19

クリスマス・イヴ

 クリスマス当日、結局誰と予定もあるわけでもなく私は家の中でのんびりと過ごしていた。雪も降ってイブじゃん恋人たちの日じゃんと、呟いては一人虚しくなった。

 今日は野々村さんが尾形さんに告白すると言っていた日だ。
 本当は私も彼と過ごしたいなあ、過ごせたらなあと思っていたけど、中々口に出すことが出来なくて結局お一人様のクリスマスだ。
 ピロンッと音がしてスマホを確認すると、今から会って来るねと野々村さんからメールが入る。そっか…今から告白するのか……。最近の野々村さんと尾形さんって、少しだけ打ち解けたような雰囲気見せてたし、実は脈ありだったりするんじゃないかと私の胸中は台風並みに大荒れだった。

 テレビの電源を入れても、どの番組もクリスマス特集をしている。画面内に映り込む人、ヒト、ひと。家族連れも居れば、仲睦まじいカップルの姿もある。

「いいなぁ……。あーーー七面鳥食べたくなってきた」

 いつもの考えすぎからの空腹に腹の虫は今すぐ出掛けようと訴えてくる。スーパーに七面鳥っぽいものなら売ってるだろうと高を括って財布とスマホを手に、ダウンジャケットを羽織り玄関に向かう。
 クリスマスと言えば美味しい料理!いざ出発!


 玄関を飛び出して、肌寒い空気を頬に感じながらスーパーまで歩いて行く。
 何度かスマホが鳴るので確認すると、告白の実況中継でもやってんのかってぐらい野々村さんが詳細に報告してくる。一応既読は付けて読んでますよーってアピールはしておいたけど、どうにも返事をする気になれない。
 スーパーに到着し、真っ先に惣菜コーナーに行けばクリスマスフェアで美味しそうなオードブルが置いてあった。七面鳥も見付けて、一人で食べきれるだろうと丸々ひとつを購入する。帰ったら早速食べるぞーと意気込んでスーパーの袋を片手に歩いていると、前方から物凄い勢いで此方に向かってくる人物が一人。
 どう見ても、それは先程まで私に実況中継をしていた野々村さん本人だった。

 絶対に今から変なことに巻き込まれると気付いて、電柱か何かに身を隠そうとしたけど、完全に彼女の視線は私を捕らえている。

ちゃーーーーん!!」
「ぎゃっ!?」

 突進する勢いで抱き着かれてしまい、一瞬後ろによろけると両足で踏ん張り耐える。
 バッと私を見た彼女の顔はどこかスッキリしていて、嗚呼もしかしてお付き合いでも決まったのかと察する私に、超笑顔で「振られちゃった!」と明るい声で言った。
 あまりにも不釣り合いな彼女の態度と台詞に唖然とした顔で見ていると、なにその顔超不細工だよと言われた。知ってるけど面と向かって言わないで悲しいから。

「振られたのに、なんか嬉しそうな顔してる、よ?」
「うん。なんか告白出来ただけで満足しちゃった。まあ振られちゃったんだけど、不思議と悔しくなかった」
「……そう」
「でも、私は尾形さんの事まだ好きだから諦めない」
「へえ……えっ!?」

 どんだけ鋼のメンタル持ってるんだこの子。

「あと、ちゃんにも負けないから」
「……何言って、」
「私知ってたよ。ちゃんが尾形さんを好きなコト。それでも私はちゃんと友達になって良かったって思う。私の我儘かもしれないけど、私はこれからも友達のままでいたい」

 いや、その……案外野々村さんって男前ね?

