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この気持ちに名前を

 その日の夜、私は泣きたい気持ちを抑えながらコンビニに向かった。

 こうなったら自棄酒だと籠いっぱいに入れた酎ハイを眺めては、気持ちが落ち込んでいくばかりだった。レジで支払いを済ませて両手に抱えるビニール袋に入った酎ハイを見て、どうやってこれを消費しようか考える。余ったら白石君にあげてもいいかな、そう考えていると何故か白石君の「ピュウッ☆」が脳裏を過る。
 おかしくて一人クスクス笑っていると、丁度時間になり打ち上げ花火の音が背後から聞こえた。ああ、もう始まっちゃったのか。

 背中で花火の打ち上がる音を感じながら、着いたアパートの前で立ち止まり、ある一室の部屋を見上げた。まだ部屋に灯りは無い。残業で忙しくしてるんだろうなぁと、そう思い階段を上り玄関前でコンビニ袋を下す。
 このまま此処で酎ハイ飲みながら花火でも見てようかな。

 ビルの隙間から微かに見える花火は小さいもので、ふと自分の隣に彼が居ない事への寂しさが込み上げてきた。

「……花火大会、楽しみにしてたのにな。尾形さん早く帰ってきてよ」

 何度も打ち上がる花火を見ながら、酎ハイを一口飲み小さな溜息が漏れた。
 彼の事を考えると悲しくなるので、一旦考えを別の方向へ向ける。

 昔、中学生ぐらいの時に佐一と一緒に花火大会に行った。
 初めて着た浴衣に彼は褒めてくれた。でも下駄の鼻緒がすっごく痛くて、途中で下駄を脱いだ私に彼が靴を貸してくれた。ぶっかぶかのそれをパカパカ鳴らしながら歩いたっけ。思い出すだけで懐かしくなるあの頃に、ふと足元に視線を落とした。

 どんなに美しい思い出があっても、今私の隣に居てほしいのはやっぱり尾形さんだ。

 普段は尾形さんにいきなり連れ出されることが多かったけど、ちゃんと約束をしたのは今回が初めてだった。だから余計にそれが嬉しくて、でも約束が果たせなくなった今の悲しみは大きい。

 おつまみも欲しいなぁと買った酎ハイの袋を部屋に放り投げると、財布を持ってまたコンビニへ向かった。今日はとことんお一人様ライフを楽しむんだ!




――――――――――――――




 残業を終えた尾形は急いでアパートに戻った。

 途中、コンビニで買った家庭用花火を抱えて階段を駆け上がる。直ぐにの部屋のインターホンを鳴らすが出てくる気配はなく、部屋の灯りもないので寝てしまったのだろうかと、一応声を掛けてみるが返事はない。

「あれ?尾形さんだ」
「っ!?……お前、出掛けてたのか」

 階段を上り終えた彼女が、尾形に声を掛けた。

「はい。コンビニまでちょっと」

 彼女の抱えるコンビニ袋を見て、そうかと小さく息を漏らした。が尾形の持つ袋を見て、何か買ったんですか?と近寄る。少し酒臭い彼女に、一人で飲んでいたのかと聞けば、尾形さんも飲みますか?と笑っていた。

「あっ!花火だぁー」

 へらっと緩んだ笑みで見上げる彼女に、ドキリと心臓が跳ねる気がした。

 尾形がその花火を彼女に差し出すと、流れで彼女もそれを受け取る。

「今日、約束守れなかったから……」
「あぁ…そういうことですか。じゃあ今からやりましょう!」
「大家の婆さんに駐車場でやる許可貰ってくる」
「私は部屋からバケツ取ってきますね!」

 思ったよりも機嫌の良さそうな彼女に、彼は少し安堵すると一度部屋で着替えを済ませて大家の部屋まで向かう。許可を貰い、花火の準備をする間、二人には謎の沈黙が流れていた。尾形も彼女にかける言葉が見つからず、普段と違う感覚に戸惑う。
 準備を終えた二人が早速花火に火をつけると、は嬉しそうにそれを見て「綺麗ですね」と漸く口を開いて笑った。

「そう、だな……」

 尾形は思う、花火を見て綺麗だと言った彼女が、本当に綺麗に見えた。
 今まで見えていた白黒の世界に色を付けてくれたのは、紛れもないだった。だから今日の約束を守れなかったことに、彼女が笑って許してくれたとしても、もう一度謝りたかった。

「今日は本当にすまなかった」
「別に怒ってないですよ。まあ少し悲しかったですけど、今はもういいんです。こうやって尾形さんと花火も出来たし。約束果たしてくれたから」

 自分には眩し過ぎる彼女の存在に、尾形は次第に気付くことになる。

 ああ、これが人を好きになるという感情なのかと。でも、それが恋というものなのかまだ分からない。けれど彼女を笑顔にしたい、嫌われたくない、でも誰よりも独占したい。色んな欲が混ざり合う感情の意味を知った尾形は、いつかこの気持ちに名前をつけれる時が来るまで、隣で笑ってくれる彼女の傍に居たいと思った。






「あの二人…そう。そういうことなんですね、尾形さん」

 また一人、そんな彼に想いを寄せる人物が静かに呟き、弓形に口元に笑みを作った。