08やっぱり変わってない土日は会社も休みなので、同じく私も休みになる。何をしようかなあと、洗濯機の前でぐるぐると回る洗濯物を眺めながら考え込んでいるが、何も思い付かない。そうだと思い付いてポケットからスマホを取り出すと、久しぶりに白石君に連絡を入れてみた。3コール以内に出てくれた彼に、久しぶりですと挨拶をすると彼も同じように明るく返してくれた。 『なになに、どうしちゃったの?』 「今日って白石君も休みですよね?」 『うん、お休みだから朝から飲んでるんだよねえ。ちゃんも参加する?』 「は?朝から飲んでるんですか?馬鹿なんですか」 『ヒドイ!一応俺年上なのに…!でもその反応久しぶりで感動』 悲しむか喜ぶかどっちかにしてくれとツッコミつつ、参加ってことは誰か一緒にいるのかなぁと通話越しに聞こえた声に、もしかしてキロちゃん(キロランケ)?と聞けば見事に正解した。折角だしおいでよと言う白石君の誘いに、少しだけ参加しますと苦笑しながら通話を切った。 メールで場所を聞けばどうやらキロちゃんの家でやってるらしい。 奥さんも子供もいるはずなのに、成人男性二人が朝から何やってんだか。でも会社を辞めた後、ずっと会ってなかった彼らと話せるのは楽しみだと、洗濯物を干して身支度を整えると玄関で靴を履いた。 外階段を降りたところで、駐車場に居る尾形さんを発見する。朝から洗車をしている彼にお疲れ様ですね、と声を掛ければ私の恰好を見て出掛けるのかと聞いてきた。 「はい。さっき久しぶりに元同僚と電話して、会って話そうってことになりました」 「そうか。気を付けて行けよ」 「あはは。尾形さん私のお父さんみたいですよ」 クスクス笑いながら行ってきますと挨拶をして最寄り駅まで行くと、丁度来た電車に乗り込みキロちゃんちに向かった。 見事に出来上がった彼らが出迎えてくれて、後ろで眉を下げて苦笑する奥さんにお邪魔しますと会釈をした。どうぞどうぞ、と何故か白石君に手を引かれてリビングに通される。空になった缶ビールが大量にあり、お前ら朝から本当におっさんライフ満喫してんだなと若干引いた。 「ほら、も飲め飲め」 「え、いや、私は二人が元気にしてるか見に来ただけですから」 「なにぃ?俺の酒が飲めねえってか?」 「キロちゃん、それパワハラだから駄目駄目ェ」 ぐいぐい来るキロちゃんに白石君がまあまあと間に入って宥める。相変わらず飲み友やってんだなぁこの二人。 「ちゃん久しぶりだねぇ!元気してた?」 「うん、新しい職場にも慣れてきたし、楽しいよ」 「へえ、お前再就職したのか。どこだ?」 「おめでとう!」 私の再就職をお祝いするように二人は改めて乾杯していた。元気だなぁ…。 会社名を教えると、えっ超エリートになってんじゃんと目を丸くして驚く白石君に、私は付け加えて社員食堂のスタッフと言った。 「…あぁ、あそこの食堂で働いてんのか。美味いって他社でも有名なんだぜ」 「へえ、キロちゃん詳しいですね。行った事あったり?」 「えーっと、確か俺は上司の付き添いだったんだが、行った事あるな」 「いつ頃の話です?」 「お前がまだ俺たちと働いてる時だよ」 すると私たちの話を聞いていた白石君は、そこ俺の知り合い居るわと思い出したように言う。知り合い居たんですねえと頷いていると、尾形っていうんだけどぉと聞こえた。 「……今なんて?」 「え?」 「尾形って言いました?」 「あ、あぁ……あ、もしかしてちゃんも知ってる?」 知ってるも何もお隣さんですけど…。世間って狭い。 「あ!確か商談する時のメンバーに尾形って奴もいたぞ!」 「…………」 「どうした?朝飯食い過ぎてお腹痛いのか?」 大食いだからって朝から食べ過ぎたりしないよ。 「……尾形さん、今住んでるアパートのお隣さんです」 「「……えぇぇぇ!?」」 世間って狭くね!?と騒ぐ白石君と、腕を組んでウンウンと頭を縦に振るキロちゃんを見て、私もさっきそれ思ってたところだよと心の中で呟いた。 就職活動してる時に食堂スタッフを紹介してくれたのが尾形さんだと説明すると、へえそうだったのかと二人は私の話に耳を傾けた。オカズを作って渡してることは言わなくていいとして、良き先輩という形で尾形さんに感謝してますと説明を終える私に、何故か二人は期待の眼差しを向けてきた。 なんとなくどんな言葉を二人が求めているのか推察した私は、確かに彼はカッコイイけどそれ以上の関係ではないと伝えた。 確かにイケメンにお近付きになりとは思ったけど、所謂目の保養が欲しかっただけなのだ。誰だって廃れ切った人生の一部に潤いが必要だと思うのよ。 「高望みして玉砕とか怖いじゃないですかぁ……」 「じゃあ俺と付き合っちゃうー?