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友達の定義

 秋の訪れを感じる頃、私は暖房器具を準備していた。

 敷き終えたホットカーペットの上に寝転ぶと、やっぱ最高だなぁと柔らかな毛の感触を確かめるように、体全体をスリスリと擦り付けた。
 結局、試験を受けていない私は不合格な訳で、いつ頃退職させられるんだろうと日々恐怖に怯えながら出勤している。
 何故か私の行動を鶴見部長に知られており、この前のように私を社員にしようと誘ってきた。しつこいぐらいの勧誘を受けたけど、私の気持ちが未だに其方に向こうとしないのは、やっぱり尾形さんへの罪悪感からくるものだった。

「はぁ……焼き芋食べたい」

 考え事をしているとお腹は空くもので、自然と出てきた言葉にごくりと喉を鳴らす。

 この辺って焼き芋売ったりしないのかな。スーパーでたまに焼き芋の機械を置いて販売してるみたいだし、ちょっと行ってみるかと体を起こすと財布と携帯を持って玄関に向かう。
 玄関を開けた所で、冷たい風が入り込んで体がブルッと震え、やっぱり羽織るものは必要だと部屋に戻って薄手の上着を羽織った。
 新調したショートブーツを履いて、待ってろよ焼き芋と、心の中で戦場に行く気迫で玄関を開けると同時に携帯から着信音が鳴る。こんな時で誰ですかと液晶を見ると、会社に勤めて初めてのお友達、野々村さんの名前だった。

「もしもし」
『あっ、ちゃん?今日暇?』
「いえ、暇じゃないです。今から焼き芋買いに行くんで」
『ええっ!?それって暇って言うんじゃ、』
「それでは、また今度」

 半ば強制的に通話を切って、さあ焼き芋だと一歩踏み出せばまた携帯が鳴る。次は誰だと液晶を見ると、またまた野々村さんからだった。少しテンションを下げて通話に出ると、切ることないじゃない!と涙声で文句を言われた。

「え、だって…なんかすみません?」
『私も今からそっち行くから!待ってて!』
「えっ、まって!それはちょっと―――」

 今度は私が言い終える前に彼女が電話を切ってしまった。尾形さんと付き合いたいから協力してくれてと言われて早一ヵ月。私が協力しなくても彼女は自分からアピールしに行ってるのでいいのではないかと、その一ヵ月の間に彼女を観察して思った事だった。
 彼女がアパートにやって来るまで、階段下で待っていると誰かが降りてくる気配がした。そちらに視線を向けると自然と目が合う。

「尾形さん、お出かけですか?」
「あぁ、買い出しだ」
「もしかして自炊ですか?」
「いや、そうじゃない。洗剤類が切れた」

 そうなんですねえと返事を返す私に、お前はこんな所で何やってんだと聞かれる。
 野々村さんを待ってるんですよと答える私に、明らかに嫌そうな顔になる尾形さんは、もう見慣れてしまった。そんなに彼女が苦手なのかと少し前に理由を聞こうと思ったが、流石にそれは野々村さんが可哀想だと思い、今でもその理由は分からず仕舞いだ。
 まあ、人には向き不向きもあれば、好みも千差万別だろう。彼の中で私はどの位置にいるんだろうと考えていると、私の名前を呼ぶ野々村さんが現れた。彼女も既に尾形さんがこのアパートに住んでいる事は知っていたので、待ち合わせ場所を常にアパートの前にしたがるのを私は渋々了承していた。

 彼女の声に反応した尾形さんはそそくさと駐車場に移動しようとしたけど、彼を見付ける野々村さんの方が一足早く、尾形さーん!と嬉しそうに駆け寄っていた。この光景も見慣れたなあと、私は少し離れた場所で二人を見ていた。

 最初は「離れろ」「引っ付くな」「うぜー」と結構本人を目の前に直球的な発言をしていた彼も、今は拒否することも疲れたのか諦めの境地に入っているように見える。だって、今だって顔は不機嫌ながらも腕を絡める彼女を引き離そうともしない。
 一応助け舟を出してあげようと思い、野々村さん先に行くよーと声を掛ければ、待ってよぉ!と尾形さんから離れて私に駆け寄ってきた。まあ、そんな所も憎めないというか、今では彼女もちゃっかり私に懐いてる様子だった。