 彼女の言葉に私も自然と笑みが零れる。

「私も野々村さんとお友達になれてよかったと思ってるよ。結構強引なところあるし、何言ってんだって思うこともあったけど、それでも一緒に居て楽しいから」
「褒めるか貶すかどっちかにしなさいよ。……はぁ、上手くいくと思ってたんだけどなあ」
「でも、諦めないんでしょ?」
「そうなの。私は諦めの悪い女だから」

 ニッと笑って私の手を引いて歩き出す彼女に、さっき七面鳥を買ったことを話すと私も食べたいというので二人でアパートに向かった。着いた時には駐車場に尾形さんの車もあって、折角だから呼ぼうかなぁと何となく彼の部屋のインターホンを鳴らす。
 姿を見せた彼が、私とその隣に居る野々村さんを見て目を見開いていたから、ついおかしくて笑ってしまった。

「尾形さんも七面鳥食べませんか?」
「…は?」
「スーパーで買ったんですよ。だからお誘いに来たんですけど」
「俺が言いたいのは、なんでこの女が居るんだってことだけだが」
「ひどーい!私が居たら何か都合悪いんですか?」

 まあまあと二人を宥めて、食べるなら部屋で待ってるんで来て下さいと伝え、私と野々村さんは先に部屋に上がることにした。鍵は開けておいたので彼も勝手に入ってくるだろうとテーブルに七面鳥を広げて、二人で美味しそうだねとテンションが上がった。
 温かいコーヒーを用意して、二人で飲みながら待っていると玄関の開く音がしたので覗くと、やっぱり来てくれた尾形さんの姿に私は口元を弓形にする。
 彼にとっては不本意かもしれないけど、私と彼女の関係はどうやら切っても切れない縁があるようだ。

 尾形さんにも温かいコーヒーをお出しして、早速七面鳥を切り分けて三人で食べることにした。

「美味しい…!なにこれめっちゃ美味しい…うぅっ」
「食べるか泣くかどっちかにしなさいよ。汚いわねぇ」
「ん、美味いな」

 私は、ほかにも何か食べようと、昨日作り置きしておいたシチューを温める。二人もその匂いに気付いて食べたいというので、シチューはあっという間に完売してしまった。

ちゃんって料理も出来るんだねぇ。意外かも」
「一応食堂で働いてるんですけどね」
「確かにそうね。私はお菓子ぐらいしか作れないなあ」
「女子って感じするね。今度野々村さんのお菓子食べさせてよ」
「いいけど美味し過ぎて腰抜かさないようにね」
「あははっ、腰抜けたらアパートまで運んで帰ってね」
「いやよ。自分の足で帰ること!」

 私たちの会話を聞きながらコーヒーを飲んでいた尾形さんは、お前ら仲良いんだなと呟く。そして私たちは目を見合わせたあと彼を見て、声を揃えて笑った。

「「だって友達だから(だもの)」」



 夕方になりそろそろ帰るという彼女を見送った後、尾形さんも部屋に戻るというので少し待ってて下さいと言って部屋からラッピングされたそれを手にして戻る。これどうぞ、と言って渡したクリスマスプレゼントを彼が受け取ると、その場で開けてもいいか私に聞いてきた。

「どうぞ、開けちゃってください」
「ん………、マフラーか」
「はい。冬の間は付けれるし、尾形さんって寒がりだから無難なものを選びました」
「ありがとう。明日から着ける」
「……はい」

 気恥ずかしくなって、つい下を向いてしまった私に、彼はそのマフラーを巻いてほしいと言った。弾かれたように顔を上げると、無言で私にマフラーを差し出す彼の姿。ゆっくりとそれを手に取ると、背の高い彼が少し前かがみになって私の巻きやすい体勢になってくれたので、焦ることなく首に巻いてあげることが出来た。

「……肌触りが良いな。温かい」
「良かったです。色も尾形さんに似合ってますね」
「俺は何も用意出来てなかったから返すものが無いんだが……」

 いいんですよ別に。そう返して私は苦笑した。最初から私が彼に片想いしているし、プレゼントも私が勝手に用意したものだ。だからお返しだって求めようと思ってない。
 なるべく尾形さんが気にしないように、年末の事を話題に出した。

「年末頃に、また茨城行ってきますね。結局台風の日は婆ちゃんとゆっくり出来なかったので」
「分かった。俺は年末も仕事があるから今回は付いて行けないが、気を付けてな。婆ちゃんに宜しく伝えといてくれ」
「わかりました。尾形さんも仕事頑張って下さい。じゃあ、また明日」
「ああ、明日な」

 玄関を出ていく彼を見送り、静かにドアの閉まる音が部屋に響く。

 私は、これからも貴方の隣に居ることを許してくれますか。


 そっと心の中で呟いた。