ピュウッ☆」 「うっわ……」 当時から変わってない白石君のピュウに私がドン引きしていると、家のインターホンが鳴る。奥さんは誰か来たわねと、いそいそと玄関に向かおうとするが白石君がそれを引き留めて俺が呼んだんでと、代わりに玄関に向かった。 また凝りもせず誰かを朝飲みに誘ったのかと呆れている私に、キロちゃんも苦笑する。 そして戻ってきた白石君と、その隣にいる男を見て思わず飲んでいたオレンジジュースを噴き出す私。思い切りキロちゃんに噴き掛けちゃったよ…! 謝る言葉も忘れて口の端からダラダラと口に残ったジュースを垂らして唖然としていると、汚ねえとその男から言われた。 「お、お…おが、おがたさん!?」 「へへぇーん!俺が呼んじゃった!」 「いつの間にそんなこと…!」 私の隣に座った尾形さんは、この状況と机の上に散乱したビール缶を見て、完全に呆れ顔になっていた。そのあと、私の事を見て出掛けるってこういうことだったのかと、何故か引いたような目で見られた。 「わ、わたしは飲む気はなかったですけど、久しぶりに二人と話したいなって思って……」 「別に何も言ってねえだろ」 「そうですけど…っ、なんか完全に目が据わってたんで、言い訳の一つでもしたくなるじゃないですかあ!」 白石君が「久しぶりだなあ尾形」と嬉しそうに話してる間、私は台所に立つ奥さんに歩み寄り何か手伝いますよと、酒の肴を作っている彼女に声を掛けた。お客さんなんだから座ってていいのよと優しく笑いながら言われたけど、お願いします手伝わせて下さいと意地でも此処から離れない視線を向けると、彼女が空気を読める人だったおかげでお皿を出したり手伝わせて貰えることになった。 すると、あのねと隣に立つ奥さんが話始める。 「さんが会社を辞めるって知った時、あの人ったら凄く心配してたのよ」 「……そうだったんですか?」 キロちゃんは私が会社を辞めるって言った時、まあお前が決めたことなら仕方ねえかと、送り出してくれた時に一番応援してくれた先輩だった。やっぱり心配掛けちゃってたのかぁと当時のことを思い出す。 出来上がった料理を持って席に戻り、「キロちゃんありがと」と前置きもなく言った。何言ってんだって顔で良く分かってないキロちゃんだったけど、たまには言わせて下さいよと私が恥ずかしくなってしまい、顔を横に背けると「あ、あぁ」と戸惑いながらも嬉しさを含んだ返事をくれた。 「なになにー?二人だけの空気作っちゃってぇ」 「白石テメェは黙ってろ」 「ひどいっ!」 キロちゃんのツッコミにクゥーンとなる白石君を見て私も笑う。お前も飲めとキロちゃんに缶ビールを手渡されそうになった尾形さんは、車で来たからと断っていた。それを聞いた白石君は電車で来いって言ったじゃーんと残念そうにしていたが、尾形さんは私を指差すと「こいつ連れて帰んなきゃいけねぇだろ」と言うのだ。 あれ?私が此処にいることって知らなかったんじゃないの? 「二人で仲良く電車で帰ったら良かったじゃん」 「は?面倒くせえ……」 「そんなこと言っちゃってェ。最初は飲みに来るか聞いたら断ってたくせに、ちゃんが居るって知った途端手の平返してやんのコイツ」 「え?」 「白石ィ…その目を抉られたいか」 「クゥーン…」 出たよその鳴き声。 尾形さんが私を心配して参加してくれたのは分かるけど、そこまで心配されることだったのか謎だった。ま、深く考えないでおこう。壁掛け時計を確認するともう直ぐでお昼だった。 そろそろ帰ろうかなぁとチラッと尾形さんを盗み見ると、バチっと目が合う。ま、また見られてた…。そのまま彼は白石君に視線を移すと、おいシライシと声を掛けた。 「俺たちは帰るぞ」 「えぇ?もう帰っちゃうの尾形ちゃぁん」 「やめろ気持ち悪い。行くぞ」 「は、はいっ」 また一緒に話しましょうねと挨拶をして、さっさと玄関に向かう尾形さんの後を追った。途中、私は白石君に呼び止められ耳打ちされる。その内容に思わず体中の熱が一気に顔に集まった。 「な、なに言って…!?」 「んじゃ元気でな、ちゃん!」 「もうっ白石君…!」 急ぎ足で玄関に行けば、尾形さんは私の真っ赤になった顔を見て「やっぱり酒飲んでたんじゃねえか」と言うので、だから違いますってばぁと否定しながら靴を履いた。 尾形さんの車は綺麗に洗車されており、いつも以上にピカピカだった。助手席で彼の運転に揺られながらアパートに着くまで、白石君の言葉を思い出しては一人顔を赤く染める。 ――――結構さ、脈ありなんじゃねぇの? これは白石君が勝手に言ってるだけだと思うことにして、でもちょっとは真に受けてもいいのかな、と口元を綻ばせた。 |