12前途多難な恋模様休憩時間、マミちゃんに呼ばれてスタッフルームとは別の部屋に通された。何か大事な話でもあるのかなと彼女を見ると、そこに座ってとパイプ椅子を指差され言われた通りにする。 「が入って、もう一ヵ月かい。早いもんだねえ」 「そうですね。皆さんのおかげで楽しく仕事出来てます」 「そうかい。ありがとね」 「いえ、お礼を言わなきゃいけないのは私ですよ。いつもありがとうございます」 私が頭を下げて感謝の意を述べると、照れるじゃないか顔をお上げと言ってマミちゃんは笑っていた。 「もう直ぐで調理師免許の試験だね。勉強の方は進んでるかい?」 「……一応、参考書は毎日一時間は読むように努力してます」 「ん、そうかい。じゃあ私からの提案なんだがね、もし試験に落ちたらアンタは食堂スタッフをクビだよ」 「……は?えっ?」 マミちゃんの言った言葉があまりにも剛速球で脳天を貫くもんで、私は流石に返す言葉が見つからなくなった。 口を金魚のようにパクパクとさせていると、聞こえなかったかい?とマミちゃんはいつもの笑顔から真剣な表情に変えた。首を縦に振って聞いていたという反応を返せば、じゃあそういうことだからと部屋を出て行った。 ぽつんと一人になった瞬間、どっと全身に汗をかく。ま、まって……今回の試験に合格しなきゃクビ…なの……?参考書を一時間だけ読んでるとか暢気に答えてる場合じゃなかった。 「うっ…やだ、どうしよ、…っ」 折角尾形さんに紹介してもらって、順風満帆な日々を過ごせていたのに、突然断崖絶壁に立たされた気分だ。 スマホの時計を確認して、そろそろ厨房に戻らないといけない時間だったので重い腰を上げて部屋を出た。普段からあんなに優しかったマミちゃんが超真剣な顔して言ってたから、やっぱり冗談でしたとかオチはないはずだ。 今日から猛勉強しなきゃ……! 仕事が終わり次第、超速攻で家に帰るために駆け足でエレベーターに乗り込む。すると「乗ります」という誰かの声に閉じかけた扉をもう一度開けて乗せてあげた。そして、見たことある顔に思わず口が引き攣った。 「あ、食堂の…えーっと、」 「です」 「そう!さん!私は野々村優子です。よろしくね」 「は、はあ…よろしくお願いします」 なんで自己紹介してるんだろうと彼女を不思議そうに見ていると、ものすごい笑顔で野々村さんが私を見詰めてきた。うっ……美人…眩しい。 「私この会社に勤めて日が浅いんです。だから友達が居なくって…」 「そうなんですか。この前は食堂で宇佐美さん達と仲良くされてましたよね」 「うーん。そうなんですけど、女性のお友達が居なくて」 「そ、そうなんですか……」 女友達が少ないという言葉に同情してしまい、お互い様ですねとは言えなくて、私は適当に彼女の話を聞き流すことにした。しかし彼女はぐいぐいと私に入り込むように話を振ってきて、終いには私たち良いお友達になれそうですねと言われる。 「友達…ですか…?」 「ええ。お友達になってくれませんか?」 「まあ、別に…良いですけど」 「やった!じゃあ下の名前で呼んでもいい?敬語も無しでいきましょ」 「どうぞ、お好きに…」 友達だからと言っても、私は年齢関係なく慣れるまで相手に敬語を使ってしまう癖があるので、その辺は了承してもらって彼女の言う"お友達"になったのだが、私たちは、早速お茶をする約束(強引に)をしてしまった。 いや、帰って試験勉強したいんだけど…! 「仕事終わりにLINEするね!また後で!」 ロビーに着いて彼女は急ぎ足で去って行った。 突然嵐がやってきて去った感じに、ロビーでぽつんと一人突っ立っていた。確かにそろそろ職場の友達欲しいなあとは思ってたけど、なんでよりによって野々村さんは私を選んだんだろう。同じ課にいる子と友達になった方が仕事の話も出来そうな気がするけど……まあいいか。 