05超絶お仕事ハッピーライフさっきまでの自分を恨みたい。頑張れば出来ると思ってた数時間前の私に平手をかましたい。 「198番の方ァァァ!!あと206番の方ァァァ!!」 この会社の社員数を嘗めていた。 私死んじゃう。死んじゃうよマミちゃん…! マイペースで良いという言葉は嘘のように脳内からデリートされ、次々とお盆にセットされた料理を確認して発券番号を叫ぶ。最初は可愛らしく呼んでみようかな、なんて思っていた自分を殴りたい。こんな状況で出来るわけがない! 「これ、お願いします」 「はい!受付ました!」 「あ、これも頼むわ」 「ハァイ!お任せを!」 何とかまだ回る呂律で社員達に笑顔で対応する。最初の方は社員たちの顔を見る余裕もあり、何だこの美人、と目の保養になっていた数十分前も、今じゃ券を渡される度に相手の顔がジャガイモや人参に見えていた。 時間もそこそこに、だいぶ落ち着いてきた食堂で、マミちゃんからアンタ頑張るねぇと声を掛けられる。気合と根性で乗り切ってます。親指を立ててグーサインをしてマミちゃんに顔を向けていると、これ頼むぞとカウンター越しに声が聞こえた。振り返って、まいどありーと適当な返事になっていると、相手がまさかの尾形さんだった。 「…フッ、なんだそのまいどありって」 「あ、えっと…いや、まあハイ……」 彼に笑われて急に恥ずかしくなった私は、一気に顔が熱くなる。 ……いやいや、赤くなってる場合じゃない。少しだけ咳払いをすると、真面目な顔で彼を見上げた。 「あの、今日はありがとうございました。お蔭様で間に合いました」 「また遅刻しそうだったら送ってやるよ。その代わり、二度目は俺から説教される覚悟ですることだな」 「も、もうしませんから…!」 私の隣にやってきたマミちゃんが、尾形さんと親しいのか「この子を紹介してくれて助かったよ、百ちゃん」と、また私は肩パンされた。痛いよマミちゃん。 「一昨日まで路頭に迷いそうになってる顔してたからな」 「ま、まだ路頭に迷ってませんから!」 「ハハハ!アンタたち仲が良いだねえ。ほら百ちゃん、オマケだよ」 「有難く頂くぜ」 オマケと言って一つ多く盛られた唐揚げ定食を見て、尾形さんって唐揚げ好きなのかなぁと今後のオカズにピックアップする事にした。テーブルに移動して一人食べていた尾形さんだったが、何人かの社員が彼を囲うように集まっている姿を見て、結構人望が厚いんだろうなぁと何故か私まで嬉しくなる。 「さぁて、は休憩してきな。あとは私たちがやっておくから」 「え、でも片付けとかまだ終わってないですよ」 「いいんだよ。仕事初めは一週間ぐらいが一番疲れるんだよ」 そう言って彼女は私の腕を引っ張ると、スタッフルームに投げ込まれてしまった。相変わらずマミちゃんは力強い…。そんな強引なところも憎めないのは、彼女がそれだけ周りに信頼されてるんだろうと周りの反応を見てそう思ったのだった。 また明日も頼んだよ、と皆に見送られながらスタッフルームを出ると、エレベーターに乗って一階まで降りた。ちょっと叫び過ぎたかなぁと掠れ気味の声に、少し喉を潤そうと駐車場側に自販機があったことを思い出し、そこまで足を運ぶ。ポカリのペットボトルを買うと、二口ほど飲んでフゥと小さく息を吐いた。 初日からてんやわんやしたけど、結構楽しかった。案外向いてるのかもしれないなあと、早く調理スタッフとして頑張れるように帰り掛けに渡された調理師免許の参考書を、頑張るぞ!と意気込んで胸元でぎゅっと抱き締めた。 同時に、マミちゃんの肩パンを耐えれるぐらいの筋力も付けようと誓った。 家に帰ってからはいつも通りのオカズ作りをして、尾形さんの帰りを待つ合間に参考書を広げて読んでいた。正直、意味が分からん。でもやるっきゃないんだと、初日の疲れが睡魔に変わるのを耐えながら何度も頬を抓った。 あ、だめだ意識が…。そっと目を閉じた矢先、スマホが突然鳴って思わず跳ね起きる。吃驚し過ぎてバクバクする心臓を落ち着かせながら画面を見ると、茨城の祖母からだった。 「もしもーし、どったー?」 通話に出ると、元気にしとるかー?と元気そうな声の祖母に何よりだと思いながら、東京に越してからずっと連絡してなかった私は、その声に安心した。 畑をやってる祖母は、米と野菜送ったからたぁんと食え、と笑っていた。食べきれるかなあと苦笑して、管理人さんや今日から働き始めた食堂のオバチャン達にもお裾分けしようと考えると、ありがとねと返事をした。 そこから、ちゃんと仕事してるのかと聞かれ今日から働き始めたと報告すると、凄く嬉しそう応援してくれるので思わず私は涙ぐんでしまう。早くに両親を亡くしてから、ずっと私のことを大切に育ててくれた祖母が、今では私の母親代わりになっていた。 今年は一度ぐらい茨城に帰ろうと思いながら、通話を切った。 |