「尾形さんと会えて良かったぁー!」
「良かったね。私は早く焼き芋が食べたい」
「もお!ちゃんはいつも食べ物のことばっかり…!」

 まだ彼女には、私が尾形さんを好きだと伝えていない。
 でも、多分だけど彼女は気付いてると思った。そして私が臆病な人間だから尾形さんに対して一線を引いていることも。
 最近は野々村さんに対して敬語で喋ることも無くなり、本当に友達のように接することが出来るようになってきた。警戒心バリバリで疑っていた彼女に、今ではちょっとずつ心を開き始めた私は、この関係も案外居心地いいと感じている。

 会社で野々村さんは、同性に嫌われていると見ていて分かった。だけど私は彼女を憎めない。だって、話してみれば案外面白いし、押しは強いけど私の手を引いてってくれる。
 結構自分に合ってるんじゃないかなと思いながら、スーパーで買った焼き芋を二人で頬張りながら近くの公園に寄った。

「わぁ、公園なんて何年ぶりだろう。ねえ、ブランコに座らない?」
「うん、いいよ」

 大人二人がブランコに座り、地につけた爪先で前後に揺らしながら焼き芋を堪能していると、野々村さんはちゃんってさぁと話を切り出した。

「結局、私に協力してくれてないよね」

 言い方はどうであれ、苦笑しながら言う彼女は私に敵意を向けたものではなかった。

「うーん。だって野々村さんって自分から積極的にアピールしてるし、私が協力する必要あるのかなあって思っちゃうんだよねぇ」
「そうかなぁ?でも押さなきゃ気付いて貰えないし。私はちゃんと違って仕事以外じゃ尾形さんと会えないんだもの」
「別に毎日会ってる訳じゃないよ。出勤時間だって違うし、顔合わせるのは本当にタイミングが重なった時だけ」
「そうなの?」
「そうなんです。それに私はいつ仕事辞めちゃうか分かんないし」
「…え!?辞めるの!?」

 驚き声を上げた彼女は、カシャンッと音を立ててブランコから立ち上がる。
 それでも私は至って冷静に話を続けた。

「うん、そうなると思う。あ、野々村さん口軽そうだから絶対に言わないでね」
「ちょっと!私の口が軽いって、信用してないの!?」
「最初はね。でも、今は信用してるから言ったんだよ」
「……ちゃんのそういう意地悪なところ嫌い」

 またブランコに座り直した彼女は、口を尖らせて拗ねていた。そんなところも可愛くて小さく笑うと、笑い事じゃないんだからねと怒られた。

「もしちゃんが仕事辞めちゃったら、誰が私の恋に協力してくれるのよ」
「私じゃなくてもいいんじゃない?ほら、宇佐美さんとか」
「宇佐美さんは駄目。あの人すーぐ意地悪して尾形さんと私を引き離そうとするんだもん」
「あはは、宇佐美さんやりそう」
「ホントよ!?だから私はちゃんがいいの!」

 そこまで執着されても私が困るんだけどなぁ。苦笑しながらありがとうと言い私は残りのひと欠片を口に入れると、ごくりと飲み込んだ。
 私は尾形さんが誰を好きになっても、ちゃんとおめでとう幸せになってねって言えるようになりたい。彼が生きて幸せになってくれるなら、私は嫌われてもいいと思った。

 この彼女との歪な関係も、あと少しで終わるのだと思うと、ちょっとだけ寂しいと思えた。本心で言ってる部分と、そうじゃない部分はお互いに分かっていて、でもそれを咎めたりしない。気付かない振りをしてるのが得意な者同士だからこそ、こうやって関係を続けれたのだろう。
 言い方がきつくなる事もある彼女に、ハイハイと流してあげれるのもきっと私だけだと思った。

「で、野々村さんは今からどうするの?私は暇だけど」
「さっきまで暇じゃないって言ってたくせに。じゃあ一緒に買い物付き合って」
「りょーかいです、お嬢様」

 私たちはショッピングモールを目指して公園を出る。

 こんな日も、悪くない。