから、お前の強がりも嘘もお見通しだろ」
「わ、わかってるよ…!でも私もやっぱり素直になれないからさぁ」
「おっ、ちゃんは自分が素直じゃないことに気付いてたんでちゅかー」
「佐一むかつく。バーーカ」
「お口が悪いですこと」

 二人でケラケラ笑う。道中の会話は飽きることなく楽しかった。歳も一つ違いだし話しやすいってのもあるんだけど、佐一は昔から私を笑わせる才能があるっていうか、ツボ押さえてるんだよなあ…。
 私は、佐一に今年からちゃんと社員として会社勤めをすることを報告しておいた。へぇーどこの会社だよと聞かれ、会社名を教えると彼は一瞬だけハンドル操作を間違えて車体がぐらついた。

「ちょ、ちょっと佐一!?」
「わ、わりぃ!あまりにも有名な大手企業だったか吃驚してさ……でも、すげぇな」
「んー……私が実力で入社したって感じじゃないんだよねえ」
「もしかして誰かのコネ?」
「コネとも違うんだけどー……それに近いかもしれないけど、どうなんだろう」
「まあ、よく分かんねえけど良かったじゃん。東京戻ったら一緒に飲んだりしよーぜ!」
「えぇっ、佐一酒癖悪そう」
「別に悪くねえって。ほどほどに飲んでるし」
「そう?じゃあ、いいけど」

 連絡先を交換して、また連絡するからなと嬉しそうに言われた。子供みたいな笑顔で笑う癖に、彼は立派な大人になっていた。まだ小さかったあの頃とは違う。鍛えられた体は服の上からでも分かるぐらいに胸筋がある。確か、尾形さんもこのぐらい体を鍛えていたような気がする。いつかの尾形さんの風呂上がり上半身裸事件を思い出し、体中の熱が顔に集中すると耳まで赤くなった。
 そんな私を見て佐一は、お前何一人で赤くなってんだよと怪訝そうな表情を浮かべたのだった。



 東京に着いたのは陽も落ち始めた夕方だった。
 アパートの前で降ろしてもらい、荷物をトランクから取り出すと野菜の箱も下す。

「本当に部屋まで運ばなくて大丈夫か?」
「大丈夫。このぐらいなら一人で運べるから」
「分かった。無理だけはすんなよ」
「あんがと!また連絡する!」
「おー、飲み行く話忘れんなよー」

 佐一は車に乗ると軽く手を振って帰って行った。
 姿が見えなくなるまで見送った後、振り返ると階段のところから私を見下ろす尾形さんと目が合った。お久しぶりですと挨拶した後、さっきまでのやり取りを見られていたのかなと不安になる私に、彼はいつもの調子で「おかえり」と言ってくれた。

「ただいまです。あ、また婆ちゃんから野菜貰ったんで、これでオカズいっぱい作りますね」
「ん、楽しみにしてる。……で、さっきの男は?」

 やっぱり見られてたんだ…。
 別にやましい気持ちがある訳でもないし、部屋で話しますと言って先に荷物を運び入れるために荷物を持つ。一番重そうな野菜の箱を抱えた尾形さんにお礼を言って階段を上ると、私は玄関の鍵を開けた。
 中に入り、荷物を置いてもらった後、彼に温かいお茶を出した。

 何となく、私は台所を仕切りに立ったままお茶を飲む。

「さっきのは、前にお話ししたイトコの杉元佐一です。私が茨城に行った日に彼も来てたみたいで……まあ、久しぶりの再会でした。高校以来だったので」
「お前、あいつの事好きなのか?」
「ブフウッ!!!な、なに言ってるんですか…!そんなことあり得ませんから!」
「汚ねえな」
「す、すみませ……じゃなくて!尾形さんが変なこと言うから!」
「俺の所為かよ」
「そうですよ」

 ムゥと口を尖らせる私に、婆ちゃん元気だったか?と彼はこちらを見た。ずっと畑の世話を手伝ってましたよと私が話すと、相変わらずそうだなと彼も苦笑していた。
 もう畑弄りが趣味みたいなもんなので仕方ないですよと私も笑みを零す。

 ふと沈黙が流れた後、私は閉じかけた口を開いた。

「尾形さん、私の話しを聞いてくれませんか?」
「……言ってみろよ」

 なんとなく、彼に全てを話したいと思った。
 私の兄のこと、両親のことすべてを話した。佐一は家を知る身内の一人で、両親の墓参りにも付いてきてもらったことも、何もかも隠さず話した。

 知ってほしかった。
 尾形さんが私に話してくれたように、彼にも私の事を…知ってほしいと思った。

「泣かないんだな」
「だって、泣いたって仕方ないじゃないですか。もう家族は帰ってこないですし、時間も戻らない。でも…尾形さんに聞いて欲しかったんです。それが私の我儘だってわかってるんですけど……すみません」
「謝るな。俺もお前の事は何も知らないままだったから、お前が昔のことを話したいと思える相手が俺で良かったと思ってる」
「……はい、ありがとうございます。私も尾形さんで良かったです」

 私はえへへと笑いながら、少しだけ熱くなった目元を堪えるように下唇を噛んだ。

「明日でまた新しい年がくるな」
「そうだ、新年ですよ!正月!お餅と雑煮とおせちと食べるものがいっぱいあって困りますね」
「どうせ全部食べるんだろ」
「分かります?ちゃーんと今日中に買い置きして、ゆっくり部屋でお正月を満喫しますんで!」
「今日から三箇日は暇なのか?」
「ええ、もちろん!予定なんてこれっぽっちも、」
「じゃあ、初詣行くか」
「……えっ?」

 彼の口から初詣という言葉が出たことに私は驚いた。あんなに人混み嫌ってたのに……どうしちゃったの尾形さん…!?

「近くの神社だったら甘酒配ってたな」
「えっ!?そうなんですか!?」
「行くか?」
「行く!」

 なんだか上手く話に乗せられた気がしなくもないけど、甘酒が飲めるなら行くしかない。ってことは屋台も沢山並んでるんだろうなあ。想像して口の端から涎を垂らしていると、尾形さんに「デブになるぞ」と言われてしまった。

 た、確かに最近太った気が……しなくもない。