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わたしのおともだち


 私は、野々村優子。

 入社したばかりの社員で、教育係の尾形さんに恋をする乙女だ。周りの女性を敵にしてでも、彼を手に入れたいと思ったのは、ある噂を聞いてからだった。

 尾形さんと食堂スタッフのがとても良い関係だ、と。

 気になって尾形さんと宇佐美さんの後を追い、噂通り彼女と仲良さそうに話していた二人に私はすかさず声を掛けた。牽制のつもりでやった行動も効果があったのか、彼女は私と尾形さんを見て呆然としていたのを今でも覚えてる。

 花火大会のポスターがロビーの掲示板に貼り出された次の日、私は直ぐに尾形さんを誘った。断る彼に、何度も一緒に行きましょうと頼み込んだけど彼は頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。
 だから当日は、わざと書類ミスをして彼と残業デートをした。けれど、普段からミスしてもただ指摘して修正を求めるだけの彼が、その日に限って凄い剣幕で私に説教してきた。そこまで怒ることなのかと思ったけど、やっぱりその時ばかりは彼の逆鱗に触れてしまったのだと思い反省した。
 それでも彼は何だかんだ言って私に懇切丁寧に修正箇所を的確に指示する。そして花火が打ちあがるのを見て、酷く切ない顔をした彼の横顔が忘れられなかった。

 仕事終わりに、事前に調べていた彼のアパートを覗いてみると、駐車場で誰かと一緒に花火をする姿を目にし、思わず言葉に詰まった。

 隣に居たのは、だ。
 ただの噂だと思っていたそれは、本当の事だったんだと分かり、私はどうにかして尾形さんを自分に振り向かせようと考えて、周りの人間関係に取り入ることから始めた。

 エレベーターで帰ろうとする彼女を見掛けて、声を掛けた私は友達になってほしいと頼み込む。これも私の計画の範囲内のことで、彼女は渋々OKしてくれたけど、本心は他の女の子たちと一緒だと分かった。

 自分が周りからどれだけ嫌われているか知っている。
 だから、もういいやって我儘になることにしたら、もっと嫌われていた。

 そう思っていたはずなのに、協力してほしいという私の言葉を彼女は分かったと頷いてくれた。それが嘘だとしても、尾形さんに近付けるならそれでいいやって思った。最初から気付いてるの。彼女は尾形さんが好きで、私と同じように彼に想いを寄せる一人なのだと。




「あの子、本当尾形さんと毎日喋ってうざいよねぇ」
「わかるー!今度、料理にゴミ入れて文句言ってやろうよ」

 トイレの鏡で化粧直しをしていた私は、後から入ってきた彼女たちの会話を黙って聞いていた。あの子とは即ちのことだと気付き、口紅を塗っていた手を止めると化粧ポーチに仕舞って、同じように隣で化粧直しをする彼女たちへ向かって「女の嫉妬ってコワーイ」と言ってやった。
 彼女たちも自分たちが言われていると気付いて、不機嫌な顔を此方に向ける。

「あんたにだけは言われたくないんだけど!」
「死ねよブス!」

「ブスにブスって言われてもねえ。あ、そうそう。あの子に何かしたら私が許さないから。手を出すならその証拠突き付けて尾形さんに報告してあげるね」

 にっこりと自分の最大限のスマイルを向けて言ってやると、彼女たちは言い返せないのか黙った。尾形さんに声を掛けて貰えなきゃ会話も出来ないような女が、あの子の文句言ってんじゃないわよ。
 あの子を泣かせるのも、怒らせるのも、それは私の役目なの。

 同じ土俵に立てたと思って勘違いしないでよ。

「最初から相手されてないアンタの味方なんて誰もいないんだからね!」
「さっさと会社辞めろ!」

 言い捨てるようにトイレから出て行った彼女たちに、アッカンベーと舌を出してトイレから出ると「お前もやるねえ」と声が聞こえた。
 振り返ると宇佐美さんがハンカチで手を拭きながら男子トイレの前で、その一部始終を見ていたのだ。

「お前らの会話、すげえ聞こえてたけど」
「……すみません」
「謝ることじゃないって。それに今のお前、最高にかっこよかったと思う」
「え?」

 宇佐美さんの言葉に、私は少しだけ許された気がした。
 自分のしてきたことなのに、自分がそうしてきたことなのに、彼は否定もせず笑う。尾形さんが好きな気持ちは変わらないけど、それでも宇佐美さんの笑顔がいつまでも消えないのは、私の心に変化があったんだと思った。

 ちょっとずつ宇佐美さんの事がかっこ良く見えてきて、私も結構薄情なやつだなと思ったのは、つい最近の話し。







ちゃん!お待たせ!」
「待ってないけど、お好み焼き食べたいから直ぐに行こう」
「相変わらず食い意地凄いんだから…」
「お好きなように言ってどうぞ」

 彼女に連絡をすると、出掛けるというので私も一緒に行くと半ば強引に付いてきた。警戒心を少しずつでも解いてくれているは、私にとって本当のお友達になってくれそうで嬉しかった。

 だけど、彼女への意地悪は忘れない。
 尾形さんを見掛ければ引っ付くし、それを見たの呆れた顔を見るのも私の楽しい日課になっていた。

 今では私の中で""という存在は、大切なお友達なの。

「あ、ウンコ踏んだ!!」
ちゃん汚い!」

 そして相変わらず騒がしい。