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見てませんよ安心してください

 見事に三社とも不採用となった私は、尾形さんの厚意に甘えて食堂の調理スタッフとして応募させてもらえることになった。どんな面接なんだろうと思い、私服でいいと言うので軽いノリで受けてみたら、何故かその場で採用になってしまう。
 そんな簡単でいいん?大丈夫なん?と聞きたい気持ちがいっぱいだが、採用されたのなら頑張って働くしかない。一応、調理師免許は持ってないので配膳と皿洗いから始めるのだが、調理は免許取得してからでいいと恰幅のいいオバチャンが私の肩をバンバンっと叩くと笑っていた。うん、とっても肩が痛い。

 アパートに帰ってからは、いつも通りオカズを作ってタッパーに詰める。もしかしたら尾形さんには伝わってるかもしれないが、採用の報告はしたい。会社が繁忙期に入ったとかで帰りの遅い彼は最近帰りが遅い。今日は夜の11時過ぎに隣から物音が聞こえた。

 明日から始まる研修に備えてメモしておいた必需品を通勤用バッグに入れ終えると、紙袋にタッパーを入れて尾形さんちのインターホンを鳴らした。待てども出てこない家主は、もう疲れて寝てしまったのだろうかと諦め掛けた時に、解錠音が聞こえた。

「あ、尾形さん夜分にすみま……なっ、なんて恰好してるんですか!?」
「シャワー浴びてた」
「は、はははやく!上の服を着てきて下さい!!」

 まさかの上半身裸で登場した尾形さんに、私の顔は一気に茹蛸状態になった。手で自分の目を隠しながらお着換えお願いしますと慌てて言えば、分かったと返事をして一度部屋の奥へ消えていった。いや、しかし……綺麗についた筋肉が素晴らしかった……。
 不純な気持ちが脳内を占め始めたので、いかんいかんと顔を横に振る。Tシャツを着て再登場した尾形さんは私から紙袋を受け取ると、さっきは悪かったなと謝ってきた。いいんです、良いもの見れたんで―――とは言えるはずもなく、遅くなってもいいので服はちゃんと着てから出てきて下さいねと、未だ冷めぬ顔の火照りを隠すようにして足元ばかりを見ていた。

 あっ、私はオカズだけ届けに来たんじゃなかった。

「今日、面接行きましたよ。その場で採用されちゃいました」
「よかったな。これで人事部も食堂のババア連中から解放されるって言ってたぜ」
「もぉ、またそうやって…」
「いつから出勤だ?」
「明日から研修です。調理師免許が必要なので最初は皿洗いと配膳だけですけどね」

 ま、頑張れよ。そう言って彼は私の頭をポンポンと撫でた。

「な、な……ッ」
「?」

 不思議そうに小首を傾げるなよ可愛いだろうが…!
 年上の彼に萌え殺されそうになっていた。




「ぎぃやああああ!!遅刻!!」

 寝起き第一声の悲鳴を上げてしまった。
 昨日の夜にアラームをセットしたつもりがセット出来ていなかった事に絶望する。食パンを焼かずそのまま口の中に詰め込むと牛乳で流し込んだ。朝からゼェハァと息切れをしながら出勤準備をして玄関を飛び出すと、ゴミ出しをする尾形さんと出くわし、私の焦り様にどうしたんだと声を掛ける。

「ちちちこく!遅刻しそうなんです!!それじゃ行ってきます!」

 食堂は仕込みが大事なので尾形さんのような社員より早く出勤するのだが、初日から遅刻という恐ろしい事態になっていた。今から走って最寄り駅の電車で行けば間に合う……はず。その場で足踏みしていた私は、尾形さんに挨拶して駆け出す―――が、何故か前に進まない、景色が変わらない。
 着ていた服を引っ張られていることに気づいた私は、直ぐに振り向いて尾形さんッ!?と凄い気迫で彼を見上げた。

「俺も出勤だから送ってやる。車なら間に合うだろ」
「でも尾形さんの出勤時間ってもう少し遅かったですよねっ?」
「昨日残した仕事があるから」

 そう言って少し急ぎ足で階段で駆け上がり部屋に戻った彼を、ただじっと眺めていた私はハッとしてスマホで時間を確認する。ここから車で会社までの距離は精々15分だろうと、距離を計算すると安堵の溜息が漏れた。
 直ぐに着替え終えた尾形さんが姿を現すと、彼の車に乗り込んだ。

「あと何分だ?」
「ざっと見て5分は余裕あると思います」
「それでも出勤初日なら遅いくらいか。少し飛ばすぞ」
「ひいっ、安全運転でお願いします…!」

 私の願いも空しく、尾形さんの素晴らしいドライビングテクニックで、私の胃から食べた朝食が口から出そうになった。


 何とか出勤時間までに間に合ったが、最初が肝心だ。私は元気に挨拶しながらスタッフルームに入った。オバチャン達も明るい笑顔で挨拶を返してくれたので、なんとか皆の輪に馴染めそうだ。
 朝礼が始まり、私の紹介をしてくれたオバチャンは一番の古株で、呼び方はマミちゃんが良いという謎の要望があり、中々の圧だったのでマミちゃんと呼ばなければならくなった。

 朝礼も終わり、マミちゃん直々に教育係をしてくれるという事で、宜しくお願いしますと丁寧にお辞儀する。それを見て笑っていた彼女は、私に「そんなに畏まらなくていいよ。ここの皆は仲間さ」と言ってくれた。

 マミちゃんイケメンかよ…!

 一通り説明を受けた私は、今日の配膳担当になった。配膳と言っても席まで運ぶのではなく、カウンター越しに発券番号を呼んで渡すだけなんだけどね。

「えーっと、あんたの名前は何だっけ」
です」
「違う違う。名前だよ、下の名前」
「あー、はい。です」
「よし、じゃあ。食堂に人が集まり始めるのは11時頃だよ。12時過ぎたら忙しくなるだろうけど、マイペースにやっても構わないからね」

 昨日と同じ力強い肩パンを食らうと、頑張ります、と元気よく答えた。周りのオバチャン達も頑張りなよ〜新人、と笑ってくれた。


 私の楽しい楽しいお仕事ライフが始まる予感。