「帰って勉強しよ」 さっさとアパートに戻って少しでも勉強のために時間を充てようと、急ぎ足で最寄り駅に向かった。 夜の19時まで勉強をした所で、野々村さんから着信が入った。仕事が終わったから今から食事をしない?という誘いに、まだ晩御飯を食べてなかった私は二つ返事で待ち合わせ場所の洋食屋に向かった。 仕事終わりの彼女は少し疲れた顔が色っぽかった。私には出せない色気に、女でありながらドキッとする。尾形さんいつも野々村さんと居て何も感じないのかな…。私さっきからドキドキしてるんだけど。 「ちゃんは何にする?」 「私はパスタとピザと…あと、」 「ちょ、ちょっと待って。それ全部ひとりで食べるの?」 「え?そうですけど…」 尾形さんの前でも普通にラーメン屋で替え玉する女です。 ……と言いたい気持ちを飲み込んで、やっぱり食べ過ぎだよねえと苦笑しながらデザートも食べたかったのでパフェを注文した。言ってる事がちぐはぐなのは自分でも分かる。食に対しての欲が忠実な私の胃は、パスタだけとかそんな…絶対に足りない。 彼女の若干引いた顔は見なかった事にして、私は届いた料理を次々と平らげていく。それを唖然とした顔で見る野々村さんに、食べる?と切り分けたピザを指差すが彼女は首を横に振った。 「で、でも…凄いね。こんなに食べる子、友達に居なかったから」 「私の周りにも居なかったですよ。だから社会人になって初めて出来た彼氏なんてドン引きしてました。しかも別れようって言われちゃって原因は私のこの食べる量が女らしくないからって理由だったんですよ」 「へ、へえ……」 身近にこんなに食べる人が居ないんだったら、そりゃそんな顔になってもおかしくない。だからと言って、凄くデブではなく平均体重は保っている。だから問題なくやれてるし、食べてる時が幸せなんて最高じゃん。 たくさん食べる私の方が何故か先に食べ終わってしまい、食後のデザートが届くまで可愛らしいお口で食べる野々村さんを眺めて、あぁ私もこんな風に女らしくした方がいいのかなと考えていた。 「ちゃんって、好きな人いる?」 私は食べている彼女を見て、キョトンとする。 女子ならではの恋愛トークなのだが、なんだかドキドキした。 「……好きな人、ですか」 「うん。私はいるよ」 「へえ、そうなんですね」 誰と聞かずとも分かるその相手を、野々村さんが自ら打ち明けた。恥ずかしそうに尾形さんと呟く彼女の顔は完全に乙女の顔だった。 「ちゃんは…?いる?」 「まあ、一応いますよ」 「そうなの?誰?」 「んー………秘密です。ごめんなさい」 私の返事に、そっかぁと特に詮索する様子を見せない彼女に、案外あっさり受け入れるんだなあと思った。最初の時の強引さもあって、詮索されることを覚悟で言い訳も頭の中で組み立てていたのに、それも思い過ごしに終わった。 しかし、それだけで終わらないのが野々村優子という女だと、私は思い知らされる。 「じゃあ、私に協力してくれるよね?」 「協力?何をですか?」 「尾形さんとお付き合いしたいの。だから協力してほしいなあって」 先手を取られたと思った。 自分の好きな人を明かしてない私からすると、今さら尾形さんが好きですとは言えなくて、小さく頷くしか出来ない。それを見て野々村さんは嬉しそうにありがとうと言っていたが、私の心情は全く嬉しくなかった。自分の感情が黒くドロドロとしたものになっていることに、私の方が嫌な女になりそうだと泣きたい気分になる。 届いたパフェを一口食べて心を落ち着かせ、もう考えたくなくて話題を別のものに変えた。 店の前で別れ際に、ちゃんが友達で良かったと嬉しそうに笑う野々村さんは、やっぱり可愛らしい女性だった。私もこんな風に可愛かったらなあと手を振って去っていく彼女を見送ると、腕をだらりと下す。 「好きって…こんなに辛かったっけ……」 胸が痛い。苦しい。 こんなに誰かを好きになったのは、初めてかもしれない。 |